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君と僕とあの夏の日と7
「一騎」

呼ばれた声に一騎はうっすらと瞼を開ける。
急に眩しい光が入ってきて辺りは白くぼやけたが、目を凝らせばだんだんと形がはっきりしてきた。

「総士」

少し掠れた声で名前を呼べば、総士は微笑む。
どうやらあれから寝てしまったらしいとぼんやりする頭で一騎は思う。
今何時?と尋ねれば、3時と返ってきて、午後の授業を全部サボってしまったことに気づく。
知らずと困ったような表情になっていたらしく、見上げれば総士は、
先生には言ってあるから大丈夫だよと言った。

数時間前、僚とともに一騎は保健室に来た。
生憎保健医は留守にしていたのだが、僚はてきぱきと消毒の準備を始めて、
椅子に座った一騎はそれをぼんやり見つめる。
実は2年まで保健委員だったんだ、とちょっと照れくさそうに言った顔がなんだか印象的だった。
そして僚は一騎の取れかけた包帯をゆっくり外すと、取るよ、と
念を押して右目に当てられたガーゼに手をかけた。
ピリ、とテープの剥がれる音がしてガーゼが外される。
やっぱり、少し血が出てるねと僚は言った。
染みると思うけど我慢して、と言って消毒液に浸したガーゼを一騎の右目にそっと触れる。
ツン、と鼻をつく匂いと僅かに走る痛みに一騎は顔を歪めた。
やがて新しいガーゼが当てられ、その上から包帯を丁寧に巻かれると、
僚はこれでいいかな、と言って微笑みかけた。

「ありがとうございます」

と一騎が頭を下げると、少し横になっていった方がいいよと僚は言って一騎の背中に手を当てる。
一騎が立ち上がるのをそれとなく手伝うと、二人はベッドに向かった。
一騎がゆっくりと横になるのを確認すると、じゃあ後で皆城には来るように言っておくからと僚は微笑んで、
ぽふ、と布団に手を置く。
一騎が再度感謝の意を表すると、何も考えないで寝ろよ、と僚は言ってベッドサイドから離れた。

「気分は?」

総士が尋ねた。
数時間前に目の前がぐらぐらするほど悪かったのが嘘のように無くなって今はただ寝起きの感覚が体中を包んでいる。
今は平気、と短く一騎は答えると、総士はよかった、と言ってベッドサイドの椅子に座った。

「聞いたよ、会長から」

少し間をおいて、総士は静かに言うと一騎の目を見つめた。
なんとなく悲しそうな雰囲気の視線に一騎は一瞬言葉を失うが、うん、と小さく話し始めた。

「中学の時と同じでさ」

一騎が苦笑すると、総士はそっか、と言って悲しげに小さく表情を緩めた。
先輩に呼び出されて昼休みに行ったら言いがかりをつけられたこと、
あまり話を聞いてなかったのが災いして暴力を振るわれたこと、
これ以上はまずいと思った瞬間に僚が助けてくれたことをぽつぽつと一騎は総士に話した。

「大丈夫か?」

一騎が話している間は終始無言で聞いていた総士が、話し終わるとおもむろに口を開いた。
大丈夫、とすぐに言おうとした口からは言葉が何故か出なくて、
一騎が答えに詰まったのを見た総士は無理しなくていいから、と言った。

「…無理してるわけじゃない、けど」

会長が来てくれなかったら、ちょっと大丈夫じゃなかったかも、と一騎は返す。

「先輩もそう言ってた」

え?と驚いて一騎は総士を見ると、総士は困ったように笑う。

「何人か空き教室から走って出てくるのを見て気になって入ったらお前が倒れてたって」

総士はそこまで言うと一旦言葉を切ってこちらを見てきたので、今度は一騎が困ってもじもじと総士を見上げる。

「お前は何があったのか言わなかったけど、端から見てれば一目瞭然だった、って」

そう言って総士は再度目を細めるとゆっくりと手を伸ばし一騎の髪に指を絡ませる。
必死に取り繕ったと思った自分の作戦は最初から失敗していたのかと
一騎はなんだか恥ずかしいような気持ちになって少しだけ顔を赤くした。

「でも、本当に酷いことにならなくて良かった」

僚から話だけ聞いた時に総士はその上級生達を殴り倒したい気持ちに駆られて飛び出しそうになり、
僚に止められたのだと言う。
一騎の状態は見た目ほどは酷くなかったし、何より、本人が大事にしたくないと意思表示したのだから、
ここで他人が出ていったらもっと一騎本人に危険が及ぶのではないかと僚は言ったらしい。

「心配で仕方なかった」

総士は片手を自分の頭にあて髪を掴むと顔を歪ませた。

「ごめん」

思わず一騎は呟くと、総士は顔を上げてゆるゆると首を振る。
一騎は全然気にしなくていいから、と言った総士の顔は無理矢理笑ったように見えて一騎は少し困惑する。
ほんと、ごめんと一騎は小さく呟いた。

「僕こそ、ごめん」

突然総士が言い出したので一騎が驚いていると、心配だから一緒に帰ろうと彼は言った。
ここ最近はいつも一緒に帰ってるのに、と一騎は言いかけたが止めてにこ、と笑顔を作る。
そろそろ起きられるか?と聞かれたのでうん、と頷くと総士は一騎に微笑んだ。

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