蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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2024.11.22 Friday
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君と僕とあの夏の日と2
2011.11.20 Sunday
「なんか、一騎らしいなそれ」
隣に座る総士はそう言って笑った。
社会人の帰宅時間より少し早めで人のまばらな車内には、昼間より幾分柔らかな光の夕日が斜めに差し込み、
辺りをオレンジ一色に染め上げている。
長い一列の座席に自分達以外誰も座っていないのをいいことに、
部活の用意が入った大きめの鞄は自分の座る隣に投げ出すように置いた。
カタン、カタンと心地よい揺れに身を委ねながら窓の外を見れば、
同じく夕日に照らされた海がオレンジ色の光を反射しているのが遠目に見える。
その上に大きく斜めに傾いて位置する太陽が視界の隅に入り、思わず眩しさに片目をひそめた。
「でもさ、結構落ちてんだ。出たかったからさ」
一騎は呟いてふぅ、と肩を竦める。
あの後、教室を出て真っ直ぐに校門に向かった。
約束の時間よりも数分早かったのは知っていたので待つのは何ともなかったのだが、
遠くから聞こえる部員達の声には耳を塞ぎたくて仕方なかった。
どうした?一騎
掛けられた声にびっくりして顔を上げれば、いつのまにか帰り支度を整えた総士が来ていて、
知らぬ間に深く俯いてしまっている自分がいたことに気付かされた。
ううん、なんでもない
取り繕うように曖昧な笑みを浮かべた自分に、暑いから早く電車に乗ろうと敢えてこちらを見ずに言ったのは、
彼なりの優しさなんだろうな、と忘れていた懐かしさのようなものがこみ上げる。
駅までの道はお互い無言だった。
ギラギラと照りつける太陽に気力が根こそぎ奪われるような感じがしたけれど、不思議と居心地が悪いとは思わなかった。
そして学校から遠ざかるにつれ聞こえなくなった部活動の音は、驚くくらい自分の心のざわつきを無くしていく。
うだるような暑さで相変わらず怪我をした右目はじくじくと痛んでいたが、そんな痛みはこれっぽっちも気にはならなかった。
「一騎なら大丈夫」
総士は言った。
昔からそうだったじゃないか、と彼は続ける。
目線は窓の外の光る海に留めながら、でも彼は微笑んでいるんだろうなと思う。
それは幼い頃からの、総士の魔法で。
それを言われたらどんなに無理だと思えることも最終的には乗り越えられてしまう魔法の言葉。
聞けば不思議と不安と後悔で一杯の気持ちをうまく封じ込めてしまうことが出来る気がする。
そうして心に広がるのは少しの希望的観測と安心感。
ああ、そういえばこんな魔法があるんだったっけ、と一騎はぼんやり思う。
「そう、かも」
思わず呟いた自分に、さっきまであんなに落ち込んでたの誰だよ、とまた隣で彼が笑ったであろう気配を感じる。
ふ、とつられて自分も口元が緩んだ。
「やっと笑ったな」
え?と振り向けば総士は少し眉を下げてあのお兄ちゃん気質な微笑みを浮かべている。
この昔からの上から目線は決して嫌な気持ちはしないのだが、
何だか自分の事を自分よりもちゃんと見ているような気がして、その顔を見たまま何も言えなくなってしまう。
「お前は笑ってる方がいいよ」
そう言って総士は一騎の方に手を伸ばすと、右目を覆う包帯にそっと触れた。
布越しに感じる自分とは別の温もり、くすぐったいようなやわらかな緊張が身体に走る、
彼はそのまま右瞼の上で親指を止めると、痛むのか、と聞いてきた。
「麻酔切れちゃったけど、こんなの大丈夫」
言って左目を細めて笑えば、そっか一騎だもんな、と言いながら彼も笑った。
離れていく彼の手に名残惜しさを感じるかのように、左目と一緒に細めてしまった右目にずきん、と痛みが走った。
「ねぇ、次の駅で降りよう?」
一騎は言った。
本当なら、一騎達が降りるのはもう1つ先の駅だった。
けれど次の駅には、昔よく一緒に遊んだ公園がある。
普段通りに降りて少し歩いてもよかったのだが、
なんだか高校生になって初めて持った定期の恩恵を受けてみたい気持ちの方が大きくて、思わず口にしてしまった。
そんな一騎の意図する所を理解したのか、総士はいいよ、と一言告げて隣に置いてあった鞄を膝の上に持ち直す。
「ありがと」
ひさしぶりだね、ほんと。
小さい頃から飽きる程行ってその景色は目を瞑っても思い出せるくらいの公園にただ行くだけなのに、
なぜか初めて行く場所のように鼓動が高鳴るのを感じる。
総士も、こんな気持ちなのかな?
だったらいいな、と心のどこかで思う。
ポケットに手を突っ込んでウォレットチェーンに繋がった定期入れを出した。
真新しいそれから覗く定期には自宅の最寄り駅と学校の最寄り駅が表示されていて、
徒歩通学しか知らなかった一騎はなんだか少し背伸びをしたような気分になる。
そういえば、表示されている駅以外で降りるなんて初めてだ、と思うとそれだけでワクワクする自分がいた。
次は××駅、降車の方は~
控えめの音量で車内アナウンスが流れる。
ふと後ろの窓を見やれば、次第に緩やかになるスピードで薄暗いプラットホームが近付いてくる。
完全に電車が止まってしまう前に、隣に無造作に置いた鞄を肩に掛けると、先に立ち上がっていた総士に続く。
無人駅に電車が止まった、降りるのはどうやら自分達だけらしい。
少しの間があって、心なしか重めの音を立てて開いたドアからホームに降り立とうとした瞬間、目の前に手が差し出された。
「危ないから」
と総士は一言告げて、手につかまれとでも言いたげに差し出してくるので素直に手を重ねると、
すぐにぎゅ、と握り返されてゆっくり前に引かれる。
早くもなく遅くもないその速度にまた彼なりの優しさが感じられてでも気付かれないように下を向いたまま笑みをこぼした。
そういえば彼も片目だけの視界だったんだな、と今更ながらに思い出す。
この最初の違和感を彼は何年も前に経験していたんだ、となんだか仲間を見つけたような嬉しい気持ちになった。
「よろしく、先輩」
期間限定だけど。
総士は少し驚いたような表情になって、でもすぐにあの柔らかな笑顔になった。
なんだか自分の方が恥ずかしくなってしまって、一時的に繋いだ手を離そうとしたけれど、
なぜか総士はそれを許してくれなかった。
なんか恥ずかしいよ、と小声で抵抗したけれど、暗くなってきたから危ないだろ、
と振り向いた真面目な顔に一蹴されてしまう。
それに誰もいないし見えないよ、暗いから、と言った彼も少し顔が赤かったような気がするのは思い違いかもしれないけれど。
「行こう」
総士が言った。
手を引かれるまま古びた改札を通り過ぎる。
無人駅だったら定期があっても無くても一緒だな、となんだかちょっと馬鹿馬鹿しい気持ちがしたけれど、
繋いだ手と逆の手に持った定期はそこにいない駅員に見せるかのように持ち上げた。
パチパチと音を立てる蛍光灯に反射して表面が白く光ったのがやけに印象的だった。
「ちょっと涼しくなったね」
一騎は1歩先くらいの距離を歩く総士に言った。
日が落ちたからな、と彼は言って繋いだ手に少し力が込められたような気がする。
実際は麻酔が完全に切れてズキズキと痛みが走っていたけれど、総士と同じように世界が見えてるんだ、
と思うとなんだか彼との新しい繋がりを見つけたような気がして、その痛みも自然と我慢出来る自分がいた。
見上げれば東の空が徐々に青から黒へと変わり始めて、その中にキラキラと星がいくつも散らばっている。
片目だけで急に二次元のようにぺたりと見える世界にも慣れていけるような、そんな気がした。
隣に座る総士はそう言って笑った。
社会人の帰宅時間より少し早めで人のまばらな車内には、昼間より幾分柔らかな光の夕日が斜めに差し込み、
辺りをオレンジ一色に染め上げている。
長い一列の座席に自分達以外誰も座っていないのをいいことに、
部活の用意が入った大きめの鞄は自分の座る隣に投げ出すように置いた。
カタン、カタンと心地よい揺れに身を委ねながら窓の外を見れば、
同じく夕日に照らされた海がオレンジ色の光を反射しているのが遠目に見える。
その上に大きく斜めに傾いて位置する太陽が視界の隅に入り、思わず眩しさに片目をひそめた。
「でもさ、結構落ちてんだ。出たかったからさ」
一騎は呟いてふぅ、と肩を竦める。
あの後、教室を出て真っ直ぐに校門に向かった。
約束の時間よりも数分早かったのは知っていたので待つのは何ともなかったのだが、
遠くから聞こえる部員達の声には耳を塞ぎたくて仕方なかった。
どうした?一騎
掛けられた声にびっくりして顔を上げれば、いつのまにか帰り支度を整えた総士が来ていて、
知らぬ間に深く俯いてしまっている自分がいたことに気付かされた。
ううん、なんでもない
取り繕うように曖昧な笑みを浮かべた自分に、暑いから早く電車に乗ろうと敢えてこちらを見ずに言ったのは、
彼なりの優しさなんだろうな、と忘れていた懐かしさのようなものがこみ上げる。
駅までの道はお互い無言だった。
ギラギラと照りつける太陽に気力が根こそぎ奪われるような感じがしたけれど、不思議と居心地が悪いとは思わなかった。
そして学校から遠ざかるにつれ聞こえなくなった部活動の音は、驚くくらい自分の心のざわつきを無くしていく。
うだるような暑さで相変わらず怪我をした右目はじくじくと痛んでいたが、そんな痛みはこれっぽっちも気にはならなかった。
「一騎なら大丈夫」
総士は言った。
昔からそうだったじゃないか、と彼は続ける。
目線は窓の外の光る海に留めながら、でも彼は微笑んでいるんだろうなと思う。
それは幼い頃からの、総士の魔法で。
それを言われたらどんなに無理だと思えることも最終的には乗り越えられてしまう魔法の言葉。
聞けば不思議と不安と後悔で一杯の気持ちをうまく封じ込めてしまうことが出来る気がする。
そうして心に広がるのは少しの希望的観測と安心感。
ああ、そういえばこんな魔法があるんだったっけ、と一騎はぼんやり思う。
「そう、かも」
思わず呟いた自分に、さっきまであんなに落ち込んでたの誰だよ、とまた隣で彼が笑ったであろう気配を感じる。
ふ、とつられて自分も口元が緩んだ。
「やっと笑ったな」
え?と振り向けば総士は少し眉を下げてあのお兄ちゃん気質な微笑みを浮かべている。
この昔からの上から目線は決して嫌な気持ちはしないのだが、
何だか自分の事を自分よりもちゃんと見ているような気がして、その顔を見たまま何も言えなくなってしまう。
「お前は笑ってる方がいいよ」
そう言って総士は一騎の方に手を伸ばすと、右目を覆う包帯にそっと触れた。
布越しに感じる自分とは別の温もり、くすぐったいようなやわらかな緊張が身体に走る、
彼はそのまま右瞼の上で親指を止めると、痛むのか、と聞いてきた。
「麻酔切れちゃったけど、こんなの大丈夫」
言って左目を細めて笑えば、そっか一騎だもんな、と言いながら彼も笑った。
離れていく彼の手に名残惜しさを感じるかのように、左目と一緒に細めてしまった右目にずきん、と痛みが走った。
「ねぇ、次の駅で降りよう?」
一騎は言った。
本当なら、一騎達が降りるのはもう1つ先の駅だった。
けれど次の駅には、昔よく一緒に遊んだ公園がある。
普段通りに降りて少し歩いてもよかったのだが、
なんだか高校生になって初めて持った定期の恩恵を受けてみたい気持ちの方が大きくて、思わず口にしてしまった。
そんな一騎の意図する所を理解したのか、総士はいいよ、と一言告げて隣に置いてあった鞄を膝の上に持ち直す。
「ありがと」
ひさしぶりだね、ほんと。
小さい頃から飽きる程行ってその景色は目を瞑っても思い出せるくらいの公園にただ行くだけなのに、
なぜか初めて行く場所のように鼓動が高鳴るのを感じる。
総士も、こんな気持ちなのかな?
だったらいいな、と心のどこかで思う。
ポケットに手を突っ込んでウォレットチェーンに繋がった定期入れを出した。
真新しいそれから覗く定期には自宅の最寄り駅と学校の最寄り駅が表示されていて、
徒歩通学しか知らなかった一騎はなんだか少し背伸びをしたような気分になる。
そういえば、表示されている駅以外で降りるなんて初めてだ、と思うとそれだけでワクワクする自分がいた。
次は××駅、降車の方は~
控えめの音量で車内アナウンスが流れる。
ふと後ろの窓を見やれば、次第に緩やかになるスピードで薄暗いプラットホームが近付いてくる。
完全に電車が止まってしまう前に、隣に無造作に置いた鞄を肩に掛けると、先に立ち上がっていた総士に続く。
無人駅に電車が止まった、降りるのはどうやら自分達だけらしい。
少しの間があって、心なしか重めの音を立てて開いたドアからホームに降り立とうとした瞬間、目の前に手が差し出された。
「危ないから」
と総士は一言告げて、手につかまれとでも言いたげに差し出してくるので素直に手を重ねると、
すぐにぎゅ、と握り返されてゆっくり前に引かれる。
早くもなく遅くもないその速度にまた彼なりの優しさが感じられてでも気付かれないように下を向いたまま笑みをこぼした。
そういえば彼も片目だけの視界だったんだな、と今更ながらに思い出す。
この最初の違和感を彼は何年も前に経験していたんだ、となんだか仲間を見つけたような嬉しい気持ちになった。
「よろしく、先輩」
期間限定だけど。
総士は少し驚いたような表情になって、でもすぐにあの柔らかな笑顔になった。
なんだか自分の方が恥ずかしくなってしまって、一時的に繋いだ手を離そうとしたけれど、
なぜか総士はそれを許してくれなかった。
なんか恥ずかしいよ、と小声で抵抗したけれど、暗くなってきたから危ないだろ、
と振り向いた真面目な顔に一蹴されてしまう。
それに誰もいないし見えないよ、暗いから、と言った彼も少し顔が赤かったような気がするのは思い違いかもしれないけれど。
「行こう」
総士が言った。
手を引かれるまま古びた改札を通り過ぎる。
無人駅だったら定期があっても無くても一緒だな、となんだかちょっと馬鹿馬鹿しい気持ちがしたけれど、
繋いだ手と逆の手に持った定期はそこにいない駅員に見せるかのように持ち上げた。
パチパチと音を立てる蛍光灯に反射して表面が白く光ったのがやけに印象的だった。
「ちょっと涼しくなったね」
一騎は1歩先くらいの距離を歩く総士に言った。
日が落ちたからな、と彼は言って繋いだ手に少し力が込められたような気がする。
実際は麻酔が完全に切れてズキズキと痛みが走っていたけれど、総士と同じように世界が見えてるんだ、
と思うとなんだか彼との新しい繋がりを見つけたような気がして、その痛みも自然と我慢出来る自分がいた。
見上げれば東の空が徐々に青から黒へと変わり始めて、その中にキラキラと星がいくつも散らばっている。
片目だけで急に二次元のようにぺたりと見える世界にも慣れていけるような、そんな気がした。
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