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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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パラダイスロスト6 end
scene:25

総士は渾身の力を込めてマークエルフをニヒトへと体当たりさせる。
瞬間、ザインとの間に出来た少しの空間に右足を割り込ませ機体を反転させると、
両腕でニヒトを抱え込んで動作を封じた。
即座にエルフのフェンリル作動キーの入力を終了させる。
総士は呟いた。

「終わりだ、ニヒト」

次の瞬間、けたたましい音を上げながら爆発した。





scene:26

「あ・・・」

目を開けると、真上には真っ青な空が広がっている。
身体はどこかに浮かんでいるかのように重力が感じられなくて、死んでしまったのか、とぼんやり思考を巡らす。
僅かに視界の隅に見えた物体がファフナーを構成していたものだと理解するまでに数秒かかった。

「脱出、できた・・・のか」

総士はぼんやりする頭で思った。

一騎は??

そう思い、辺りを見回す。
爆風に生身で曝された後の身体からは動く度に悲鳴が上がったが、今はそれどころではなかった。

そこかしこに浮かぶファフナーの残骸を掻き分ける。

やがて、その間に漂う身体が見えた。

「一騎!!」

総士は必死に泳いで一騎の元に辿り着くと、その身体を引き寄せる。
左胸に耳を寄せると、少し微弱ではあったが確かに鼓動が聞こえ安心した。
生きていた、彼も、自分も。俄かには信じられない事実だったけど、確かに存在する身体がそれを証明している。

「・・・っぁ」

「一騎、気がついたか?」

腕の中の一騎の意識が戻る。
しばらく焦点が定まらず宙を泳いだ目が総士をとらえた。

「そ・・・し?」

総士は泣きそうになるのを堪えながら笑う。

「本当に、良かった」

総士は一騎の負担にならないように抱き締める。

「護れたって言うには・・・ちょっと僕達ぼろぼろすぎるけど」

「っていうかごめん、これは僕のせいだ」

そう言って、一騎の赤く染まった両目を見つめた。
なぜか、以前のような嫌悪感がその赤に生じる事は無い。

「おれ・・・ぃきて、る、の?」

苦しそうな一騎が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「生きてるよ、君も、僕も」

実はフェンリル作動の瞬間、脱出キーを入力した。外部動作が可能になっているならザインも入力出来る筈だと、
半ば賭けのような気持ちでエルフの入力をザインへも転送させた。
うまく行くかなんて考えたくなかった、3秒しかなかった。

「神様も、ちょっとはいい奴だったんだな」

絶対に頼るものか、と思っていた神様に、気付いたら祈っていた。
一騎だけは、とそう思ったのは確かなんだけれど、ついでに自分まで助けてくれたらしい。

総士は知らず笑顔になった。

「もうすぐ、救援の船が来る、苦しいだろ?眠っていた方がいいよ」

ん、と微かに返事をして一騎は意識を手放してしまった。
その顔を見つめて総士は言う。

「もうこんな事出来るって思わなかったんだけど、救出成功ってことで・・・いいよね?」

そう言って、総士は一騎に口付けた。






scene:27

何も考えられなかった、身体は全然動かなかったし、どんどん自分が無くなって、
もうすぐ、彼らと同じモノになってしまうんだろう、

そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。

もう、会えないんだなって。何も言えなかった事がすごく悔しかったけど、
言えなくて、良かったのかもしれない。

彼に、忘れてもらうためには。

止められなかった、だから、得体の知れない怪物になった俺を殺してほしかった。
その時に迷いが無いように、「友達」なんかじゃ無いように。

でもせめて苦しくないように心臓を一突きで殺してほしいなんて、最後のわがままを、そっと願った。

「   」

声が、聞こえた気がした。
なんだか暖かいような気持ちになって、まるで誰かに抱き締めてもらっているようだと思った。

「・・・ぁ」

目の前が急に明るくなる。
差し込む光が眩し過ぎて頭がくらくらする。

「一騎」

徐々に明瞭になる視界が捉えたのは、もう会えないと思った彼だった。






scene:28

「一騎、気分はどう?」

一騎が彼をその視界にしっかり捉えるまで動かなかった総士は、一騎と視線が合うと、穏やかに微笑んだ。
一騎はまだ頭がぼんやりして身体の感覚も全く無かったが、
目の前の総士も他人の心配を暢気にしていられる程健康そうには見えない。
額に巻かれた包帯、制服で隠れてはいるが首と手首に見える包帯も見るに耐えない程痛々しい。

「そ、し・・・こそ」

長らく眠っていたせいか声が掠れて思ったように言葉が出なかったが、
それでも彼はこちらの言いたい事を察して一騎ほどじゃないから大丈夫、と言った。

その大丈夫が、大丈夫じゃないから心配なんだ

と言いたい所だが、生憎そんなに長く話せる程息が続きそうにもない。
咎めるような目線を気付かない振りして総士は一騎の肩をぽん、と叩く。

「ずっと、守れなくてごめんって思ってた」

一騎が目を見開くと総士は、だから、約束、と言う。

「島中のケーキ、買ってきたよ」

彼が指さしたベッドサイドのテーブルには、色とりどりのケーキが所狭しと並んでいた。

「チョコは、ちゃんと抜いたよ」

総士は笑う。だから、

「針千本は、許してくれないかな?」

覚えてて、くれた。

一騎は信じられない思いで総士を見た。
総士は、ちょっとバツが悪そうな顔をしてこちらを伺っている。
一騎は涙を浮かべながら笑って、そして言った。

「お目覚めのキスは?」

わかったよ、お姫様。

そう呟いて総士は一騎の上に覆い被さると、軽く触れるだけのキスをする。
もっと長いのしてほしかったら、早く元気になれよ、と言って総士は一騎の頬を撫でた。


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パラダイスロスト5
scene:19

「アルヴィスの全ての隔壁を遮断して下さい、今すぐ」

総士は走りながら真壁司令に伝える。我ながら今までで一番余裕の無い声だ、なんて思う。
目の前が急に真っ暗になって、そして真っ白に変わるような。
数日前の、自分が何も知らなかった頃に見せた彼の笑顔がフラッシュバックする。
エラーの発生は偶然じゃなく必然だったのではないかと根拠も無いのに自分に問いかける。
なんとなく、全てが間に合えば、全てはまたやり直せるような気がしていた。

真壁司令の声が響く。
ファフナーは初期起動がかからないよう外部からOSを書き換え動作をロックさせた。
もうすぐ隔壁も全て遮断されるだろう。

でも、一番消えて欲しい嫌な胸騒ぎは徐々に存在を大きくしていく。
外れていてほしい思いが確信に変わっていく気がする。

総士が格納庫に到着する寸前、館内放送の声が響いた。




「第3隔壁、突破されます!」




外部ロックされたファフナーが動いただと?
総士は信じられない気持ちでドアロックにIDカードを通す。
間もなく、機体の照合が確認される筈だ。たぶんそれはあの、白い機体に違いない。





「機体の照合確認」






聞きたくない。
総士はドアが開かれると目の前にあってほしい筈のファフナーを見上げることが出来なかった。





「マーク、ザインです」






告げられた声に総士は愕然として顔を上げる。
そこにある筈の白い機体の場所はぽっかりと開いていた。

「そ・・・んな」

総士はガタ、と膝をつく。

「お前は、二度も、僕の前からいなくなってしまうのか?」

総士は涙を堪えながら呟いた。





「間に、合えよっ・・・!!」


今にも振り切れそうな数値を視界の隅に確認しながら一騎はどんどん加速して海上を飛行する。

なるべく、離れるんだ。

その両目は金色に光っていた。





scene:20

1年振り、だ。

総士はシートに身を沈めると未だ整理のつかない頭で思った。
本当なら自分が乗る筈の機体、本当なら自分が今も戦っている筈で、
本当ならあの一騎には、会っていなかったのかもしれない。

彼を兵器に変え、そして裏切らせたのは僕なんだろうか。

「・・・っ痛」

1年振りの接続は、忘れていた痛みを思い出させる。
同時に、この痛みを1年間も彼に押し付けていたのかと。何でもないよ、と笑っていたけど。

あの笑顔は、取り戻せるのかな。

「君を、必ず、止める」

総士は初期起動のかかった機体と意識をリンクさせる。すぐに機体は本格的に起動し、総士は両手に力を込めた。

「僕が、止める」

マークエルフは、発進シークエンスへと移行した。





scene:21

「来るなって!!」

一騎は力の限り叫ぶ。
次々と遅い来る攻撃を尋常でない早さで全て無効化しながら目の前を強く睨みつけた。

演算式を転送しては爆破させる、いくらそれをしても一向に減る気配を見せないフェストゥム。

一騎は両手を思いっきり握りしめると、アームから放たれたエネルギー砲が広範囲のフェストゥムを一気に消滅させる。

「邪魔、すんなよっ!」

徐々にフェストゥムはマークザインとの距離を近づけ始める。こうなったら6射全部使って消すしかないな、と思った瞬間。

「・・・っぁ」

急に、一騎は頭の中が真っ白になった。マークザインの動きも止まる。
その一瞬を狙って、フェストゥムが一斉に攻撃を仕掛け出した。

マークザインの四肢を拘束し、動作を封じると、コックピット付近に攻撃が及ぶ。
ぐるぐると周囲を回っていたそれが、僅かな隙間を発見し、内部へと侵入を果たすと、瞬時に一騎の全身を拘束した。

「く・・・そっ」

声がする。
頭の中に複数の思考が入り乱れる。気管が押さえつけられて呼吸もままならない。

だめだ、どんどん意識が遠くなる。

「ひさしぶり」

耳元で声がして、一騎は目を開ける。
そこには金色の人型をした物体が、みるみるうちに人間の青年の形へと変化した。
青年はにぃ、と笑って苦しそうな一騎に近付くとその唇を強引に奪う。

「んっ・・・あ・・・ぁ」

ただでさえ酸欠状態の一騎は息苦しさに喘ぐ。
しかし、全身が拘束されているため抵抗も出来ず、やっと唇が解放された頃には、両目は焦点を合わすことすら出来なかった。

「迎えに、来たよ」

青年は笑うと、だらりと垂れた一騎の顔を無理矢理上げ、再度その唇を吸った。





scene:22

「何だよ、あれ」

マークエルフ越しに見えた光景に総士は思わず息を飲んだ。

四肢を拘束され身動きが取れなくなったマークザインに絡み付くように被さる黒いファフナー。

「あれに乗っているのは、誰だ?」

明らかに竜宮島のものではないUNKNOWNの機体に照合をかける。
「マークニヒト」と程なくしてモニターに映し出された。するとその時、

「君ひとりで僕を倒せると思ってんの?」

と強制的に通信回線を開かれた。

「おまえ・・・」

そこに映し出されたのは、全身を拘束された一騎と、見慣れない青年の姿だった。
こいつは、危険だと頭の中で声が鳴り響く。
たぶん今まで出会った敵の中で一番凶悪な部類に入るのだろうと。
接続した両手に知らず知らずと力が入る、こめかみには嫌な汗が伝って落ちる。
一騎すら敵わない相手に僕で太刀打ち出来るのだろうかと、至極真っ当で消極的な思考に支配される。

「早くしないと、この子、僕らが貰っちゃうよぉ」

そう言って青年はぐったりとした一騎の唇を舐めた。




scene:23

「くそっ・・・!!」

いくら仕掛けてもかわされる攻撃に総士は憤りを感じる。
照合をかけた時点ではじき出したニヒトはノートゥングモデル、つまりエルフと変わらない。
なのにこちらの動きを読まれているかのように攻撃は悉くかわされる。

「・・・ゃ・・・あぁ、ゃめ」

開かれたままの回線からは一騎の苦しそうな声が聞こえてくる。
総士はぎり、と歯を食いしばると目の前の黒いファフナーを見つめた。

「個体を作ったことが間違いだったんだ」

不意に青年が言った。

「な・・・にを?」

総士には意味が解らなくて尋ね返す。

「君達に利用されるフリをして、最終的に僕達は集合体として同化し、あの島を消す筈だったのに」

総士は目を見開く。

「この個体は集合体の意思に同調せず、しかも反抗し、僕達を殺していった」

「失敗作だよ」

総士は驚愕した。
一騎がマークザインと共に竜宮島を離れたのは、フェストゥムと同化し、島を襲うためだとばかり思っていた。
けれど彼は違ったのだ。
なるべく離れようと。
島を、護るために。

「なかなか意識が消えなくて困っているんだ」

青年は続ける。

「一体どんな教育をしてくれたわけ?人間は」

その時、エルフにアルヴィスからの回線が繋がった。

「皆城君」

「真壁・・・司令」

「こちらの準備は整った」

真壁司令は告げる。

「ニヒトは『否定』、ザインは『存在』だ。けれど否定は存在の概念を前提としなければそれ自体の存在は成し得ない。
ニヒトを消滅させるには」

「と、いうことは・・・」

総士は恐る恐る司令に尋ねる。
司令は表情を変えずに言った。

「ザインごと消しなさい。フェンリルの外部動作が可能となるよう元々ザインのロックは解除してある」

真壁司令は続けた。

「一騎ごと、消しなさい、皆城君」




scene:23

「あの日一騎は」



いつものように公園で遊んで、家の前まで送って、別れて。
でもその日はなぜか、
ばいばい
その一言が酷く怖く思えて、聞こえた瞬間振り返った。

けど、彼はそこにはいなかった。
家に入ったのだろうと、そう納得させて自分も足早に家を目指したあの夕暮れ。

そ・・・うだ。

翌日、一騎の家に迎えに行ったら、彼の父は酷く慌てて、

一騎がいなくなった

そう言っていた。
島中総出で一騎を探し、やっと見つかったのはその日の夕方。
海岸に倒れていたのだ、と誰かに聞いた。
みんなでほっと安心したのも束の間、一騎の意識は一向に戻る気配を見せなかった。
目覚めたくないほど嫌な事があの間にあったのかと皆で心配し、精密検査を行うことになった。

そして、驚愕の事実が知らされることとなる。

一騎の身体を構成する殆どの物質が、フェストゥムと同質であるという事実

一騎の意識がフェストゥムの集合意識に呼応しようとしているのを無意識に自我が抑えているために
葛藤が生じ、意識が戻らないのではないかという推測が立った。

フェストゥムの集合意識から隔離し、一騎自身を早く目覚めさせなければ、との結論に至ったが、
当時の島にそんな都合の良い方法は存在などしていなかった。

「最後の被検体として、彼を私達に委ねてくれるのでしたら、彼をフェストゥムから隔離し、
自我を最大限保護すると約束します」

黒い制服に身を包んだ集団の誰かがそう言った。

皆、困惑した。
それは今後凍結される事が決定したプロジェクト推進メンバーの意見であったからだ。
しかし、幼い一騎がフェストゥムに浸食され同化し消滅してしまう事を哀れんだ総士の父親は、
お願いします、と彼らに頭を下げた。

そこで、一騎の運命は決まってしまった。

自我は保たれた。
しかしそれは兵器として完成するまでの間、ということ。
15歳になり、次第に兵器として完成して行く課程で自我は少しずつ消されて行った。

「兵器は、島にとって必要不可欠でしょう」

大人達はそれを交換条件にしてしまったのだ。

ファフナーに乗り前線で敵と戦う、そんな島の犠牲になるのは自分だと思って生きてきたのに、
その役目は一騎が請け負うことになってしまった。
彼が眠っている間に。

数日が過ぎ、一騎の移される胎槽の準備が整った。

「個体番号TISP-06ZF」

防護服に身を包んだ者がそう言い、一騎の右手の甲に06というナンバリングを施した。
完全製造体ではない特殊個体だから、区別するために任意の文字列を刻印するのだと誰かが言った。
任意なのだから刻印したい文字列があれば教えてほしいとも。
その場にいる誰もが答えられなかった。

「Kylieにしてください」

総士はそう答えていた。

君を戦わせない、
君の笑顔がもう一度見たい、
そう願う僕の「祈り」として。




scene:24

「おもい・・・だした」

総士はフェンリルの作動開始キーを入力しようとしていた手を止める。

君だったんだ

あの日、一騎を亡くした僕が切り離して作り上げた記憶に付き合わせた。
総士の両目から涙が溢れる。

「僕を、許さないでいいよ」

君はずっと僕に呼びかけてくれていたのに、
僕はずっとそれに気付かない振りをしていたんだ。

「皆城君、一騎の生命反応が弱くなってきている、このままではフェストゥムにまもなく同化するだろう。
その前に、早く」

焦る真壁司令の声が聞こえる。
総士はきっ、と前を見据えると言った。

「嫌です。一騎は僕の『祈り』なんだ!!」

僕に、力を、貸して。

「今度こそ、君は、僕が、護る」

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パラダイスロスト4
scene:14

一騎は次々と迫り来るフェストゥムの攻撃をかわしながらその懐にファフナーを割り込ませると、
渾身の力で変形させたアームを突き刺す。
なんともいえない鈍い感覚がリンクシステムを通じて伝わり、更に力を込めればぷつ、と
その命を確実に絶った音が聞こえるような気がした。

「何も、聞こえないよ」

俯いたまま呟く。

殺すことに躊躇していた自分、殺してしまった命に対してどうしようもない罪悪感に駆られていた自分、楽園の定義。

全てが現実感のない靄のかかったどこか遠くへ置き去りにしてきてしまったような、奇妙な感覚。

絶えず戦闘時に聞こえていた声さえ、もう聞こえているのかわからなかった。

「俺は、もうすぐ消えちゃうんだ、総士」

日に日に狭まっていく思考、気づかない訳ではなかった。心の中でどんどん何も感じない部分が大きくなる。
毎日、話すのが楽しかった、困らせてばっかりだったけど。困った顔とか、しょうがないなって笑う顔を見るのが好きで。
そんな顔をする総士が好きで、

真壁一騎が羨ましいと、そう思った。

「5分以内に倒したよ、総士」

あれから、戦闘中にジークフリードシステムからのクロッシングは拒絶したままだ。
向こうからこちらに強制的に接続もしてはこない。

「ケーキ、食べたいよ」

泣きそうな声で、一騎は言った。





scene:15

戦闘後、メディカルルームでチェックを受けていた一騎は抗体注射を持ってきた遠見に言った。

「注射、今日はいいです」

そう言ってベッドから起き上がる。遠見は慌てて注射器をサイドテーブルに置くと、一騎に尋ねた。

「何を言ってるの?横になりなさい」

一騎は俯いたまま、遠見の言うことを聞こうとしない。遠見は一騎の肩を掴むと、その顔を覗きこんだ。

「解っているとは思うけど、あなたはこれがなければ動けないのよ」

別に、このままずっと注射を受けずに逃げてしまおうとかそんな気持ちがあるわけではない。
ただ、総士に伝えなきゃいけない、と思っていた。
今日、注射を受けたらもう解らなくなってしまうかもしれない。
まだ俺が、俺でいられるうちにどうしても伝えたかったのだ。

「でも、ごめんなさい」

そう言って一騎は遠見の手を振り払うと立ち上がり駆け出す。
丁度、そこに一騎の様子を見にメディカルルームへと総士が入ってきた。
俯いていたままだったので思わずぶつかってしまう。

「ご、めん・・・総士」

そこへ遠見がほっとしたように声を出した。

「よかった皆城君、一騎君が注射をしたくないって今」

総士は受け止めた一騎を見る。

「一騎?」

一騎は俯いたまま呟いた。

「話が、あるんだ」

総士は一騎の頭にぽんと手を置く。

「それなら、注射を受けてからでいいだろう?時間はいっぱいあるんだ」

「ちがっ・・・総士、今じゃなきゃだめなんだ」。

「一騎、先生の言うことを聞こう?」

総士は一騎をなだめるようににっこりと微笑むと確認するように言った。

「いいね?」

その言葉に、一騎は力なく床にへたり込む。一騎は必死に溢れそうになる涙をこらえた。
俺じゃ、だめなのか、俺だから、だめなのか。

真壁一騎じゃ、ない、から。

それきり動かない一騎を総士は抱き上げると、ベッドへと連れて行き、静かに横たえた。
涙を流す一騎に怖くないよ、と囁いて総士はその髪を梳く手を止めない。

やがて首筋に宛てがわれた冷たい注射器の感触がして、刹那、痛みが走ったかと思うと
一騎の意識は深い闇へと沈んでいった。





scene:16

総士は足早にメディカルルームを出ると、アルヴィス内に宛てがわれた自分の部屋へと戻ろうとする。

何もかも、解んないよ。

両手が白くなるほどに強く握りしめていた。

「何も、聞きたくなかったんだ」

記憶の中の一騎の顔をした、記憶の中の一騎じゃない誰かなんて。
誰か、じゃない、兵器なのかもしれない。

何かを伝えたそうにしていたのを無理矢理遮った。
君が何なのか解らなくて、どうしてそんな君が僕に今言いたいことがあるのかも解らなくて、
どうして同じ顔をしているのかとか、本当は一騎なんじゃないかとか、
全部、解らなかった。

記憶の中の一騎じゃないなら、消えればいい。
そう思った。
消えないなら、君は、一騎だ、と消去法を選択した卑怯な僕。
消えてしまうなら、今の君は、僕を好きになんてならないで。
だって僕は、君の事を好きじゃないかもしれない。
その感情が、
それすら予めプログラムされたものじゃないって誰が言い切れる。

「泣かないでよ」

そんな顔されたら、ますます僕は君が誰だか解らなくなる。





scene:17

「これもダメか」

総士は何度目になるかわからないパスワードの入力の後、REFUSEと浮かび上がった文字列に、
今日何度目になるかわからない溜息を漏らした。

朝からずっと降り続く酷い雨。

今日は連日続いたフェストゥムの来襲が珍しく無かったので、総士はその大半を自室で過ごしていた。

10年前まで継続されていた対フェストゥム用人型兵器の製造計画、現在は凍結されている筈だがその計画と
経過は今でもどこかに保管されているであろうと、総士はアルヴィスシステムのあらゆる箇所にハッキングを試みた。

最終アクセス日時がちょうど10年前から更新されることのなかったファイルの存在は確認するに至ったのだが、
関係しそうなパスワードを弾き出していくつ入力しようともそれが開かれることは無かった。

計画を遂行していた部署は、真壁司令の前の司令の代までしか稼働していない。
真壁司令に変わってから、計画は非人道的すぎるとの見解からストップされ、解体された。
一騎という完成体が出来上がったからかもしれないが。

ちょうどそこへ緊急の連絡を知らせるコールが部屋に響く。

「真壁・・・司令」

着信は真壁司令からのものだった。
総士は慌てて画面を繋ぐ。

「はい」

「皆城君、そこに一騎はいないか?」

そういえば今日は一騎の部屋にも行っていなかった。
何か、あったのだろうか。

「いえ、何か」

真壁司令は真剣な顔で言った。

「一騎が、いないんだ」

「え?」

総士はすぐに画面をセンサーモードに切り替える。
一騎はアルヴィス内で行動範囲を制限されていたが、もしもの時を考えて左耳の裏にGPSセンサーを装着されていた。
施設内の重要機密に近づけないように、近づいたら警告が鳴るように設定されていた。

画面はGPSを察知して一騎の居場所を割り出していく。一騎の存在を示す緑色の光を探す。
自室と指令室、総士の部屋までの廊下には見当たらない。
勿論、施設内の重要機密付近でのセンサーの反応も示さない。
だとすればGPSの感知できない場所。
でも、アルヴィス内はたとえ高速で移動してもGPSは作動する筈だ。

「壊した・・・のか?」

総士の呟きに真壁司令はやはり反応しないか、と返す。

「プログラムの、暴走ですか?」

総士は、あってほしくない、そんな気持ちを抱えながら司令に尋ねる。

「エラーの発生確率は・・・0.1%を切っていたんだ、それが、今更」

じゃあ、一騎は。
あっけなく返ってきた答えに自分の中の何かが壊れていくようなそんな音がした、気がする。
でも今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。

プログラムの暴走

それは、たぶん、フェストゥムの集合意識に呼応したという事だ。
それならば、フェストゥムに同化を試みるはず。マークザインを使って。

「マークザインを発進シークエンスに移行させないようロックをかけて、なるべく早くOSを書き換えてください」

総士は真壁司令に言う。

「僕は、確認に行ってきます」

総士は通信を切ると、自室を飛び出した。





scene:18

「何で、だよっ!!」

一騎はシステムに両手を差し込み接続を試みる。
しかし、初期起動すらかかっていないファフナーは一向に動く気配を見せなかった。

来る。
アイツらが。

一騎はメディカルルームで覚醒を待っていた時、不意に頭の中に直接意識が割り込んできた。
自分のものではない、誰かの。

止め、なきゃ。

一騎の中のある部分が、そう、警告を発した。

だから此処で、捕まるわけにはいかないんだ。

耳の後ろに装着された小型の機械を壊そうとした時、一瞬、総士の顔が浮かぶ。
爪を引っ掛けた所で手が止まった。

ごめん。

届くはずも無いのに一人呟いて、刹那、機械は粉々に砕け散った。

「おねがい・・・うごいて」

危険だ、と警告する自分が居る。
けれど、壊される前に。
目を閉じると一騎はすっ、と意識を霧散させた。

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パラダイスロスト3
scene:10

「どこへ行くの」

「君は知らないでいいよ」

そんなやりとりを続けて一時間半、
僕の視界はぼやけてしまって案外君が綺麗に見えたことが印象的。
本当は還る場所があるから強気で保っていられる事は秘密にしてしまった。
生きる意味といっていいほど信じていた神様が脆くも崩れ去り、僕は急に独りぼっちになってしまったような気がして。
つい君には素っ気無い態度を取ってしまってごめんね。
君はとっても綺麗で、綺麗すぎて僕には涙がとめどなく溢れてしまうから。

時間が必要だ。

そうかもしれない。でも生き急ぐ僕を許してほしい。
この痛みは、たぶん正気を保っていられる限界。
この痛みが無くなる前に君の処へ還ってこれたら僕を誉めてくれるだろうか。

神様はいない。

それと君だけがこの世界の真実。

「トランキライザー、だったのかもしれない」

総士は自嘲気味に微笑むと、ベッドサイドに置かれた写真立てを倒して自室を出た。





scene:11

「一騎、おはよう」

いつものように一騎の部屋へ彼を起こしに来ると、案の定、布団にすっぽりとくるまった一騎がベッドの上で寝息を立てていた。
この瞬間だけは、いつも張り詰めている空気がふわっと和むような気がして、総士は思わず笑みを浮かべる。
真っ暗な朝が来ればいいとずっと願っていた僕がバカバカしくなるくらいに。

「一騎、もう朝だよ、起きて」

悪いな、と思いつつ布団を一気にはぎ取ると、眠そうな顔が覗く。

「・・・ねむい」

カーテンを開ければ、朝日が部屋に差し込んで一騎の顔を照らす。太陽光が赤い目に反射して綺麗に輝く。
この時だけは、この目が素直に美しいとそう思える位まだ正常な感覚が残っているのだとほんの少し安堵する自分がいる。

「ま・・ぶし」

総士はベッドサイドに置かれた体温計を取ると、まだぼんやりとしている一騎の耳にあてる。
やがて、ピと音がして体温が表示された。

「平熱、か」

総士が体温計を元に戻すと、一騎はぱちぱちと瞬きをする。そしてこちらを向いた。

「おはよ、総士」

総士は笑顔を向ける。

「よく、眠れた?」

「うん」

「そっか」

総士はベッドサイドの椅子に腰掛けると一騎の右手の甲に見慣れないものを見つけた。
それはまるでタトゥーのような、大きな数字と文字列。その手を持ち上げる。

06と大きく刻印された黒い数字の下に、Kylieと小さく文字列が配置されていた。

これは、禁忌とされた実験体のナンバリングではなかったか。総士は必死に思考を巡らす。

それは、総士が生まれた時に開始されたプロジェクトなのだと後に聞かされた。
総士の遺伝子がフェストゥムとの適合性に突出した数値を記録したために、
総士の遺伝子を培養し、来るべきフェストゥムとの対話に備えた特殊進化型の人型兵器を作るのだと。
プロトタイプ00から開始されたその個体の創製は、
相次ぐ遺伝子の暴走によって05個体で中止されたとされていた。

じゃあ今、一騎の右手に刻印されている数字は何だ。
06
06個体まで作られていたということなのか。
自発思考を可能にした個体の創製に成功したと。

しかし、一騎は5歳までアルヴィスではなく、真壁司令の家で暮らしていた筈だ。
その当時、毎日のように僕達は遊んでいたではないか。

その一騎が06個体である筈がない、のに。

信じられ・・・ない。

目の前の一騎が、何者なのか。

「気づいちゃったんだね」

右手を凝視したまま動かない総士を見て、一騎は言った。

「気づいた、って。何・・・を?」

総士は顔を上げずに答える。
顔を上げる勇気がなかった。

「俺が、何者なのか」

諦めたように呟く一騎の声を聞いていたくなかった。
だって、お前は・・・俺の。

「友達・・・だよな?」

総士は恐る恐る聞いた。

「うれしかったよ」

一騎は握りしめたままの総士の手に左手を重ねる。

「え?」

総士は初めて顔を上げて一騎を見た。

「友達だって、言ってくれて」

思ったよりも至近距離にあった一騎の両目からはとめどなく涙が溢れ出していた。
抱き締めたい、いつもならすぐにそう思えるのに、今日は身体が震えてそれが出来そうになかった。





scene:12

「総士、無理、しないで」

フェストゥムとの交戦中、一騎の乗るマークザインから通信が入った。今まで聞いた事のない労わるような声。
総士が何も答えられずにいると一騎はふっと笑う。

「まだ、整理なんてつかない、よね」

一騎はそう言うと、強制的にクロッシングを解除した。脳内からずるっと何かが抜け落ちるような感覚。
ぽっかりと空いたその空間に悲しいようなでも安堵のような複雑な感情が渦巻いて流れ込む。

「かず・・・き」

ジークフリードシステムなしにマークザインは動作が出来るのか、ならば活動限界は、等といった思考は
どこかに追いやられてしまったかのように総士は一方的に切られたクロッシングをもう一度繋げることが出来なかった。

目の前では、いつもと変わらない流れるような動きでフェストゥムを撃破するマークザインの姿が見える。

それはとても美しくて、そしてなぜかそれはとても遠くに感じた。





scene:13

泣いている子供がいた。
年は自分と同じくらいだろうか、近づいてみると、彼は顔を上げた。

「なんで、泣いてるの?」

両目から涙を流したままの子供は答える。

「誰も一緒に遊んでくれないんだ」

しゃがみ込んで彼の涙を親指で拭う。

「僕が一緒に遊んであげるよ」

彼は眼を見開く。

「本当?」

出来るだけ警戒心を与えないように笑って答える。

「うん、今日から、一緒に遊ぼう」

そういえば、

「君の、名前は?」

彼は笑って言った。

「かずき・・・まかべ、かずき」

総士は彼の手を取ると、つられて笑った。



あれは、あの記憶は、僕の、記憶?
そうだ、だってあれからずっと僕達は一緒に遊んでいたじゃないか。
毎日、一騎の家まで迎えに行くと、真壁司令が出てきて、その後ろから恐る恐るこちらを伺っていたのは、まぎれもなく一騎で。
一騎をよろしく、と送り出されて繋いだあの手は、昨日ベッドで握ったあの手だった。

でもあの手には、人造体である証明の刻印がなされていて、
「気づいちゃったんだね」
と一騎は寂しそうな顔で言った。

一騎は、どっちの一騎が本当の一騎なんだ?
昨日いた一騎は、認めたくないけど、人造体の製造個体番号が刻印された、一騎の顔をした、兵器で、
記憶の中の一騎は、泣き虫ででもよく笑って僕の手を握った人間の一騎。

たとえば一騎が兵器だったとして、なぜ僕と記憶の共有が出来ている?
人造体であるなら、15歳になるまでは胎漕の中で管理され、戦闘に必要な知識しか移植されない筈。
だから、僕と5歳の頃から会っている筈なんてない。

それに、一騎の手に刻印されていたKylieの文字列。直訳すれば「祈り」だ。
初の成功した個体だから、数列だけでない個別の文字列が与えられたのかもしれない。
しかし、破壊のためだけに作られたものに「祈り」など。一騎の存在が島の祈り、なのか?
彼が壊れるまでフェストゥムを倒し続ける上に成立する楽園の。

何もかも、解らない。
考えても出口のない迷路にはまり込むようにずぶずぶと思考が埋もれていく感覚。

今は目の前の戦闘に集中しなくては。

総士は思い直してマークザイン以外の機体に指示を送る。

もう一度、あの機体にクロッシングすることが出来るだろうか。
一騎を、信じられるだろうか。

「フェストゥム、第二隔壁突破、アルヴィス内部への侵攻を開始します」

突如響いた声に我に返るが、生憎指示を出してもアルヴィスへの第一次侵攻はくい止められそうにない。
これは第三隔壁から先を切り離してフェストゥムもろとも爆破させるしかない、
とキーを入力しようとしたところでフェストゥムの動きが封じられ、その後撃破されたとの一報がシステム内に届く。

急いでモニターを第二隔壁へと繋ぐと、跡形もなく消失したであろうフェストゥムを貫いた腕を元の形へと
変形させるマークザインの姿が映った。

「一騎・・・」

途端、回線が強制的に開かれる。
マークザインのコックピット内、一騎は俯いているようだった。

「総士は、俺が、護るよ」

微かに声が聞こえたかと思った瞬間、回線は通信不能になり、
総士は慌てて第二隔壁にいるマークザインのパイロットを確保するように、と医療班に回線を繋いだ。





scene:13

「遠見先生、一騎は?」

総士はドアを開けると、遠見に尋ねた。

「ちょっと脳波が不安定だけど、大丈夫よ。今はまだ眠っているわ」

そう言った彼女の表情が緩んだので、総士はほっと安堵の息を漏らすと一騎の眠るベッドへと向かった。


カーテンを開けると、そこには酸素マスクと脳波計をつけられた一騎が静かに眠っている。
その表情が穏やかなのを見て総士は少し微笑むと、椅子へと腰掛けた。

点滴の針が刺さった右手、その甲にはまぎれもない刻印がその存在を主張している。

総士はそれを見ると、ふと思考を巡らした。


もし、一騎が人造体であるならば、その身体を構成する殆どの成分は人間というよりはフェストゥムに近いはずだ。
詳しくは知らされていないが、人間の遺伝子をフェストゥムをベースにした人型へ埋め込むという実験を繰り返していたと
聞いている。
一騎は、これまでを見ていても自発思考が可能だ。
自発思考を可能にしているとはいえ、戦闘時には他のフェストゥムと対峙することになる。
その時、フェストゥムの集合意識に呼応することは無いと言い切れるのだろうか。

「こんなのが、ラクエン・・・なの?」

一騎の言葉がフラッシュバックする。
少なくともあの時まで、一騎は、フェストゥムの集合意識に自身も呼応していたのではないか。
そしてそれに困惑していたのではないだろうか。

でもそれを最後に、一騎はそのような言葉を言う事が無くなった。
島を護る為に戦う、といったようなニュアンスの言葉さえ戦闘中に呟いている。

それに、

そもそも、身体の構成物質がフェストゥムと同質のものならば、なぜ、同化現象が発現するのだ。

右足の麻痺と視力の低下。

そういえば、人造体の個体創製に成功したとして、その個体が兵器として完成するまでに現れる諸症状に、
それらは酷似してはいないだろうか。

そして、完成体になるまでに必要なもの。

それは兵器として力を存分に発揮する際に妨げとなるだけの感情ではなかったか。

じゃあ、

「あの抗体注射の本当の目的は」

総士は眠る一騎を見た。

右足の麻痺を治す目的なら、右足の患部に注射をするのが最も効果的なはずだ。
それをわざわざ脳に近い頸椎付近に注射をしているというのは、

「お前、徐々に感情を殺されているのか・・・?」

どうして、そこまでして護ろうなんて思えるんだ。
どんどん思考すら狭められる毎日の中で、何で、

「なんで僕に笑いかけてなんて、くれるんだよ」

総士は俯く。
左目から涙が一筋だけ流れて落ちた。



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パラダイスロスト2
scene:7

「自殺できるくらい自由だったなら」

誰もいない屋上でひとりつぶやいた。
手をかけたフェンスの向こう側には自由な世界が風にゆれていて、
それはとても眩しすぎて僕は堪えきれずに両目を閉じる。
今日一日を生き続ける程度の気力すらなくて明日が真っ暗になればいいなと思う僕には、
夢や希望なんて言葉はいつのまにか風化して葬られてしまったんだ。
明日も生きていくレールならとっくに用意されている。
でもそれに疲れてしまっても立ち止まる事も逸れる事も許されない。
自分らしく生きる事なんてたぶんきっとずっと知ることはないんだろう。

「考えないように、してたのに」

僕がアナタ達の希望を叶えるロボットなら、悲しいことにそれでも僕は叶えて愛情を得ようとしてしまうけれど、
他人の歪んだ自己実現の犠牲でしか存在意義を感じられなくなる前に、誰かに息の根を止めてほしかったのに。

「都合のいい条件付きの休息は、もっと酸素不足になるだけだ」

窒息死寸前で飼い殺されて、アナタ達の思い通りに実現して生きていく事にどうしようもない吐き気を覚えているのに、
アナタ達の思い通りに生きないと全身に強い電流が流れて動作を無力化される。

右手に持った剃刀を軽く左手に滑らせる。
溢れ出る血はどんなトランキライザーよりも強力だ。

「深刻なエラー発生」

そしてアナタ達は子供という名の所有物の暴走で命を落とす。
そうして一瞬の解放を味わった後、人生の指針もレールも歪んだ愛情も失った僕もすぐに消えてしまうだろう。

「それで、いいんだ、きっと」

ロボットにだって感情はあった、けれど、ロボットはマスターがいなきゃ動けないんだ。

「なにやってんだ?総士」

「ん、ちょっと考え事だ」

「こんなとこで、風邪でも引いたらどうするの?」

「大丈夫」

「総士の大丈夫はアテになんないから」

手を引いて施設内へと入ろうとするのを、強引に足を止め
ることで止めてしまった。

「本当にどうしたの?」

恋愛ごっこ、なのかな、一騎。

「もし、僕が」

ああ、やっぱり、

「…好きだよ、一騎」

言える訳なんてない。
握り返した手にまた嘘を吐いたと罪悪感が一杯で溢れそうになる涙は本当に罪悪感だけなんだろうか。
振り返るだろう顔を予想して、下を向いて呼吸を整える。

「もう少し、ここにいよう」

全く総士は、なんて言いながらお前はそれでもこの命令には絶対逆らえない。
抱き寄せた温もりにほっとする。

「一緒にいてあげるから、キスしてよ」

何も言わずにそっと触れる、そうすれば深く濃度を上げていくのは時間の問題。
立っているのが辛くなったのか首に手が回る、だから背中をしっかりと抱き止める。
一騎が過多で酸素不足に陥った脳はもうほとんど何も考えられなくて、
このまま心臓まで止めてくれたらいいのになんて叶わない願いに切なくて一騎の髪をぎゅっと握った。

「…なんか積極的?」

「いいだろ、たまには」

一瞬なのに、一瞬だからこそ、余計キラキラして見えるのかな。
暗く歪んで捻れた世界しか知らなかった僕には、一騎が与えてくれるものが、光だった。

「もう1回、しよう」

「どうしたの?総士ってば」

「したくないのか?」

「じゃあ、遠慮なく」

でも、僕にはやっぱり、眩しすぎる。

「一騎、僕の事、好きか?」

「好き…だけど、どうしたの急に?」

「再確認しただけだ」

「それより、続き、したいんだけど?」

イタズラっぽく見上げてくる目に優しく微笑み返せばほら、続きはすぐ始まる。
また酸素不足に陥りかける頭のどこかで、オマエが光を浴びる資格など無いのだと誰かが警鐘を鳴らす。
解ってるんだ、そんな事痛い程に。
でもずっと憧れ続けていた光に手を伸ばしたらちょっとだけ届いた、ただそれだけ。
甘受なんてするつもりは無い、属性が違うのだから。
でも拒絶も、出来そうに無い。

甘く毒々しい麻酔薬で神様なんて殺せばよかったんだ。

こんな感情、死ぬ時に邪魔になるだけなのに。

「そう…」

言い終わる前に一騎の唇をまた塞ぐ。
今日がオカシイんじゃなくて僕は生まれた時からいつもオカシイんだアイツラを殺す事ばっかり考えてる、
なんて言えないから。

「どこにも、行くな」

「総士を置いてどこに行けるっていうんだ」

ねぇ、一騎。
たとえばお前が僕の事を好き過ぎたとして、
アイツラに執着する僕に狂うほど嫉妬して本当に狂って、そしてそのまま殺してくれたらいいのにね。

「本当に?」

「本当だよ」

僕は、こんなにも遠くに来てしまったから、
もうたぶん本当は君からなんて見つけられないはずなのに。

「じゃあ」

「何?」

「今日はずっとこのままでいよう」

「いいの?」

「特に仕事はないんだ、今日は」

「そっか、俺も実はくっついてたい気分だったんだ」

「寒いのか?」

「バカ」

抱きしめる腕に力が入った。

「?」

「もう一回、キスしていい?総士」

火曜日、快晴、午後3時。
嘘を重ね続けてきたのに、許されたいだなんて。





scene:8

作戦の確認も終わり、各パイロット達がそれぞれ自分の機体のチェックをするために司令室を後にする頃、
総士は一騎に呼び止められた。

「どうした?一騎」

まだ窓の外を見たままの一騎の元へ歩いていくと、総士は同じように窓の外を見る。

「たとえば明日、俺が俺じゃなくなったとして、それでも総士は俺を必要としてくれるか?」

総士は笑う。

「僕が裏切るとでも?」

一騎は目線を変えずに言う。

「プロポーズ?」

総士は座っている一騎の耳もとで囁く。

「してもいいの?」

一騎は椅子から立ち上がる。

「10年早いよ」

そう言って笑った一騎は、総士の手をとって歩きだした。





scene:9

総士の乗るジークフリードシステムの起動モニターにUNKNOWNのランプが点灯し、
やがて機影が映し出される。

「マーク…ザイン?」

総士は見慣れない白の最新型ファフナーのコックピットにパイロットの照合をかける。
やがて、COMPLETEの文字とともに表示された名前に言葉を失った。

「一騎!」
少し遅れて発進してき白いファフナーへと総士は専用回線にアクセスをかける。
すると、向こうが回線を開いた。

「総士、俺に構うより他のファフナーの指揮を」

「しかし…」

「心配するなって、俺専用のファフナーなんだ。詳しい事は後で説明するから。
今は数だけやけに圧倒的なフェストゥムの壊滅、だろ?」

「了解」

総士がジークフリードシステムから各ファフナーへと指揮をとり、凄まじいスピードで攻撃をしかけていったのを
確認すると、一騎は前方へ視線を定める。

「俺の相手はお前だ」

一騎は右目で先攻部隊の遙か後方に位置する大型のフェストゥムに狙いを定めると、対象までの距離、大きさ、
破壊力を瞬時に計算し演算式を機体へと転送する。
即座に左右のアームが変化をし始める、そのフィードバックがコックピット内のあらゆる液晶に表示され10秒も
立たない内に発射準備が完了した。

「死ね」

一騎は言うと同時にリンクシステムに接続した両手を握る。
すると、左右のアームから莫大な熱量の高波動砲が黒い放電を有しながらフェストゥムに向かい発射され、
一瞬で大爆発を起こす。

「何だ?…今の」

先攻部隊の指揮をとり、壊滅状態に陥らせた総士は一瞬の出来事に目を疑った。
モニターに発進源の特定をさせると、明らかに後方に位置する一騎の白い機体で、巨大化していたアームが元の形に
変形していくのが視認出来る。

「あんなエネルギー量をどこから?レアメタルの高化学反応を誘発させたのか?いや、あんな…大型を2体も落とせる
量をアームだけに集中させたら、駆動系統で暴発が起こるはず」

「大量のフィードバックに耐えうるハイスペックシステム、ニューロリンクしかない」

「しかし、超人的な演算式の入力が必要不可欠…でも、出来るよな、一騎なら」

総士は唇を噛みしめた。
一騎になら難なく出来る操作だ、けど全システムがニューロリンクに頼っているのだとしたら、フィードバックによる
直接負荷はジークフリードシステムの比になんてならない。
それだけではない、高波動砲を始めとするあの機体の攻撃の原動力が不可解すぎる。
開発部が最近かかりっきりだった研究はこのファフナーのことだったのかと、しかし、一騎が自分から制作を頼んだの
だろうか。

「前方2km先に高熱源確認、照準は竜宮島中心部、対象ロックされています、到達まであと10秒、避けきれません」

突如響いた緊急回線に総士は思考が止まる。
前方から来る高熱源は先ほど壊滅させたフェストゥム群よりも遥かに威力が大きいと算定されていて、
アルヴィスのフィールドを展開させても中心部は護りきれない。
動けない総士のモニターの前に突如、一騎の乗る白い機体が現れた。

「総士、エネルギー到達測定可能範囲から即座ファフナー全機に離脱させて」

「一騎!お前…どうする気だ!」

「時間がない、早く」

「わかった」

一騎は迫り来る高エネルギーの攻撃線上にアームと背の4射を集中させる、そして冷静に対象の攻撃力を算
定すると、ニューロリンクシステムへと演算式を転送した。
到達まであと5秒、急速に変化を始める6射のフィードバックを全面の液晶で確認し、モードを迎撃+撃破に設定する。

「そんなもので竜宮島が壊せると思ったか?」

一騎は笑みを浮かべ、リンクシステムに接続された両手を力の限り握りしめた。

「一騎っ!」

既に離脱した機体を確認すると総士が叫んだ。
激突する黒と白の膨大な光線、拮抗する2つの光線だったが、次第に黒い光線の量が増して包みこんでいく。
そして完全にエネルギーを包含し、一瞬にしてそれは無力化され次の瞬間には消滅した。










「…っ!クソ、なに…これ」

脳に膨大な情報が流れ込む感覚、リンクシステムに接続している頭部と両手から絶え間なく大量の電気刺激が起こり、
一騎は身体感覚の殆どが奪われて意識が朦朧とする。
与えられる一方の情報の波を遮って帰還にプログラムを書き換えるとそのまま意識を失った。






「一騎、聞こえるか、応答しろ!」

突如島に帰還し始めた白い機体に総士は必死に呼びかける。しかし、機体から回線を開かれる様子は無く
そのまま格納庫へと着艦した。
総士はすぐにジークフリードシステムを降りると、リフトを使って一騎の機体へと上りコックピットのハッチを開けよ
うとする。が、REFUSEの文字が外側に浮かび上がり、その扉が開く気配は無い。

「マスターキーを差し込まないと開きませんよ」

そう言って研究員はキーを差し込むとハッチを開けた。

「過負荷による意識喪失ですね」

その先にはシートにぐったりと身を預けている一騎。その頭部と両手がリンクシステムに接続されているのを総士は見て
研究員に問いつめた。

「ニューロリンクシステムは危険だって…」

研究員は表情を変えずに言う。

「パイロットの了承済みです」

「パイロットの負担が大きすぎます!それに、一騎はもともと体が」

「彼が自ら望んだ事を、友人でしかない貴方が阻止なんて出来るのですか?」

「…っ、それは」

総士はコックピット内に入ると、システムを外部から強制的にスリープ状態にする。青白く浮かび上がる全体が、
不気味でたまらない。意識のない一騎を抱き上げると研究員に向かって言った。
研究員は一瞥する。

「それより、一騎君をメディカルルームに連れて行った方がいいのでは?」

一騎は眉根を寄せたままで目覚める気配はない。

「何が、起こってるんだ、一騎…!」

何が、起こってる?
戦局は激しさを増す一方で切り札となるような新型ファフナーの投入、総士は心の奥で疑問を抱かざるを得なかった。

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