蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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パラダイスロスト1
2011.11.20 Sunday
scene:1
「全部、わかんない」
マークエルフから呟くように聞こえた微かな声。それまで決して言葉を発することのなかった彼の
戦闘中に聞いた初めての声。
普段から口数の少ない彼はこんな、か細い声をしていたっけ、と総士はシステム内で思考を巡らす。
刹那、爆発音が聞こえる。
慌ててモニターの標準をその機体と対峙していた筈のフェストゥムに合わせる。
瞬殺ともいえる流れるような動作で襲来したフェストゥムを撃破すると、そのままマークエルフは動作を停止した。
「ねぇ、総士」
モニター越しに一騎は総士と眼を合わせる。システム接続の影響で暗く沈んだ仄赤い瞳がそこにある。
この瞳を見るのは、苦手だ、と本能的な拒絶反応をギリギリの理性で抑えて相手の顔をきっと見据えると、
その顔は今にも泣き出しそうな程に歪んでいた。
「こんなのが、ラクエン…なの?」
耳をつんざきそうな程の沈黙。
また、かと思う頭の隅でその定義が揺るがない絶対的なものであると信じ切れない自分がいる。
今はまだ答える必要なんて無いと、どうしてか必死に見えない誰かに確認をして口を開かない事に決めた。
「答えてよ、ねぇ」
閉ざされた楽園、閉じた世界、閉じ込めた過去、忘却、鍵などどこか遠くに捨ててしまった。
誰の罪か解らないのに、誰かが罰を受け続ける日々。
scene:2
「一騎、落ち着いたか?」
なるべく平静を装うような振りをして、ぎゅ、と両手を握りしめる。幼い頃からの儀式めいた強力な自己暗示。
また一つ、何でもないような顔をして嘘を吐く。それを重ねて大人になっていくのだと思い込む。
深呼吸をひとつ。そう、僕は何も悪くない。
そして総士はメディカルルームへと入ると一騎のいるベッドサイドへと顔を覗かせた。
「大人達が護りたいものって、何?」
未だ仄赤い両目が縋りつくように見上げてくるこの瞬間も苦手だ、と思う。
別に彼が悪い訳じゃない、それは痛い程頭のどこかでは理解している筈なのに、違う頭のどこかでは、
永遠に答えの出ない問答など不必要だと、彼を問い詰めたい気持ちが爆発しそうなのを抑えている。
今日もうまく笑えるだろうか。
一騎君はまだ脳波が安定していないの、と遠見先生が言っていたことを総士は思い出す。
一騎をできるだけ不安定にさせないように総士はゆっくりと微笑みを作った。
「竜宮島の、平和だ」
言いながら一騎の右手を握る。接触と伴に何かを刷り込ませようとかそんな大層な事が出来るなんて思わない。
これは何となく癖でやってしまう。どこかで、彼に触れていたい気持ちがあるのかも解らない。
けれどその右手は予想に反して氷のように冷たかった。まるで死んでいるみたいだ、と思う。
「フェストゥムは敵だから、この島の平和を乱すから、だから殺す、殺して、殺しまくる」
赤い一騎の眼が総士を見た。だから赤は苦手なんだ。
すっと何か心の奥まで見通されるような感覚が気持ち悪い。
けれどそんな本当の事はどこかに葬り去る、そう、それでいい。
「それが俺の、役目なんでしょう?」
強い視線に思わず眼を逸らしそうになるのを堪えて総士は見つめ返す。
ここ最近毎回戦闘後に続くこの問いに、いい加減答えるのが辛くなってくるのは僅かに残る良心なのかもしれない。
でもたぶん0か1かだ、助けきる事など出来ないのだから最初から無視した方がいい。
その方が自分が楽だからだ。
「みんなで、護ってる」
「ねぇ、わかる?」
一騎は総士から眼を逸らすと天井を見上げた。
「殺す、感覚。人間じゃないけど、突き刺して、引き裂いて、殺す…感覚」
わかる筈ない、わかってはいけないのだと頭のどこかが警鐘を鳴らしているような気がする。
また、視線がぶつかる。
「命が消える瞬間てね、とっても、重いんだ」
「お前につらい役割を任せてしまっていることは」
「でもそれが俺の役割なんでしょう?そのために俺は生まれた」
「そんな訳では」
「言い訳なんて聞きあきた。ねぇ、世界を護ったりするのなんてもううんざりなんだ」
「明日この島を壊して、全部置き去りにして、役割なんて捨てちゃってさ…二人で逃げちゃおうよ、総士」
総士は眼を見張る。
一騎は悪戯っぽく眼を細めた。
「嘘だよ。司令官がこんな簡単に騙されるなんて心配だな」
一騎は握られていた右手を振り解く。
「疲れたからもうちょっと寝る。大丈夫、次の戦闘までには起きるから」
「一騎、本当は何か言いたいこと」
「無いよ」
「一騎」
「俺は兵器なんでしょう?それくらい、解んない程バカじゃないよ」
もう本当に寝るけどまだいるの、と言って一騎は眼を閉じた。
やっと、解放されたそんな気がしたけれど暫く総士は動けなかった。
「皆城君?一騎君は?」
ドアの開く音がした。遠見先生が戻ってきたようだ。急に現実に引き戻されるような感覚にぶるっと身震いをひとつ。
総士はドアの方を向くと、平静を装って答える。
「少し疲れがたまっていたようで、今ちょうど眠りについたところです」
「何か、変わったところはなかった?」
「いいえ、何も」
「そう、それならよかった」
総士はそう告げて足早にメディカルルームを後にした。無性に一人になりたくて仕方が無かった。
その2時間後、フェストゥムが再び襲来し戦闘が起こった。
一騎はいつもと変わらずにそれを撃破すると、何事も無かったかのようにモニター越しに微笑んだ。
scene:3
「食べてしまえば、ひとつになれるんだって、思ってた」
総士は呟いた。
「でも、そんなことしたら、もう話せないし、こうやって、抱きしめることも出来なくなるのに」
そう言って、総士は腕の中にいる一騎を抱きしめ直した。
単なる性欲処理、それがこの行為へのもっともらしい理由づけだった。
最初は、戦闘による興奮で身体が反応してしまう一騎を助けてやるのが目的だった筈。
いつからだろう、その身体に触れるだけで愛情が溢れそうになって、確認するかのようにもっと触れたい、
自分の手によってもっと快楽に溺れてほしいと思うようになったのは。
どこまでも一方的な感情。
最近になっていともたやすく快楽に堕ちるようになった身体に、たぶん自分への特別な感情は無い。
例えて言えば償いのようなものなのだ。
幼さにかまけてその存在を消去させようとしてしまった自分の、生きている限りの償い。
そうやって綺麗な言葉で飾りあげた自己満足の塊なのかもしれないけれど。
「気持ち良すぎて死ぬかと思った」
一騎が呟いた。
「なんか、明日も戦う気になってくるかも」
ほら、この気持ちなんて届かない。
「だって毎回、総士が気持ち良くしてくれるから」
そう言って一騎は総士の肩に顔を埋めた。
総士は呟く。
「神様は、優しくて、残酷だな」
「・・・なんか言った?」
「何でもないよ、ほら、もうおやすみ」
総士は一騎の頭を撫でると、その額にキスをした。
明日も戦闘が終わればこの肌に触れられる、でも本当に平和が訪れたらこの関係が終わってしまう不安に怯えている。
平和という楽園の定義が解らない一騎と不完全な楽園を望む自分、島にとっての不安定要素はどっちなんだと
総士は自嘲気味に笑った。
scene:4
メディカルルームに入ると、一騎は鼻に酸素吸入用のチューブを付けられてベッドに横たわっていた。
その姿にはまるで生気が感じられなくて一瞬、近付くのが怖くなる。
彼を取り囲む無機質な機械が規則正しく数値と波形を刻むのを確認すると、やっと死と彼を区別出来るような気がした。
総士はサイドの椅子に腰掛けると一騎がこちらに気がついた。
「気分は?一騎」
言いかけた途端、一騎は怯えたような表情になる。苦手な筈の赤い目。
表情だけでこんなにも印象が変わるのかとどこか他人事のように眺める自分がいる。
「・・・なん、で?」
「どうした?」
「苦しかったんだ・・・すごく」
総士は一騎の手をとると、その顔をのぞき込んだ。
「ごめん、な。すごい、苦しかったよな」
今日の戦闘は一言で言えば苦戦、だった。
長距離射撃型のファフナーで敵をある程度の距離から島まで近付けさせないという作戦を見事に覆されて、
結局残るは接近戦型の数機のファフナーに託された。
しかしエルフほど機動性と攻撃性の優れた機体は他には無く、他の機体はものの数分で戦闘不能に陥らされた。
一気に何体ものフェストゥムと対峙しなくてはならなかったエルフはこれまでにない程の俊敏な動きを見せていたが、
敵の攻撃をまともに何度もくらい、立っているのが信じられない程の状態にまでなった。
ペインブロックは損傷が激しすぎた中で機動性を確保するために使用しなかった。
勿論、中のパイロットは想像に絶する程の激痛だったに違いない。
実際、戦闘が終わったと同時にパイロットも意識を手放した。
一騎の両目から涙が溢れ出す。
「俺がいなくなったら・・・どうすんの?」
「ねぇ、代わりの兵器が・・・あるの?」
総士は親指でその涙を拭った。
代わりのパイロットなら、また大人達が探してくるだろう。
でも一騎程の人材はもう見つからないだろうとなんとなく感じる。それを失ったらどうするのだろう。
「一騎がいなくなったら、僕はどうしたらいいかわかんないよ」
つい本心を口にしてしまった事になぜか自己嫌悪感が込み上げてくる。だから僕は完璧には程遠いんだ。
総士の手に一騎の手が重なる。
「やっと見つけた居場所なんだ・・・ねぇ、お願い」
一騎は重ねた指の一本ずつに口づけをしていく。
「いくらでも、殺すから」
「俺を」
「・・・捨てないでよ、俺の身体が、動かなくなるまででいいから」
総士は一騎の頭を抱き込んだ。
「逃げようか?一騎」
「何・・・言って?」
「一騎を苦しめるものばっかりの此処から」
一騎は総士の顔を見上げると言った。苦手な赤い目に弱い光が反射する。
何を言ってしまったんだろう、という気持ちとやっと言えた、という気持ちが交錯して頭の中が掻き回されるような感覚。
でも返ってきた答えは想像をはるかに超えていた。
「お前の護りたかったものはこの島なんだろ?」
一騎の目からまた涙が溢れる。
「それと、俺なんて天秤にかけるな」
「一騎」
「俺は、人間じゃない、ただの兵器なんだ」
悲しい、漠然とそう思った。そして悲壮感しか漂わない現実から逃げられない事実に驚愕する。
自分に与えられた役割から外れてしまう事が、イコール死に結びついて恐ろしさが込み上げた。
総士は一騎の顔を自分の肩へと押しつける。
「兵器なんかじゃない、一騎は、僕の、友達だよ」
痛いよ、と言う一騎の声を無視して総士は抱きしめる力を強めた。
それしか、今の自分には出来そうになかった。
scene:5
一騎の戦い方は一言で言えば完璧だ。
それが殺戮だと感じさせない流れるような動作には、クロッシングしている自分が見とれてしまう程。
初回の戦闘時ですら、ファフナーに傷一つつけなかったその能力の高さに、総士は底知れない恐怖すら覚えた。
島の最大の戦力は、いつまで従順に戦力として機能してくれるのか。
彼に必要以上の知識を意図的に与えずに、ただ最高の兵器として育成する。
幼い頃からの唯一ともいえる友に、こんな残酷な未来しか用意されていないことに絶望すら感じた。
でも、彼を救える力はこの手にはない。
大人達の理想とする楽園は、彼の犠牲の上に成立するものなのだろう、
総士はいつからか諦めに似た感情を抱くようになっていった。
いつものようにフェストゥムを撃破した後、アルヴィスに帰還したマークエルフから一騎が降りてきた。
「一騎、もしかして右足」
「へーき」
一騎は明らかに右足を引きずって歩いている。
遠見先生が言っていた同化の症状が進んだのだと総士は愕然とした。
当初の推測では、一騎の同化現象はもっと緩やかに進行し、抗体を注射することでかなりくい止められるものだとされていた。
ここまで進行が早まったのは多分、その戦闘の仕方だろう。
フェストゥムのあらゆる攻撃を回避するために無意識下で最大限にまで高められた機動性、
その機動性を常時有するにはファフナーとの融合に近い一体化が必要不可欠。
それを毎日繰り返した結果、一騎の身体はその状態から離脱出来ず同化現象が進行したのだ。
「一騎、ファフナーとのリンク状態をもっと下げろ」
総士はたまらず呟いた。どうして大人達に背くような発言が自分の口から出てくるのか。
それより、目の前の彼が心配だった。友人だから?もしかしたら、喪失を極端に嫌う自分のエゴから。
「どうして?それじゃ攻撃をかわせなくなる」
一騎は首を傾げる。
従順な兵器、という形容がとても似合う反応に自分の中で相反する感情が生まれてくるのを感じる。
「お前だけが、その痛みに耐える必要なんて無い」
ねぇ、と一騎が見上げてくる。僕の嫌いな仄赤いその目。
「総士が痛いのは、俺が嫌だ」
「それじゃ、いつかお前に限界がくる」
一騎は笑った。
「大丈夫、俺は兵器だから」
総士は一騎の肩を掴んだ。
「僕に、痛みすらも分けてはくれないのか」
「・・・なんで、総士が泣くの?」
気づくと、総士の両目から涙がこぼれていた。
「ごめん」
「どっか、痛いのか?」
「一騎ほどじゃないから、大丈夫だよ」
そう言って、総士はうつむいた。
ふぅ、と息を吐いて一騎は言う。
「総士の大丈夫はアテにならないから、心配だ」
また一騎が笑った。無機質な赤い目にとんでもなく似合わないそれは紛れもなく自分だけに向けられたもので。
なんだかそれがとても辛くて、それより、右足が心配だから早くメディカルルームに行こう、
そう言って総士は一騎の腰に手を回した。
scene:6
「いちごのケーキが食べたい」
メディカルルームでいつものように抗体の注射を打つ合間、ベッドに横たわっていた一騎が言った。
総士は一騎の方を向くと、彼は口を開く。
「次の戦闘、5分で終わらしたら、島中のいちごのケーキ買ってきてよ」
「いちごだけでいいのか?」
「チョコは苦手なんだ」
そう言って一騎は天井を見上げた。
総士はベッドサイドの椅子に腰掛ける。
「わかった、買ってくるよ」
「約束な!総士、指切りしよ」
小指を絡ませながら、あ、でも5分過ぎたら針千本飲まなきゃいけないのか、と一騎は笑った。
「全部、わかんない」
マークエルフから呟くように聞こえた微かな声。それまで決して言葉を発することのなかった彼の
戦闘中に聞いた初めての声。
普段から口数の少ない彼はこんな、か細い声をしていたっけ、と総士はシステム内で思考を巡らす。
刹那、爆発音が聞こえる。
慌ててモニターの標準をその機体と対峙していた筈のフェストゥムに合わせる。
瞬殺ともいえる流れるような動作で襲来したフェストゥムを撃破すると、そのままマークエルフは動作を停止した。
「ねぇ、総士」
モニター越しに一騎は総士と眼を合わせる。システム接続の影響で暗く沈んだ仄赤い瞳がそこにある。
この瞳を見るのは、苦手だ、と本能的な拒絶反応をギリギリの理性で抑えて相手の顔をきっと見据えると、
その顔は今にも泣き出しそうな程に歪んでいた。
「こんなのが、ラクエン…なの?」
耳をつんざきそうな程の沈黙。
また、かと思う頭の隅でその定義が揺るがない絶対的なものであると信じ切れない自分がいる。
今はまだ答える必要なんて無いと、どうしてか必死に見えない誰かに確認をして口を開かない事に決めた。
「答えてよ、ねぇ」
閉ざされた楽園、閉じた世界、閉じ込めた過去、忘却、鍵などどこか遠くに捨ててしまった。
誰の罪か解らないのに、誰かが罰を受け続ける日々。
scene:2
「一騎、落ち着いたか?」
なるべく平静を装うような振りをして、ぎゅ、と両手を握りしめる。幼い頃からの儀式めいた強力な自己暗示。
また一つ、何でもないような顔をして嘘を吐く。それを重ねて大人になっていくのだと思い込む。
深呼吸をひとつ。そう、僕は何も悪くない。
そして総士はメディカルルームへと入ると一騎のいるベッドサイドへと顔を覗かせた。
「大人達が護りたいものって、何?」
未だ仄赤い両目が縋りつくように見上げてくるこの瞬間も苦手だ、と思う。
別に彼が悪い訳じゃない、それは痛い程頭のどこかでは理解している筈なのに、違う頭のどこかでは、
永遠に答えの出ない問答など不必要だと、彼を問い詰めたい気持ちが爆発しそうなのを抑えている。
今日もうまく笑えるだろうか。
一騎君はまだ脳波が安定していないの、と遠見先生が言っていたことを総士は思い出す。
一騎をできるだけ不安定にさせないように総士はゆっくりと微笑みを作った。
「竜宮島の、平和だ」
言いながら一騎の右手を握る。接触と伴に何かを刷り込ませようとかそんな大層な事が出来るなんて思わない。
これは何となく癖でやってしまう。どこかで、彼に触れていたい気持ちがあるのかも解らない。
けれどその右手は予想に反して氷のように冷たかった。まるで死んでいるみたいだ、と思う。
「フェストゥムは敵だから、この島の平和を乱すから、だから殺す、殺して、殺しまくる」
赤い一騎の眼が総士を見た。だから赤は苦手なんだ。
すっと何か心の奥まで見通されるような感覚が気持ち悪い。
けれどそんな本当の事はどこかに葬り去る、そう、それでいい。
「それが俺の、役目なんでしょう?」
強い視線に思わず眼を逸らしそうになるのを堪えて総士は見つめ返す。
ここ最近毎回戦闘後に続くこの問いに、いい加減答えるのが辛くなってくるのは僅かに残る良心なのかもしれない。
でもたぶん0か1かだ、助けきる事など出来ないのだから最初から無視した方がいい。
その方が自分が楽だからだ。
「みんなで、護ってる」
「ねぇ、わかる?」
一騎は総士から眼を逸らすと天井を見上げた。
「殺す、感覚。人間じゃないけど、突き刺して、引き裂いて、殺す…感覚」
わかる筈ない、わかってはいけないのだと頭のどこかが警鐘を鳴らしているような気がする。
また、視線がぶつかる。
「命が消える瞬間てね、とっても、重いんだ」
「お前につらい役割を任せてしまっていることは」
「でもそれが俺の役割なんでしょう?そのために俺は生まれた」
「そんな訳では」
「言い訳なんて聞きあきた。ねぇ、世界を護ったりするのなんてもううんざりなんだ」
「明日この島を壊して、全部置き去りにして、役割なんて捨てちゃってさ…二人で逃げちゃおうよ、総士」
総士は眼を見張る。
一騎は悪戯っぽく眼を細めた。
「嘘だよ。司令官がこんな簡単に騙されるなんて心配だな」
一騎は握られていた右手を振り解く。
「疲れたからもうちょっと寝る。大丈夫、次の戦闘までには起きるから」
「一騎、本当は何か言いたいこと」
「無いよ」
「一騎」
「俺は兵器なんでしょう?それくらい、解んない程バカじゃないよ」
もう本当に寝るけどまだいるの、と言って一騎は眼を閉じた。
やっと、解放されたそんな気がしたけれど暫く総士は動けなかった。
「皆城君?一騎君は?」
ドアの開く音がした。遠見先生が戻ってきたようだ。急に現実に引き戻されるような感覚にぶるっと身震いをひとつ。
総士はドアの方を向くと、平静を装って答える。
「少し疲れがたまっていたようで、今ちょうど眠りについたところです」
「何か、変わったところはなかった?」
「いいえ、何も」
「そう、それならよかった」
総士はそう告げて足早にメディカルルームを後にした。無性に一人になりたくて仕方が無かった。
その2時間後、フェストゥムが再び襲来し戦闘が起こった。
一騎はいつもと変わらずにそれを撃破すると、何事も無かったかのようにモニター越しに微笑んだ。
scene:3
「食べてしまえば、ひとつになれるんだって、思ってた」
総士は呟いた。
「でも、そんなことしたら、もう話せないし、こうやって、抱きしめることも出来なくなるのに」
そう言って、総士は腕の中にいる一騎を抱きしめ直した。
単なる性欲処理、それがこの行為へのもっともらしい理由づけだった。
最初は、戦闘による興奮で身体が反応してしまう一騎を助けてやるのが目的だった筈。
いつからだろう、その身体に触れるだけで愛情が溢れそうになって、確認するかのようにもっと触れたい、
自分の手によってもっと快楽に溺れてほしいと思うようになったのは。
どこまでも一方的な感情。
最近になっていともたやすく快楽に堕ちるようになった身体に、たぶん自分への特別な感情は無い。
例えて言えば償いのようなものなのだ。
幼さにかまけてその存在を消去させようとしてしまった自分の、生きている限りの償い。
そうやって綺麗な言葉で飾りあげた自己満足の塊なのかもしれないけれど。
「気持ち良すぎて死ぬかと思った」
一騎が呟いた。
「なんか、明日も戦う気になってくるかも」
ほら、この気持ちなんて届かない。
「だって毎回、総士が気持ち良くしてくれるから」
そう言って一騎は総士の肩に顔を埋めた。
総士は呟く。
「神様は、優しくて、残酷だな」
「・・・なんか言った?」
「何でもないよ、ほら、もうおやすみ」
総士は一騎の頭を撫でると、その額にキスをした。
明日も戦闘が終わればこの肌に触れられる、でも本当に平和が訪れたらこの関係が終わってしまう不安に怯えている。
平和という楽園の定義が解らない一騎と不完全な楽園を望む自分、島にとっての不安定要素はどっちなんだと
総士は自嘲気味に笑った。
scene:4
メディカルルームに入ると、一騎は鼻に酸素吸入用のチューブを付けられてベッドに横たわっていた。
その姿にはまるで生気が感じられなくて一瞬、近付くのが怖くなる。
彼を取り囲む無機質な機械が規則正しく数値と波形を刻むのを確認すると、やっと死と彼を区別出来るような気がした。
総士はサイドの椅子に腰掛けると一騎がこちらに気がついた。
「気分は?一騎」
言いかけた途端、一騎は怯えたような表情になる。苦手な筈の赤い目。
表情だけでこんなにも印象が変わるのかとどこか他人事のように眺める自分がいる。
「・・・なん、で?」
「どうした?」
「苦しかったんだ・・・すごく」
総士は一騎の手をとると、その顔をのぞき込んだ。
「ごめん、な。すごい、苦しかったよな」
今日の戦闘は一言で言えば苦戦、だった。
長距離射撃型のファフナーで敵をある程度の距離から島まで近付けさせないという作戦を見事に覆されて、
結局残るは接近戦型の数機のファフナーに託された。
しかしエルフほど機動性と攻撃性の優れた機体は他には無く、他の機体はものの数分で戦闘不能に陥らされた。
一気に何体ものフェストゥムと対峙しなくてはならなかったエルフはこれまでにない程の俊敏な動きを見せていたが、
敵の攻撃をまともに何度もくらい、立っているのが信じられない程の状態にまでなった。
ペインブロックは損傷が激しすぎた中で機動性を確保するために使用しなかった。
勿論、中のパイロットは想像に絶する程の激痛だったに違いない。
実際、戦闘が終わったと同時にパイロットも意識を手放した。
一騎の両目から涙が溢れ出す。
「俺がいなくなったら・・・どうすんの?」
「ねぇ、代わりの兵器が・・・あるの?」
総士は親指でその涙を拭った。
代わりのパイロットなら、また大人達が探してくるだろう。
でも一騎程の人材はもう見つからないだろうとなんとなく感じる。それを失ったらどうするのだろう。
「一騎がいなくなったら、僕はどうしたらいいかわかんないよ」
つい本心を口にしてしまった事になぜか自己嫌悪感が込み上げてくる。だから僕は完璧には程遠いんだ。
総士の手に一騎の手が重なる。
「やっと見つけた居場所なんだ・・・ねぇ、お願い」
一騎は重ねた指の一本ずつに口づけをしていく。
「いくらでも、殺すから」
「俺を」
「・・・捨てないでよ、俺の身体が、動かなくなるまででいいから」
総士は一騎の頭を抱き込んだ。
「逃げようか?一騎」
「何・・・言って?」
「一騎を苦しめるものばっかりの此処から」
一騎は総士の顔を見上げると言った。苦手な赤い目に弱い光が反射する。
何を言ってしまったんだろう、という気持ちとやっと言えた、という気持ちが交錯して頭の中が掻き回されるような感覚。
でも返ってきた答えは想像をはるかに超えていた。
「お前の護りたかったものはこの島なんだろ?」
一騎の目からまた涙が溢れる。
「それと、俺なんて天秤にかけるな」
「一騎」
「俺は、人間じゃない、ただの兵器なんだ」
悲しい、漠然とそう思った。そして悲壮感しか漂わない現実から逃げられない事実に驚愕する。
自分に与えられた役割から外れてしまう事が、イコール死に結びついて恐ろしさが込み上げた。
総士は一騎の顔を自分の肩へと押しつける。
「兵器なんかじゃない、一騎は、僕の、友達だよ」
痛いよ、と言う一騎の声を無視して総士は抱きしめる力を強めた。
それしか、今の自分には出来そうになかった。
scene:5
一騎の戦い方は一言で言えば完璧だ。
それが殺戮だと感じさせない流れるような動作には、クロッシングしている自分が見とれてしまう程。
初回の戦闘時ですら、ファフナーに傷一つつけなかったその能力の高さに、総士は底知れない恐怖すら覚えた。
島の最大の戦力は、いつまで従順に戦力として機能してくれるのか。
彼に必要以上の知識を意図的に与えずに、ただ最高の兵器として育成する。
幼い頃からの唯一ともいえる友に、こんな残酷な未来しか用意されていないことに絶望すら感じた。
でも、彼を救える力はこの手にはない。
大人達の理想とする楽園は、彼の犠牲の上に成立するものなのだろう、
総士はいつからか諦めに似た感情を抱くようになっていった。
いつものようにフェストゥムを撃破した後、アルヴィスに帰還したマークエルフから一騎が降りてきた。
「一騎、もしかして右足」
「へーき」
一騎は明らかに右足を引きずって歩いている。
遠見先生が言っていた同化の症状が進んだのだと総士は愕然とした。
当初の推測では、一騎の同化現象はもっと緩やかに進行し、抗体を注射することでかなりくい止められるものだとされていた。
ここまで進行が早まったのは多分、その戦闘の仕方だろう。
フェストゥムのあらゆる攻撃を回避するために無意識下で最大限にまで高められた機動性、
その機動性を常時有するにはファフナーとの融合に近い一体化が必要不可欠。
それを毎日繰り返した結果、一騎の身体はその状態から離脱出来ず同化現象が進行したのだ。
「一騎、ファフナーとのリンク状態をもっと下げろ」
総士はたまらず呟いた。どうして大人達に背くような発言が自分の口から出てくるのか。
それより、目の前の彼が心配だった。友人だから?もしかしたら、喪失を極端に嫌う自分のエゴから。
「どうして?それじゃ攻撃をかわせなくなる」
一騎は首を傾げる。
従順な兵器、という形容がとても似合う反応に自分の中で相反する感情が生まれてくるのを感じる。
「お前だけが、その痛みに耐える必要なんて無い」
ねぇ、と一騎が見上げてくる。僕の嫌いな仄赤いその目。
「総士が痛いのは、俺が嫌だ」
「それじゃ、いつかお前に限界がくる」
一騎は笑った。
「大丈夫、俺は兵器だから」
総士は一騎の肩を掴んだ。
「僕に、痛みすらも分けてはくれないのか」
「・・・なんで、総士が泣くの?」
気づくと、総士の両目から涙がこぼれていた。
「ごめん」
「どっか、痛いのか?」
「一騎ほどじゃないから、大丈夫だよ」
そう言って、総士はうつむいた。
ふぅ、と息を吐いて一騎は言う。
「総士の大丈夫はアテにならないから、心配だ」
また一騎が笑った。無機質な赤い目にとんでもなく似合わないそれは紛れもなく自分だけに向けられたもので。
なんだかそれがとても辛くて、それより、右足が心配だから早くメディカルルームに行こう、
そう言って総士は一騎の腰に手を回した。
scene:6
「いちごのケーキが食べたい」
メディカルルームでいつものように抗体の注射を打つ合間、ベッドに横たわっていた一騎が言った。
総士は一騎の方を向くと、彼は口を開く。
「次の戦闘、5分で終わらしたら、島中のいちごのケーキ買ってきてよ」
「いちごだけでいいのか?」
「チョコは苦手なんだ」
そう言って一騎は天井を見上げた。
総士はベッドサイドの椅子に腰掛ける。
「わかった、買ってくるよ」
「約束な!総士、指切りしよ」
小指を絡ませながら、あ、でも5分過ぎたら針千本飲まなきゃいけないのか、と一騎は笑った。
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