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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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君と僕とあの夏の日と5
その日は朝からずっと土砂降りの雨だった。
二日振りに学校に行った一騎だったが、まだ完全に下がりきらない微熱のせいで、
朝教室に入って5限目が終わるまでの記憶がやたらと曖昧だったのが気に入らない。
大丈夫?と次々に声を掛けてくるクラスメイト達の顔すら酷く朧気にしか思い出せなくて、
片目だけの視界には少し情報量が多すぎたのだと無理矢理自分を納得させる。
ずっと開いたままの窓からはざあざあと大きな雨音ばかりが聞こえ、
そのお陰か、今日も相変わらず聞きたくないと思うバレー部員の練習中の声はかき消される。
でも夏の雨特有の高い湿度がじっとりと肌を湿らせて、
これなら生温い水の中に居た方がまだマシだと思う位に不快感ばかり募らせた。

『いつものとこで、待ってる』

手持ちぶさたで持っていた携帯を開いて短く文を打つと、そのまま送信ボタンを押した。
一瞬で切り替わった「送信完了」の画面を確認して、パチ、と携帯を閉じる。
行くか、と小さく呟くと一騎はバッグを肩に掛けて立ち上がった。
未だ、空はどんよりと暗く低い雲が立ち込めたまま。
教室を出れば廊下は湿気で滑りやすくなっているのか、一歩踏み出すごとに、
きゅ、と甲高い音がやけに耳について一騎は顔をしかめた。

足早に土砂降りの中をひたすら歩くと、やがて駅前の広場が見えてくる。
沿線の中では結構開発が進んでいるこの駅前は、午後ともなれば行き交う人が溢れていた。
人混みといった程ではないが、この人の往来が生理的に苦手だ、と一騎は思う。
それぞれ目的があってそこに向かう人々の中で、自分だけどこにも行き先がなくなってしまったかのように、
漠然とした不安感に襲われるからだ。
思わず竦みそうになる足を必死に動かして駅前のビルの階段をのぼる。
そこは、駅前では唯一学生にも手を出せる金額で長時間居座ることの出来る場所で、
店内に入れば雨ということもあってか放課後を持て余す学生達で溢れ返っていた。
一騎は通路を真っ直ぐ奥に進んで大きな窓に面した席に座ると、隣も確保するためにどさりとバッグを下ろす。
その中からヘッドフォンを取り出して耳を塞ぐと、再生ボタンをそっと押した。
途端に流れ出す大音量に、まるで外の世界と遮断されたかのような感覚に陥る。
目の前の世界から音が消えるこの瞬間を、一騎は結構好きだと思う。
隔離することで酷くぼやけていた自我が確立するような気がするからだ。
足下には音を無くして動く色とりどりの傘の群れが見える。
最近酷くなった乱視のせいで、それはまるで万華鏡で覗いた世界みたいだった。
思わず目眩がして、足でそれを踏みつける真似をしては少し安心したような気分になる。
そんなことをしているうちに、テーブルの上に置いた携帯のバイブがメールの受信を告げた。

『着いたけど、どこ?』

自分にも増して短文で送られてきたメールに少し笑みをこぼすと、『奥にいる』とすぐ返す。
そのまま開いて送信画面を見つめていると、液晶の黒い部分に人影が映った。

「待ったよね?ごめん」

慌てて振り返ると総士が立っていて、なんだか申し訳なさそうな顔が印象的で。
隣の席のバッグをテーブルの上に置くと、総士はそこに座った。
そこまでしてやっと外したヘッドフォンから漏れ出す音に気付いてポケットに手を突っ込むと、停止ボタンを押した。

「もっと早く終わるはずだったんだけどさ」

と言って総士は苦笑した。
本当なら、一騎が学校を出た時間とそれ程変わらない時間に生徒会も終わったらしい。
けれど、教室に戻って帰りの準備を整えて廊下に出た途端、新聞部の部員につかまったのだと。
一騎達の学校の新聞部は、記事の視点が面白いことで人気の全校生が読んでいるのではないかとすら思われる
校内新聞を月刊で発行している。
文化部にしては珍しくメジャーな部活に分類される大所帯の部活である。
その新聞では毎回、全校生の中で目立った活動をしている生徒にスポットを当てて特集記事を書いており、
次号に取り上げられるのが総士、ということらしい。
確かに総士は一年生でありながら生徒会に所属し、中でも生徒会長からの信頼が厚く、
なにかと全校生徒の前に生徒会長代理として立つことも多い。
でも一年で特集されるのなんて総士が初めてなんじゃないかな、と一騎は思う。

「すごいな、総士」

おつかれさま、と隣を見れば、ありがとうと総士は微笑むと、お前のことも取材したがってたぞ、と言った。

「俺…?」

訳が分からずに一騎が問い返すと、ちょっとは自覚しろよ、と総士は苦笑して、
一騎が入学当時からどの部活に入るか注目されていたことや、バレー部に入部してからのめざましい成績のことを語り始めた。

「でも今は、全然だし」

一騎はそう言ってふい、と外を見ると、3週間なんてあっという間だよ、と隣で総士が笑った。
でも、と言いかけたところでふわりと頭を撫でられる。
思わず振り向くと総士は優しく微笑んで言った。

「そうやって焦るのが、一騎の良くない所だ」

焦ったって早く治るわけじゃないんだし、もしかしたら遅くなるかも、と総士は悪戯っ子のような顔をして続ける。

「考えたってどうにもならないことはさ、なるべく考えない方がいいよ」

わかった?と顔を覗き込まれたので、小さく、うん、と一騎が答えた。

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