蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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2024.11.22 Friday
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君と僕とあの夏の日と1
2011.11.20 Sunday
「どーしよっかなぁ・・・」
一騎はひとり、誰も居なくなった教室でぼんやりと窓の外を見ては溜息を吐いた。
そっと右手を顔の輪郭に沿わせると、真新しい包帯の感触。
数時間前から右目を覆うそれは、夏の気温と体温が伝わってなんだか生温い。
少々汗ばんだ包帯は事あるごとに違和感を感じさせて先刻から気になって仕方がなかった。
切れかけの麻酔で疼き出す痛みが余計に暑さを助長させる。
無傷の左目だけを動かして辺りを確認するも、
慣れない片目だけの視界に遠近感が狂って思わず目を閉じたくなってしまう。
「大会、このままじゃ危ないよなぁ」
今から数時間程前。
階段から落ちそうになった同学年の女子を助けようとして手を伸ばしたものの運悪く自分は下敷きになり、
彼女が運んでいた実験用のガラス製ビーカーの破片が右目に直撃した。
幸い眼球には傷が付かなかったものの、破片は右瞼を深く切り刻み出血量が半端なかった為、
一時辺りは騒然となってしまった。
右目を押さえたまま呆然と座り込んでいた一騎は、駆けつけた保険医に手を引かれ保健室へと連れてこられたものの、
傷が深すぎて完全な処置が出来ず、とりあえず応急処置だけ施して近くの大学病院へと行くはめになった。
そこで右瞼の縫合処置をしてもらったのだが、担当医師は抜糸までの日数を3週間程と一騎に告げた。
本来なら2週間もかからずに抜糸が出来るそうなのだが、真夏という季節のせいもあってか、
他の季節よりも治りが遅いらしい。
抜糸まで消毒に毎日来るかと言われたが断った。
それなら絶対に朝夕塗るのを忘れないように、と化膿止めを10本も渡されて学校に戻ったのがつい30分程前のこと。
「3週間後なんだよなぁ、大会」
高校に入ってから一騎が所属したのは男子バレーボール部。
前々から運動神経の良さで評判だった一騎は、入学と同時にひっきりなしに運動部の勧誘が教室前に並ぶほど
引く手あまたの状態だったのだが、バスケかサッカーだろうという大方の予想を裏切って
バレーボール部に入部することにした。
特に理由があった訳ではないのだが、バスケ部を見に行った隣で練習していたバレー部の部員が、
軽々とステップを踏んで鋭角のスパイクを次々に決めるのを目にし、自分もあんな風に飛んで打ってみたい、
そう思ったのがきっかけだった。
入部してからの一騎は一年生ながらめきめきと頭角をあらわし、夏前の地区予選では補欠出場出来るまでの実力をつけた。
ポジションはかねてからの希望だったレフト。
身長こそ先輩達には遠く及ばない一騎だったが、持ち前のジャンプ力で高さをカバーし、
部内での最高到達点をいつしかマークするようになった。
連日行われるスパイク練にも参加するようになり、アタックラインよりも内側に落とすことが出来る鋭角スパイクを
習得してからは、一年生といえど部内での注目は上がっていった。
そして夏前の大会に補欠で選ばれ、試合の流れを変えるためのピンチサーバーとしてその背番号が呼ばれた。
交代のために先輩と手を合わせた数秒間の緊張はこれから先も忘れないと思う。
何のために今自分が呼ばれたのか、自分がしなければならないことは何か、それを張り裂けそうな緊張と高揚の中、
審判から流れてきたボールを手に取り深呼吸をする。
見つけた
ネットの向こうに広がる相手コートを数秒間見つめ、守りが手薄になる箇所を弾き出す。
そこに狙いを定め、左手に持ったボールを一気に天井高く投げては間髪入れずにラインぎりぎりまでステップを踏んだ。
後ろに引いた右手が落ちてきたボールを捉えた瞬間、ありったけの力を込めて右斜め上から一直線に打ち落とす。
一騎は毎日朝練、昼練、放課後と欠かさず練習して習得した高速無回転のジャンピングサーブでサービスエースを取り、
連続サーブポイントを重ねると、流れは一気にこちらのペースとなり、そのまま第3セットまで取りきった。
真壁、夏の本戦出られるか?
と監督から聞かれたのがつい数日前のこと。
今のところは補欠で選手登録をしておくが、今後の練習次第ではスタメン切り替えもあるとのことで、
一騎はその日以降の練習にこれまで以上の力を注いでいた。
「今頃3メンしてるのかなぁ」
一騎はうだるような暑さの中、2階の教室から見える体育館の開け放たれたドアを見つめた。
ナイスカット、と大きな声がこちらまで聞こえてくる。
本当ならあの一本を上げるのは自分だった筈なのに、と今更ながらに悔しさがこみ上げてしまう。
別に自分の取った行動を後悔している訳ではない。
あの時自分が手を差し伸べなければ、彼女はもっと酷い怪我をしていただろうから。
けど、タイミングが悪すぎる。
せめて夏の本戦が終わってから怪我してくれよ、と一騎は心底自分の運の悪さを呪っていた。
「・・・一騎?」
突如聞こえた声に驚いて一騎はその声のした方へ顔を向ける。
「そーし」
すると、何やら書類を沢山抱えた総士が廊下からこちらを伺っていた。
「お前、怪我・・・したのか?」
総士は律儀に左右を確認すると、そっと教室内に入ってくる。
うん、ちょっとね、と一騎は浮かない顔で答えると総士が座れるように隣の椅子を引いた。
「部活、見学しなくてもいいのか?」
書類を綺麗に机の上に整理し終えた総士が尋ねてくる。
一騎はもう一度右目の包帯にそっと触ると深く溜息を吐いた。
「今日は、無理かも。気分的に」
告げた声が余りにも弱々しくて一騎は慌てて隣を見ると、総士は少し顔をしかめて、でもすぐに笑う。
「じゃあ、一緒に帰らないか?」
「え?」
だって、お前今日は何もないんだろ?と言われる。
悔しいけど、勝手に落ち込んでるだけで特に用事が何もなかったのは事実なので、いいよ、とだけ答えた。
「じゃあ、10分後に校門前で」
総士はそう言うと、机の書類を持ちやすいように積み上げ始める。
なんだか一人では心許なさそうだったので、無言で近くにあった書類を邪魔にならないように一緒に積んだ。
「一緒に帰るのなんて、いつぶりだろうな」
椅子から立ち上がりかけた総士はそう言ってふんわり笑う。
そういえば高校に入学してからは帰るどころか顔すらろくに合わせたことが無かったかもしれない。
総士は一騎の唯一の幼なじみだった。
幼少の頃は毎日遊び、小中学校も同じクラスだったが、高校に入って初めて違うクラスになった。
別に取り立てて仲が悪くなった訳でもなかったのだが、入学式から夏前までバタバタと新入生として
学校に馴染もうと必死になっていた余り、違うクラスで部活にも入っていない彼とは会う機会が殆ど無くなっていた。
「3週間、暇なんだ」
気がついたらなぜか期限付きで変なことを口走っていた。
発してから数秒経ってふと気付く。
また訳わかんないこと言っちゃったかな、と一騎がおそるおそる総士を見ると、
「じゃあ、付き合うよ」
と彼は微笑んだ。
なんだかその笑顔は昔から変わらないお兄ちゃん気質のそれで、
何となく乾いていた心に水が染み渡っていくような感覚がする。
生徒会は今の時期忙しくなかったっけ、とか色んなことが頭を掠めたけれど、
この暑さのせいでどこかへ溶けて消えてしまったようだった。
「ありがと」
ちょっと気恥ずかしくなって言ったはいいが一騎は俯いてしまう。
じゃあ、今から10分後な、と言って彼は足早に教室を去っていった。
ふ、と空気が少し動いてそこから風が起こる。
ここからは見えない廊下に真新しい革靴の音が木霊していく。
「たまには、いいかも」
いつしか周りに紛れて薄れてしまった幼なじみという近かったはずの距離をまた再確認するような感覚。
ちょっとむず痒いようなそれでいて微笑ましいような懐かしさがこみ上げて、
一騎は時計を確認すると鞄を持って教室を後にした。
一騎はひとり、誰も居なくなった教室でぼんやりと窓の外を見ては溜息を吐いた。
そっと右手を顔の輪郭に沿わせると、真新しい包帯の感触。
数時間前から右目を覆うそれは、夏の気温と体温が伝わってなんだか生温い。
少々汗ばんだ包帯は事あるごとに違和感を感じさせて先刻から気になって仕方がなかった。
切れかけの麻酔で疼き出す痛みが余計に暑さを助長させる。
無傷の左目だけを動かして辺りを確認するも、
慣れない片目だけの視界に遠近感が狂って思わず目を閉じたくなってしまう。
「大会、このままじゃ危ないよなぁ」
今から数時間程前。
階段から落ちそうになった同学年の女子を助けようとして手を伸ばしたものの運悪く自分は下敷きになり、
彼女が運んでいた実験用のガラス製ビーカーの破片が右目に直撃した。
幸い眼球には傷が付かなかったものの、破片は右瞼を深く切り刻み出血量が半端なかった為、
一時辺りは騒然となってしまった。
右目を押さえたまま呆然と座り込んでいた一騎は、駆けつけた保険医に手を引かれ保健室へと連れてこられたものの、
傷が深すぎて完全な処置が出来ず、とりあえず応急処置だけ施して近くの大学病院へと行くはめになった。
そこで右瞼の縫合処置をしてもらったのだが、担当医師は抜糸までの日数を3週間程と一騎に告げた。
本来なら2週間もかからずに抜糸が出来るそうなのだが、真夏という季節のせいもあってか、
他の季節よりも治りが遅いらしい。
抜糸まで消毒に毎日来るかと言われたが断った。
それなら絶対に朝夕塗るのを忘れないように、と化膿止めを10本も渡されて学校に戻ったのがつい30分程前のこと。
「3週間後なんだよなぁ、大会」
高校に入ってから一騎が所属したのは男子バレーボール部。
前々から運動神経の良さで評判だった一騎は、入学と同時にひっきりなしに運動部の勧誘が教室前に並ぶほど
引く手あまたの状態だったのだが、バスケかサッカーだろうという大方の予想を裏切って
バレーボール部に入部することにした。
特に理由があった訳ではないのだが、バスケ部を見に行った隣で練習していたバレー部の部員が、
軽々とステップを踏んで鋭角のスパイクを次々に決めるのを目にし、自分もあんな風に飛んで打ってみたい、
そう思ったのがきっかけだった。
入部してからの一騎は一年生ながらめきめきと頭角をあらわし、夏前の地区予選では補欠出場出来るまでの実力をつけた。
ポジションはかねてからの希望だったレフト。
身長こそ先輩達には遠く及ばない一騎だったが、持ち前のジャンプ力で高さをカバーし、
部内での最高到達点をいつしかマークするようになった。
連日行われるスパイク練にも参加するようになり、アタックラインよりも内側に落とすことが出来る鋭角スパイクを
習得してからは、一年生といえど部内での注目は上がっていった。
そして夏前の大会に補欠で選ばれ、試合の流れを変えるためのピンチサーバーとしてその背番号が呼ばれた。
交代のために先輩と手を合わせた数秒間の緊張はこれから先も忘れないと思う。
何のために今自分が呼ばれたのか、自分がしなければならないことは何か、それを張り裂けそうな緊張と高揚の中、
審判から流れてきたボールを手に取り深呼吸をする。
見つけた
ネットの向こうに広がる相手コートを数秒間見つめ、守りが手薄になる箇所を弾き出す。
そこに狙いを定め、左手に持ったボールを一気に天井高く投げては間髪入れずにラインぎりぎりまでステップを踏んだ。
後ろに引いた右手が落ちてきたボールを捉えた瞬間、ありったけの力を込めて右斜め上から一直線に打ち落とす。
一騎は毎日朝練、昼練、放課後と欠かさず練習して習得した高速無回転のジャンピングサーブでサービスエースを取り、
連続サーブポイントを重ねると、流れは一気にこちらのペースとなり、そのまま第3セットまで取りきった。
真壁、夏の本戦出られるか?
と監督から聞かれたのがつい数日前のこと。
今のところは補欠で選手登録をしておくが、今後の練習次第ではスタメン切り替えもあるとのことで、
一騎はその日以降の練習にこれまで以上の力を注いでいた。
「今頃3メンしてるのかなぁ」
一騎はうだるような暑さの中、2階の教室から見える体育館の開け放たれたドアを見つめた。
ナイスカット、と大きな声がこちらまで聞こえてくる。
本当ならあの一本を上げるのは自分だった筈なのに、と今更ながらに悔しさがこみ上げてしまう。
別に自分の取った行動を後悔している訳ではない。
あの時自分が手を差し伸べなければ、彼女はもっと酷い怪我をしていただろうから。
けど、タイミングが悪すぎる。
せめて夏の本戦が終わってから怪我してくれよ、と一騎は心底自分の運の悪さを呪っていた。
「・・・一騎?」
突如聞こえた声に驚いて一騎はその声のした方へ顔を向ける。
「そーし」
すると、何やら書類を沢山抱えた総士が廊下からこちらを伺っていた。
「お前、怪我・・・したのか?」
総士は律儀に左右を確認すると、そっと教室内に入ってくる。
うん、ちょっとね、と一騎は浮かない顔で答えると総士が座れるように隣の椅子を引いた。
「部活、見学しなくてもいいのか?」
書類を綺麗に机の上に整理し終えた総士が尋ねてくる。
一騎はもう一度右目の包帯にそっと触ると深く溜息を吐いた。
「今日は、無理かも。気分的に」
告げた声が余りにも弱々しくて一騎は慌てて隣を見ると、総士は少し顔をしかめて、でもすぐに笑う。
「じゃあ、一緒に帰らないか?」
「え?」
だって、お前今日は何もないんだろ?と言われる。
悔しいけど、勝手に落ち込んでるだけで特に用事が何もなかったのは事実なので、いいよ、とだけ答えた。
「じゃあ、10分後に校門前で」
総士はそう言うと、机の書類を持ちやすいように積み上げ始める。
なんだか一人では心許なさそうだったので、無言で近くにあった書類を邪魔にならないように一緒に積んだ。
「一緒に帰るのなんて、いつぶりだろうな」
椅子から立ち上がりかけた総士はそう言ってふんわり笑う。
そういえば高校に入学してからは帰るどころか顔すらろくに合わせたことが無かったかもしれない。
総士は一騎の唯一の幼なじみだった。
幼少の頃は毎日遊び、小中学校も同じクラスだったが、高校に入って初めて違うクラスになった。
別に取り立てて仲が悪くなった訳でもなかったのだが、入学式から夏前までバタバタと新入生として
学校に馴染もうと必死になっていた余り、違うクラスで部活にも入っていない彼とは会う機会が殆ど無くなっていた。
「3週間、暇なんだ」
気がついたらなぜか期限付きで変なことを口走っていた。
発してから数秒経ってふと気付く。
また訳わかんないこと言っちゃったかな、と一騎がおそるおそる総士を見ると、
「じゃあ、付き合うよ」
と彼は微笑んだ。
なんだかその笑顔は昔から変わらないお兄ちゃん気質のそれで、
何となく乾いていた心に水が染み渡っていくような感覚がする。
生徒会は今の時期忙しくなかったっけ、とか色んなことが頭を掠めたけれど、
この暑さのせいでどこかへ溶けて消えてしまったようだった。
「ありがと」
ちょっと気恥ずかしくなって言ったはいいが一騎は俯いてしまう。
じゃあ、今から10分後な、と言って彼は足早に教室を去っていった。
ふ、と空気が少し動いてそこから風が起こる。
ここからは見えない廊下に真新しい革靴の音が木霊していく。
「たまには、いいかも」
いつしか周りに紛れて薄れてしまった幼なじみという近かったはずの距離をまた再確認するような感覚。
ちょっとむず痒いようなそれでいて微笑ましいような懐かしさがこみ上げて、
一騎は時計を確認すると鞄を持って教室を後にした。
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