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君と僕とあの夏の日と9
「親戚…?」

総士が再度聞き返すと一騎は黙ってこくりと頷いた。

「それって、親御さんに言えば来なくなるんじゃないか?」

「…あいつ、父さんから信頼されてるから」

そう言うと一騎は唇を噛みしめて下を向いてしまう。
総士はそっと肩に手を乗せると、俯いた一騎を見つめた

何か自分に出来る事はないだろうかと必死に考えを巡らせた。





総士が一騎に聞いた大体の内容はこうだった。

家を開けることの多い一騎の父親に代わって、家に来るのは親戚の大学生で、
それは昔からずっと父親の代わりのようになっていたらしい。
お兄ちゃんのようにも思えた、と一騎は言っていた。
しかし、その兄のような態度は父親の前でだけ完璧だったことにすぐ気がついたのだと言う。
最初は意地悪な言葉を投げかけられるだけだったのだが、そのうちどんどんエスカレートしていき、
ついには暴力まで振るわれるようになった。
他人からは見えない所ばかりに傷を残されて、何度も父親に言おうか迷ったが、
父子家庭なだけでも大変なのに、これ以上迷惑をかけたくないと、今まで言いそびれてしまったらしい。
頑なに父親に言わない一騎を見てはあざ笑うように暴力を振るい続けられることにいつしか
一騎は恐怖感ばかりが募るようになり、最近は家に帰るのがとても嫌だったのだと涙を堪えながら小さな声で言った。






聞いた時は総士もにわかには信じられなかったことばかりだった。
が、下校時に見えた痣の他にも丁度服で隠れる場所にいくつも同じような傷があり、一気に現実感が増したのだ。
とりあえず応急処置だけ施しながら、総士はどうしたら一騎を守れるのだろうと考えた。
湿布を貼る背中が小刻みに震えているのを見ていられなくて、そっと傷にさわらないように後ろから抱きしめると、
やがて小さく声をあげて一騎は泣き始めたようだった。

「今度からさ、一人の時、家に泊まるか?」

総士はできるだけ優しく静かに問いかけた。
「でも…」と言いよどんだ一騎に、「お父さんにだったら僕から連絡しておくから」と付け加えると、
「うん」と返事が返ってくる。

とりあえず距離が稼げればそれでいいと思った。
今すぐ一騎の父親と親戚の大学生の信頼関係を断ち切ることは出来なくても、
一時的に一騎をその場から離して、それからゆっくり向き合っていけば何か変わるかもしれないと。

未だに震えている身体は、どれほどの時間こんな理不尽な暴力に耐え続けてきたのだろう、
そう思うと総士の目にまで涙が滲んだ。
学校でも、帰り道でも、この1週間ほどずっと一緒にいたというのに、
いつもと変わらない笑顔の下にはこんな残酷な現実が隠されていたのかと思うと、
それに気付けなかった自分に歯がゆさばかりが募ってしまう。
今日の放課後のあの教室での時、僅かなSOSを見つけられなかったらと思うと足下が竦みそうなくらいに恐怖を感じる。

でも、見つけることが出来た。

時間はかかったけれど、彼を救い出せる方向に導いていけるかもしれない。
それだけが総士にとっての救いだった。

総士は一度、抱きしめていた腕を外すと、そっと処置の終わった背中にシャツを掛ける。
未だ俯いたままの一騎はそれを引き寄せることもなかった。
総士はそっと一騎の前に座ると、ボタンをひとつずつ留めながら口を開いた。

「僕も、一緒に戦うから。一騎、ひとりぼっちじゃないから」

そう言って優しく微笑みかける。
一騎は少し顔を上げると、総士と目が合った途端に顔をまた歪めてぼろぼろと涙をこぼした。

「大丈夫だから、もっと僕を頼って」

総士が言うと、一騎はこくりと頷く。
それを見て総士は少し安心すると、一騎の頭をそっと撫でた。

「…ごめん…でも、ありがとう」

小さな声で一騎が言った。

「一人じゃ難しくても、二人なら大丈夫…だから」

総士の声に一騎は顔を上げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔をにこりと微笑ませる。

「そうだよな、総士となら、大丈夫だよ…な」

一騎の笑顔につられて総士も笑顔になる。

まだ解決になんて程遠い道のりだけれど、きっと大丈夫になるんだと総士は思った。
数十分前に絶望のどん底にいたような雰囲気がたちこめていた部屋が俄かに変った気がする。
時計を見れば12時を回った所だった。
帰ってからもうそんなに時間が経ったのかと総士は少し驚いたが、明日も早いのでそろそろ寝なければと思う。

「一緒に、寝るか?」

と、子供の頃に戻ったように尋ねれば、一騎は少し驚いた顔をしてから笑って「うん」と言った。

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