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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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パラダイスロスト3
scene:10

「どこへ行くの」

「君は知らないでいいよ」

そんなやりとりを続けて一時間半、
僕の視界はぼやけてしまって案外君が綺麗に見えたことが印象的。
本当は還る場所があるから強気で保っていられる事は秘密にしてしまった。
生きる意味といっていいほど信じていた神様が脆くも崩れ去り、僕は急に独りぼっちになってしまったような気がして。
つい君には素っ気無い態度を取ってしまってごめんね。
君はとっても綺麗で、綺麗すぎて僕には涙がとめどなく溢れてしまうから。

時間が必要だ。

そうかもしれない。でも生き急ぐ僕を許してほしい。
この痛みは、たぶん正気を保っていられる限界。
この痛みが無くなる前に君の処へ還ってこれたら僕を誉めてくれるだろうか。

神様はいない。

それと君だけがこの世界の真実。

「トランキライザー、だったのかもしれない」

総士は自嘲気味に微笑むと、ベッドサイドに置かれた写真立てを倒して自室を出た。





scene:11

「一騎、おはよう」

いつものように一騎の部屋へ彼を起こしに来ると、案の定、布団にすっぽりとくるまった一騎がベッドの上で寝息を立てていた。
この瞬間だけは、いつも張り詰めている空気がふわっと和むような気がして、総士は思わず笑みを浮かべる。
真っ暗な朝が来ればいいとずっと願っていた僕がバカバカしくなるくらいに。

「一騎、もう朝だよ、起きて」

悪いな、と思いつつ布団を一気にはぎ取ると、眠そうな顔が覗く。

「・・・ねむい」

カーテンを開ければ、朝日が部屋に差し込んで一騎の顔を照らす。太陽光が赤い目に反射して綺麗に輝く。
この時だけは、この目が素直に美しいとそう思える位まだ正常な感覚が残っているのだとほんの少し安堵する自分がいる。

「ま・・ぶし」

総士はベッドサイドに置かれた体温計を取ると、まだぼんやりとしている一騎の耳にあてる。
やがて、ピと音がして体温が表示された。

「平熱、か」

総士が体温計を元に戻すと、一騎はぱちぱちと瞬きをする。そしてこちらを向いた。

「おはよ、総士」

総士は笑顔を向ける。

「よく、眠れた?」

「うん」

「そっか」

総士はベッドサイドの椅子に腰掛けると一騎の右手の甲に見慣れないものを見つけた。
それはまるでタトゥーのような、大きな数字と文字列。その手を持ち上げる。

06と大きく刻印された黒い数字の下に、Kylieと小さく文字列が配置されていた。

これは、禁忌とされた実験体のナンバリングではなかったか。総士は必死に思考を巡らす。

それは、総士が生まれた時に開始されたプロジェクトなのだと後に聞かされた。
総士の遺伝子がフェストゥムとの適合性に突出した数値を記録したために、
総士の遺伝子を培養し、来るべきフェストゥムとの対話に備えた特殊進化型の人型兵器を作るのだと。
プロトタイプ00から開始されたその個体の創製は、
相次ぐ遺伝子の暴走によって05個体で中止されたとされていた。

じゃあ今、一騎の右手に刻印されている数字は何だ。
06
06個体まで作られていたということなのか。
自発思考を可能にした個体の創製に成功したと。

しかし、一騎は5歳までアルヴィスではなく、真壁司令の家で暮らしていた筈だ。
その当時、毎日のように僕達は遊んでいたではないか。

その一騎が06個体である筈がない、のに。

信じられ・・・ない。

目の前の一騎が、何者なのか。

「気づいちゃったんだね」

右手を凝視したまま動かない総士を見て、一騎は言った。

「気づいた、って。何・・・を?」

総士は顔を上げずに答える。
顔を上げる勇気がなかった。

「俺が、何者なのか」

諦めたように呟く一騎の声を聞いていたくなかった。
だって、お前は・・・俺の。

「友達・・・だよな?」

総士は恐る恐る聞いた。

「うれしかったよ」

一騎は握りしめたままの総士の手に左手を重ねる。

「え?」

総士は初めて顔を上げて一騎を見た。

「友達だって、言ってくれて」

思ったよりも至近距離にあった一騎の両目からはとめどなく涙が溢れ出していた。
抱き締めたい、いつもならすぐにそう思えるのに、今日は身体が震えてそれが出来そうになかった。





scene:12

「総士、無理、しないで」

フェストゥムとの交戦中、一騎の乗るマークザインから通信が入った。今まで聞いた事のない労わるような声。
総士が何も答えられずにいると一騎はふっと笑う。

「まだ、整理なんてつかない、よね」

一騎はそう言うと、強制的にクロッシングを解除した。脳内からずるっと何かが抜け落ちるような感覚。
ぽっかりと空いたその空間に悲しいようなでも安堵のような複雑な感情が渦巻いて流れ込む。

「かず・・・き」

ジークフリードシステムなしにマークザインは動作が出来るのか、ならば活動限界は、等といった思考は
どこかに追いやられてしまったかのように総士は一方的に切られたクロッシングをもう一度繋げることが出来なかった。

目の前では、いつもと変わらない流れるような動きでフェストゥムを撃破するマークザインの姿が見える。

それはとても美しくて、そしてなぜかそれはとても遠くに感じた。





scene:13

泣いている子供がいた。
年は自分と同じくらいだろうか、近づいてみると、彼は顔を上げた。

「なんで、泣いてるの?」

両目から涙を流したままの子供は答える。

「誰も一緒に遊んでくれないんだ」

しゃがみ込んで彼の涙を親指で拭う。

「僕が一緒に遊んであげるよ」

彼は眼を見開く。

「本当?」

出来るだけ警戒心を与えないように笑って答える。

「うん、今日から、一緒に遊ぼう」

そういえば、

「君の、名前は?」

彼は笑って言った。

「かずき・・・まかべ、かずき」

総士は彼の手を取ると、つられて笑った。



あれは、あの記憶は、僕の、記憶?
そうだ、だってあれからずっと僕達は一緒に遊んでいたじゃないか。
毎日、一騎の家まで迎えに行くと、真壁司令が出てきて、その後ろから恐る恐るこちらを伺っていたのは、まぎれもなく一騎で。
一騎をよろしく、と送り出されて繋いだあの手は、昨日ベッドで握ったあの手だった。

でもあの手には、人造体である証明の刻印がなされていて、
「気づいちゃったんだね」
と一騎は寂しそうな顔で言った。

一騎は、どっちの一騎が本当の一騎なんだ?
昨日いた一騎は、認めたくないけど、人造体の製造個体番号が刻印された、一騎の顔をした、兵器で、
記憶の中の一騎は、泣き虫ででもよく笑って僕の手を握った人間の一騎。

たとえば一騎が兵器だったとして、なぜ僕と記憶の共有が出来ている?
人造体であるなら、15歳になるまでは胎漕の中で管理され、戦闘に必要な知識しか移植されない筈。
だから、僕と5歳の頃から会っている筈なんてない。

それに、一騎の手に刻印されていたKylieの文字列。直訳すれば「祈り」だ。
初の成功した個体だから、数列だけでない個別の文字列が与えられたのかもしれない。
しかし、破壊のためだけに作られたものに「祈り」など。一騎の存在が島の祈り、なのか?
彼が壊れるまでフェストゥムを倒し続ける上に成立する楽園の。

何もかも、解らない。
考えても出口のない迷路にはまり込むようにずぶずぶと思考が埋もれていく感覚。

今は目の前の戦闘に集中しなくては。

総士は思い直してマークザイン以外の機体に指示を送る。

もう一度、あの機体にクロッシングすることが出来るだろうか。
一騎を、信じられるだろうか。

「フェストゥム、第二隔壁突破、アルヴィス内部への侵攻を開始します」

突如響いた声に我に返るが、生憎指示を出してもアルヴィスへの第一次侵攻はくい止められそうにない。
これは第三隔壁から先を切り離してフェストゥムもろとも爆破させるしかない、
とキーを入力しようとしたところでフェストゥムの動きが封じられ、その後撃破されたとの一報がシステム内に届く。

急いでモニターを第二隔壁へと繋ぐと、跡形もなく消失したであろうフェストゥムを貫いた腕を元の形へと
変形させるマークザインの姿が映った。

「一騎・・・」

途端、回線が強制的に開かれる。
マークザインのコックピット内、一騎は俯いているようだった。

「総士は、俺が、護るよ」

微かに声が聞こえたかと思った瞬間、回線は通信不能になり、
総士は慌てて第二隔壁にいるマークザインのパイロットを確保するように、と医療班に回線を繋いだ。





scene:13

「遠見先生、一騎は?」

総士はドアを開けると、遠見に尋ねた。

「ちょっと脳波が不安定だけど、大丈夫よ。今はまだ眠っているわ」

そう言った彼女の表情が緩んだので、総士はほっと安堵の息を漏らすと一騎の眠るベッドへと向かった。


カーテンを開けると、そこには酸素マスクと脳波計をつけられた一騎が静かに眠っている。
その表情が穏やかなのを見て総士は少し微笑むと、椅子へと腰掛けた。

点滴の針が刺さった右手、その甲にはまぎれもない刻印がその存在を主張している。

総士はそれを見ると、ふと思考を巡らした。


もし、一騎が人造体であるならば、その身体を構成する殆どの成分は人間というよりはフェストゥムに近いはずだ。
詳しくは知らされていないが、人間の遺伝子をフェストゥムをベースにした人型へ埋め込むという実験を繰り返していたと
聞いている。
一騎は、これまでを見ていても自発思考が可能だ。
自発思考を可能にしているとはいえ、戦闘時には他のフェストゥムと対峙することになる。
その時、フェストゥムの集合意識に呼応することは無いと言い切れるのだろうか。

「こんなのが、ラクエン・・・なの?」

一騎の言葉がフラッシュバックする。
少なくともあの時まで、一騎は、フェストゥムの集合意識に自身も呼応していたのではないか。
そしてそれに困惑していたのではないだろうか。

でもそれを最後に、一騎はそのような言葉を言う事が無くなった。
島を護る為に戦う、といったようなニュアンスの言葉さえ戦闘中に呟いている。

それに、

そもそも、身体の構成物質がフェストゥムと同質のものならば、なぜ、同化現象が発現するのだ。

右足の麻痺と視力の低下。

そういえば、人造体の個体創製に成功したとして、その個体が兵器として完成するまでに現れる諸症状に、
それらは酷似してはいないだろうか。

そして、完成体になるまでに必要なもの。

それは兵器として力を存分に発揮する際に妨げとなるだけの感情ではなかったか。

じゃあ、

「あの抗体注射の本当の目的は」

総士は眠る一騎を見た。

右足の麻痺を治す目的なら、右足の患部に注射をするのが最も効果的なはずだ。
それをわざわざ脳に近い頸椎付近に注射をしているというのは、

「お前、徐々に感情を殺されているのか・・・?」

どうして、そこまでして護ろうなんて思えるんだ。
どんどん思考すら狭められる毎日の中で、何で、

「なんで僕に笑いかけてなんて、くれるんだよ」

総士は俯く。
左目から涙が一筋だけ流れて落ちた。



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