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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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エンター
一騎は総士の一歩後ろをわき目も振らずに歩いて行く。
いつもと何ら変わることのない、見慣れたその光景に、皆忙しく自分の目的地へと向かっていく
アルヴィスの面々は特に何を思う訳でもなく通り過ぎて行く。
月曜の朝ということもあってか、やたらと人の往来の激しいこの通路を抜けるとやがて右手に見えてきた二つ目の角、
そこを曲がればこの喧騒から逃れられる。
そう思うと心なしか早まったような総士の足音に合わせて一騎も少しスピードを上げた。
きゅ、という心地よく甲高い靴音を軽快に響かせてその角を曲がると、
それまでの人の多さがまるで嘘だったかのようにぽっかりと開いた空間と耳の奥が張り詰めそうな程の静けさが待っていた。
なんだか、呼吸の音ひとつまでも全部聞こえてしまいそうだと一騎は思う。

ここはアルヴィスの居住ブロックに繋がる数多くある通路のひとつだ。
アルヴィスでは一日三シフト制の勤務体制をしいており、たとえ居住ブロックといえど人が居ないことは少なく、
日中もそれなりに往来はあったりする。
しかしこの通路の先にあるブロックの人間は今日殆ど朝シフトにあたってもう部屋を出ている時間らしい。
ブロックの入り口に設置された各部屋の番号が連なる電光掲示板は、
その大半が外からロックをかけたことを意味する赤いランプを点灯させている。
そのせいか、一騎達を除いて人通りは全くといっていい程無いに等しかった。

「本当に大丈夫なのか?」

一騎がおそるおそる総士に尋ねると、まだ三十分もあるよ、と苦笑まじりの様な声が聞こえる。
総士が言うなら大丈夫なのだろう、といつもの癖で腕時計を身につけない一騎は思った。
そのまま黙ってついていくと、やがてある部屋の前で総士が止まった。
居住ブロックにあるのだからおそらくは誰かの部屋なのだろうが、
通常ならルームナンバーの下にローマ字で表記されるはずの住人の名前が空欄だった。
空き部屋なんだろうな、と一騎は勝手に納得して総士を見上げると、難なく照合を済まして総士はロックを解除した。
シュン、と音を立ててドアが開く。

「ほら」

早く入れということなのだろう、総士は一騎を見つめると視線だけ部屋の中に移した。
一騎は小さく頷いて中へと足を踏み入れる。
どうやらここは一般的な居住用の部屋らしいことがその内部の造りから窺えた。
空室だからなのだろう、生活用品らしき物は一切置かれていなかったが、
こんな所に住んで働いている人達も当たり前だがいるんだなぁと一騎は思う。
外部に実家を持ち、そこから毎日アルヴィスへ通う自分と比べたら随分朝はゆっくり眠れることだろうと
ちょっと羨ましさすら感じたりもする。ぼーっと突っ立っていたら背後で小気味よい音を立ててドアが閉まった。

「わっ…!」

思わず一騎は声を上げる。
それもそのはず、ドアが閉まった瞬間、いきなり総士が後ろから抱き締めてきたのだ。
背中の方からがっちりと両腕をまわされ、首筋に顔を埋めてくる。
さらさらと肌に触れてくる総士の色素の薄い髪がくすぐったくて身をよじれば、
まるで動くなとでもいうようにさらにきつく抱き締められた。

「そーし?」

名前を呼べば、もうちょっとだけ、とくぐもった声が聞こえる。
首筋に顔を埋めたまま喋るので、吐きだされる息が直接肌にかかってなんだか妙に身体が緊張してくるのがわかってしまう。
だんだん気まずくなる一騎とは反対にぎゅうぎゅうと総士は腕の力を強くする。
自分達以外いない静かすぎる部屋の中で規則的に聞こえる呼吸音に合わせて肌に触れる生温い吐息に
思わず一騎は「う」と小さく声を漏らした。すると、ククッと背後の総士は肩を小刻みに震わせて笑い出す。

「笑うなって」

一騎が少し声を荒げると総士はごめんと繰り返しつつ、でも肩を震わせてまだ笑っている。
意味わかんないし、と一騎が小さく呟けば、やっと総士は顔を上げた。

「だってお前、かわいい」

そう言ってまた笑った総士の声にはこれっぽっちも悪気など感じられなくて、一騎はまたかとひとつ溜息を吐く。
たまに総士にはこんな風に悪戯めいたことをする。
この前は、さっきの人通りの多い通路でこっそりと手を繋がれた。
そのまま壁に押し付けられてキスされるのではないかと、ぎゅっと目を瞑ったところでたちまち笑われてしまった。
どうやら総士はわざと自分を困らせてその反応を見て楽しんでいるらしい、と何回か乗せられた一騎はやっとその考えに辿り着く。
普段の冷静沈着で感情をめったに見せない彼とは想像もつかないその姿に、最初こそちょっと困惑したものの、
すぐに受け流せるようになってしまった。
どうしたんだろう、と思う気持ちが無い訳ではないけれど、これが少しでも彼の息抜きになるならそれでいいやと思ってしまう。
そんな風に思っているからか、今日もまんまとその策略にはまってしまったようだった。

「いつまでこうしてんの?」

一騎が呆れたように呟けば総士はクスリと笑ってあと二十五分くらいかな、と言ってきた。
この悪戯モードにスイッチが切り替わってしまった総士は本当にやりかねないから困るんだ、
と一騎はちらりと横目に総士を見れば、運が良いのか悪いのか丁度こちらを見上げた総士と目が合ってしまう。

「困ってるだろ」

笑いながら言ってくる総士を見て、わかっているならやめろよ、と一騎は言いかけた言葉を飲み込む。
なんだかそのまま言ってしまうとあたかも自分がこの状況を本気で嫌がっていると思われてしまいそうだったからだ。
別に嫌な訳じゃない、ただすごく緊張するのだ、今さらすぎる気がしないでもないけれど。
もう単なる友達ではないのだからこういう行為にも慣れるべきなのだろうと頭では理解しているつもりでも、
いざ行動に移されるとどうしても恥ずかしさが拭いきれない自分がいる。
それと同時に、なぜこの一応恋人になった友人はこんなにまでスキンシップが激しいのだろうとも不思議に思う。
まぁ、人それぞれだろうけれど。

「ちゃんと言わなきゃわからないよ、一騎」

今度は総士の方が呆れたような声色で喋り出す。
そこまでわかっているなら総士の方からどうにかすればいいじゃないか、と心の中でひっそり毒づいて、
でも実際には何も言うことが出来なくて口を開きかけたもののそこで一騎は止まってしまう。
すると、遅い、という声が聞こえて、

「え…あ?」

急に反転した視界に頭がついていかず、一騎は間の抜けた声を出してしまう。
真上から見下ろす総士の顔と背中に感じるスプリングの感触に
「そういえば、ベッドあったんだっけ?」とちょっと抜けた思考がゆるゆると頭の中を駆け巡った。

「あの…さ」

一騎は困惑しきった顔で総士を見上げた。
すると総士はにやりと笑みを浮かべて一騎の両手を一纏めにして動きを封じると、スプリングの上に体重をかけてくる。
二人分の重みで余計に沈み込むスプリングがギィと鈍い金属音を立て始めて、
見上げた総士の顔はいつにも増して何を考えているのかわからなくて、一騎はただ総士を見つめることしか出来なかった。
部屋に入った時点で朝の集合時刻まであと三十分、
それから抱きつかれてこんなことになっているまでに少なくとも十分くらいは経っているのではないかと思う。
まさかあと二十分しかないのにと思う反面、そのまさかがまさかじゃなくなることも有り得るよなぁと一騎はぼんやり、
だって総士だし、と意味不明に思いを巡らせた。

「時間…」

大丈夫なんだろうな、と言いかけた言葉は最後まで紡ぐことが叶わなかった。
もう片方の総士の手が一騎の口を塞いでしまって、かわりにこれ以上喋るなとでも言いたそうな視線を寄越されて、
瞬間、一騎は動作が止まる。
はずみで呼吸すら止めてしまいそうなキリキリとした静寂が刹那訪れて、
なんだか時間なんてものがどこかへ消えてしまったかのような感覚が身体を支配していく。
視線を噛み合わせたまま、ほんの少しも動かさない総士の様子に酸素不足の頭の中が余計真っ白になってしまいそうだと思う。
どんどん白くぼやける視界と思考の中で、総士の真っ直ぐ見つめてくる両目だけがやけにくっきりと印象的に浮かび上がる。
自分の視界に総士しか映らないように、今、総士の視界にも自分しか映っていなければいいな、
なんて薄れていく意識と反比例する思いが駆け巡る。
まずい、本当に意識が遠のきそうだと思った瞬間、生理的に溢れだした涙で目の前が一気に歪んだ。

やがて、口を塞いでいた総士の手がゆっくりと離されると、一騎は口を大きく開けて大袈裟な程に呼吸を繰り返す。
咽ぶように息をする一騎の背中を優しくさすりながら、一騎の呼吸が落ち着いてきたところを見計らって総士は言った。

「興奮した?」

そして一騎の視界に入ったのはあの悪戯っ子のような笑顔で。
なんかどんどんエスカレートしてないか、と一騎は心臓に悪い気がしなくもなかったが、
まぁいいか、と結局この笑顔にほだされてしまう。相当重症だよな、と思いつつも、
ついつい安全装置のリミッターを少しずつ外していく自分がいる。
全部、総士のせいだからな、と心の中で勝手に責任転嫁をして一騎は総士に言った。

「どうしてくれんの?」

どうして欲しかった、とわざと疑問形を使ってくるあたりが本当にずるいと一騎は思う。
今だってありったけの皮肉を込めて答えたというのに、
それ以上に返されてしまって総士よりうまく言い返せるはずがないじゃないかと。
だからといってこれ以上挑発的なことは絶対言いたくない。
訳もわからずなんとなく流されて、朝から何を考えているのだと思われたら一生どころじゃない恥だ。
そうこう考えている内に既に数秒が経過してしまい、一騎は気まずくなってちらりと総士を見上げた。
総士は相変わらずにこにこと笑っていたが、急に一騎の腕を掴むとぐい、と引っ張って上半身を起させた。
押し倒されていたお陰ですっかりぼさぼさになっていた一騎の髪をさっと撫でて直していく。

「ごめん、ちょっとやりすぎた」

そう言ってぎゅ、と一騎を座ったまま横から抱き締める。
総士の首筋に顔を押し付けられて、微かに漂ってくるシャンプーの香りに一騎はなぜかほっと安堵の息を漏らした。
許してくれるよね、と再確認するように耳元で囁かれて、
許せない訳なんて無いじゃないかと一騎は思いつつも、うん、と小さく答える。
そろそろ行かないと遅刻するな、と総士が呟いたので、少し名残惜しかったが身体を離すと立ち上がる。
手、繋いでいくか、とまたあの笑みで言った総士に、
あの通路までだからな、と一騎は念を押すと差し出された手に自分の手を重ね合わせた。


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