蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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2024.11.22 Friday
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メルトダウン
2011.11.19 Saturday
「あ」
目を開けると見慣れた白い天井と四方を囲むカーテン。
次第に明瞭になる視界はここが医務室であることを一騎にはっきりと認識させる。
視界とは反対に未だぼうっとする頭で、どれくらい時間が経ったのだろうと考える。
安定剤であろう点滴の減り具合からそうそう時間は経っていないのだろう、
そう納得すると、カーテンの向こうから話し声が聞こえた。
やっぱりあの異常値が関係して。でも脳波には身体機能にも異常は。データが足りない。
あの状態で同化されないなんて。数値上、確かに生命反応は消えた。何が起こってるんだ。
「…そー、し」
聞こえてくる声に耳を塞ぎたくなって思わず名前を呼んだ。たぶんそこにいるだろうと思ったから。
出した声があまりにも小さく掠れていて自分でも驚いたが、それでも向こう側に伝わるには十分だったらしい。
慌てた様子でカーテンが開けられると、総士はこちらを覗き込んだ。
「気分は?」
いつもの口調で総士が尋ねてくる。
何でもないよと返したかったけれど、一体何を点滴に入れているのか、
未だに手足の感覚が戻らなくて一騎は曖昧に微笑んだだけだった。
気付いていないわけがなかった。自分の中に何か別のものがいるということには。
戦闘時のあの異常な感覚。
頭の中に靄がかかるようでいてクリアになるような不思議な感じがして、どんどん総士の声が遠くなる。
ほぼ無音状態になると、敵の攻撃の盲点が見えてくるような気がして、実際に見えているのだろう、
敵に致命傷を与えることが出来る。
身体中を熱い何かがすごい速さで駆け巡るような感覚。
自分の身体がどこにあるのかさえ忘れてしまうような。
目の前まで赤く染まるのではないかと思った瞬間、急に現実に引き戻されたかのように、
正常さを取り戻した視界に映るのは、破壊された敵の姿だけだった。
それから先の記憶は毎回ほとんど無いに等しい。
大体、総士から指示があってファフナーを自動操縦に切り替えて意識を喪失させる。
でも今回はなぜかその指示に従わずに手動のまま格納庫へ戻った。
確かに機体の損傷は今までよりも少なかったがそれでも動かすたびに生身の身体は激痛で悲鳴を上げた。
なんとか耐えてファフナーから降りるも、駆けつけた総士を見るなり視界が暗転した。
「一騎っ」
あと少しの所で床にくずおれた一騎を総士は慌てて抱き起こす。
以前からデータで彼に異常な値が現れているということは何度も聞かされていたが、
実際に変調をきたして意識を失った姿を見るのは初めてだった。
総士は驚きを隠せないまま一騎を抱きしめていると、駆けつけた医療班がストレッチャーへと促す。
そっとその上に身体を横たえさせると、医療班とともに処置室へと向かった。
そしてそこでは、脳波や身体機能の精密検査が行われた。
結果は、異常なし。
思い当たる原因と言えば、またも戦闘時に消滅した一騎の生命個体反応と関係があるのだろう。
被同化状態の戦闘下において個体反応が消えるというのは、一般的に言えば同化されてしまったということだ。
それなのにその状態で彼は敵を倒し、ファフナーごと無事に帰還する。
いくら調べてみても、その身体に同化現象の痕跡は見られない。
何が起こっているのだろうと思う、でも聞いてはいけないようなそんな気もするから口に出せない。
医師と話し合っていると背後で名前を呼ばれた。
慌ててカーテンを開ければ意識を取り戻した一騎がいる。
が、見るからに顔色は悪く、でも何か言わなきゃと極力平静を装って「気分は?」と尋ねてしまったが、
返ってきたのはその状態を反映するかのような曖昧な笑みだけだった。
「異常はないって」
笑顔を作ってゆっくりと切り出せば、一騎は困ったように笑った。
「ごめん、ちょっとだけ聞こえてた」
どの辺から?と尋ねれば最後の方だけ、と一騎は控えめに言う。
「島を守ろうってみんなと一緒に戦ってるだけなのに、俺だけ異常なんてさ」
それだけ言うと一騎は首だけ総士とは逆の方向に向けた。
まだ四肢の感覚が戻ってないのか、と総士は思う。
倒れた時、激しい筋硬直状態にあってすぐさま弛緩剤の投与が行われたのだ。
起きてから少し経っても身体の感覚が戻らずにあの会話を聞いたら傷付くよな、
と総士は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
島を守るために危険を冒して毎回戦っているというのに、
それを異常だと他人に見られているのはどんな気持ちなんだろうとその心中を察せない自分に歯痒い思いが込み上げる。
「…慣れてるから」
別にいいけど、と一騎は小さく呟いた。
「ごめん、ちょっと困らせてみたかったんだ」
と続けたけれど相変わらず向こう側を向いたままだったのでどんな表情をしているのかはわからない。
総士が何も言えずに数秒経つ。
すると一騎はこちらを向いた。
「聞きたいんだろ?」
見上げてくる一騎に総士は内心驚いたことを必死に隠して目を逸らそうとはしなかった。
総士にだけだったら話してもいいんだ、と一騎は言うと静かに目を閉じる。
弛緩剤と安定剤の副作用なんだろうなと総士は思ったが、
これ以上話すにもどう答えていいのか心底困っていたので少しほっとしてしまった。
「ごめん」
一騎の寝息が聞こえ始めたのを確認して総士は小さく呟くとベッドサイドを後にした。
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