蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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君と僕とあの夏の日と11
2011.11.20 Sunday
「一騎、気分は?」
総士が部屋に入ると、ちょうど一騎が目を覚ました所だった。
総士はベッドの側にしゃがむと力なく放り出された一騎の手を取る。
そのまま顔を覗き込めば、一騎は頼りなく表情を緩めて総士を見上げた。
ふと時計を見ればまだ夕方の6時で、過ぎた時間の短さとめまぐるしく起こった数々の出来事に、
総士はなんだか現実感を失ってしまいそうな気がして、思わず何度か瞬きを繰り返した。
総士が一騎の部屋に入って身動きの取れなかった一騎を見つけてから今まで3時間、
あの後、加害者である張本人の大学生は逃げるように家から出ていき、
追いかけたい気持ちは多々あったのだが、泣きながら震えの止まらない一騎を一人残しておくわけにもいかず、
総士はそのまま一騎を抱きしめ続けた。
しばらく経って一騎の身体の震えが収まってくると、総士は一騎の父親に事の経緯を伝えようとしたが、
「心配かけたくないから、言わないでほしい」と一騎に懇願されて押し掛けた携帯の通話ボタンから
そっと指を離す。
警察に言えば犯罪になるような行為に襲われていたというのに、と思うと総士はあの大学生が到底許せなくて、
何とか探し出して罪を償えと言いたい気持ちでいっぱいだったが、
「誰にも言わないで…俺なら、大丈夫だから」と必死に訴える一騎を前にすると何も言えなくなってしまった。
「わかった」と一言つぶやくと、安心したように一騎は少し笑って、そのまま意識を失った。
少しも大丈夫じゃなかったくせに、とぐったりした一騎の身体を抱きとめながら
総士は歯がゆい思いがこみ上げた。
そして一騎をベッドに横たえると総士は傷の手当をする、包帯を巻くついでにどうしても気になってしまって
「ごめん」と呟きながら一騎のシャツのボタンを外して上半身を露わにした。
おそるおそるその肌に目線を移したが、前日に総士が見た時から新しく増えた痣は見当たらなくて、
なんだか妙にほっとする。
身動きの取れない状況の中で一方的に暴力を振るわれたわけではなさそうだと、
それだけでも総士は救われる思いだった。
知っているつもりになって全く知ることの出来なかった幼なじみの身に起こっていた事。
長い間その心に刻み込まれた恐怖と絶望の記憶は薄れる事なんてあるのだろうか、と漠然と思ってしまう。
何か、支えてあげられる方法は見つけられるだろうかと不安な気持ちばかりが溢れそうになって、
総士は思わず俯いた。
そっと、外したボタンを元通りに掛け直す。
「ごめん」
総士はまた呟いて、その上に布団を掛けた。
「総士」
目を覚ました一騎が呟いて、総士はなるべく安心させるようにその手を両手で包みながら一騎を見る。
「来てくれて…ありがと」
「一騎」
「総士がいてくれて、ほんと…よかった」
そう言って一騎は総士の手を握り返した。
「あいつが出てってから、総士の声聞こえて、来てくれたんだって思ったけど、俺…」
「喋らなくて、いいから」
「俺、総士がいなかったら」
「一騎」
総士は一騎の声を無理矢理遮る。
今は、思い出さなくていいからと言葉にはしなかったが、
強くそう思って一騎の右目を覆う包帯にそっと触れると「痛くないか?」と小さく言った。
「ちょっと痛いけど、大丈夫」
と答えた一騎に優しく微笑みかける。
総士の笑顔につられて表情を緩めた一騎を見て総士は、うまく誤魔化せたかな、と心の中で安堵した。
自分がいちいち不安定になっていては駄目だと思う。
それ以上に目の前の一騎は、本当は崩れそうなくらい不安定なのではないかと思うから。
でも、一言発する毎に辛そうな表情を深くする一騎を見ていられなかった。
「今度からさ、家に泊まりに来ないか?」
総士は自分の気持ちを吹っ切るように一騎に話しかけた
。
一騎の父親は相変わらず家を空けることが多いし、加害者がいつまた戻って来るかもわからない、
それに何より、こんな状態の一騎を一人で家には置いておけないと思ったから総士は自分の家に呼ぼうとした。
幸い、総士の両親は二人とも外国に長期出張していて家には今のところ総士しかいなかった。
「でも…」
「わかんない所いっぱいあるんだろ、物理の他にも」
「ある…けど」
「ちゃんと、教えてやるから」
総士は優しく笑って、ぺち、と一騎のおでこを叩く。
すると一騎は困ったように総士を見て、それからふわりと笑った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「お返しに何してもらおうかなぁ」とふざけて言えば、
「夕食と朝食作るから、どうせ総士、ちゃんと食べてないんだろ?」と言われてしまって、
嬉しかったけれどなんだか一騎の方が保護者みたいな感じになってしまいそうだと総士は思った。
総士が部屋に入ると、ちょうど一騎が目を覚ました所だった。
総士はベッドの側にしゃがむと力なく放り出された一騎の手を取る。
そのまま顔を覗き込めば、一騎は頼りなく表情を緩めて総士を見上げた。
ふと時計を見ればまだ夕方の6時で、過ぎた時間の短さとめまぐるしく起こった数々の出来事に、
総士はなんだか現実感を失ってしまいそうな気がして、思わず何度か瞬きを繰り返した。
総士が一騎の部屋に入って身動きの取れなかった一騎を見つけてから今まで3時間、
あの後、加害者である張本人の大学生は逃げるように家から出ていき、
追いかけたい気持ちは多々あったのだが、泣きながら震えの止まらない一騎を一人残しておくわけにもいかず、
総士はそのまま一騎を抱きしめ続けた。
しばらく経って一騎の身体の震えが収まってくると、総士は一騎の父親に事の経緯を伝えようとしたが、
「心配かけたくないから、言わないでほしい」と一騎に懇願されて押し掛けた携帯の通話ボタンから
そっと指を離す。
警察に言えば犯罪になるような行為に襲われていたというのに、と思うと総士はあの大学生が到底許せなくて、
何とか探し出して罪を償えと言いたい気持ちでいっぱいだったが、
「誰にも言わないで…俺なら、大丈夫だから」と必死に訴える一騎を前にすると何も言えなくなってしまった。
「わかった」と一言つぶやくと、安心したように一騎は少し笑って、そのまま意識を失った。
少しも大丈夫じゃなかったくせに、とぐったりした一騎の身体を抱きとめながら
総士は歯がゆい思いがこみ上げた。
そして一騎をベッドに横たえると総士は傷の手当をする、包帯を巻くついでにどうしても気になってしまって
「ごめん」と呟きながら一騎のシャツのボタンを外して上半身を露わにした。
おそるおそるその肌に目線を移したが、前日に総士が見た時から新しく増えた痣は見当たらなくて、
なんだか妙にほっとする。
身動きの取れない状況の中で一方的に暴力を振るわれたわけではなさそうだと、
それだけでも総士は救われる思いだった。
知っているつもりになって全く知ることの出来なかった幼なじみの身に起こっていた事。
長い間その心に刻み込まれた恐怖と絶望の記憶は薄れる事なんてあるのだろうか、と漠然と思ってしまう。
何か、支えてあげられる方法は見つけられるだろうかと不安な気持ちばかりが溢れそうになって、
総士は思わず俯いた。
そっと、外したボタンを元通りに掛け直す。
「ごめん」
総士はまた呟いて、その上に布団を掛けた。
「総士」
目を覚ました一騎が呟いて、総士はなるべく安心させるようにその手を両手で包みながら一騎を見る。
「来てくれて…ありがと」
「一騎」
「総士がいてくれて、ほんと…よかった」
そう言って一騎は総士の手を握り返した。
「あいつが出てってから、総士の声聞こえて、来てくれたんだって思ったけど、俺…」
「喋らなくて、いいから」
「俺、総士がいなかったら」
「一騎」
総士は一騎の声を無理矢理遮る。
今は、思い出さなくていいからと言葉にはしなかったが、
強くそう思って一騎の右目を覆う包帯にそっと触れると「痛くないか?」と小さく言った。
「ちょっと痛いけど、大丈夫」
と答えた一騎に優しく微笑みかける。
総士の笑顔につられて表情を緩めた一騎を見て総士は、うまく誤魔化せたかな、と心の中で安堵した。
自分がいちいち不安定になっていては駄目だと思う。
それ以上に目の前の一騎は、本当は崩れそうなくらい不安定なのではないかと思うから。
でも、一言発する毎に辛そうな表情を深くする一騎を見ていられなかった。
「今度からさ、家に泊まりに来ないか?」
総士は自分の気持ちを吹っ切るように一騎に話しかけた
。
一騎の父親は相変わらず家を空けることが多いし、加害者がいつまた戻って来るかもわからない、
それに何より、こんな状態の一騎を一人で家には置いておけないと思ったから総士は自分の家に呼ぼうとした。
幸い、総士の両親は二人とも外国に長期出張していて家には今のところ総士しかいなかった。
「でも…」
「わかんない所いっぱいあるんだろ、物理の他にも」
「ある…けど」
「ちゃんと、教えてやるから」
総士は優しく笑って、ぺち、と一騎のおでこを叩く。
すると一騎は困ったように総士を見て、それからふわりと笑った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「お返しに何してもらおうかなぁ」とふざけて言えば、
「夕食と朝食作るから、どうせ総士、ちゃんと食べてないんだろ?」と言われてしまって、
嬉しかったけれどなんだか一騎の方が保護者みたいな感じになってしまいそうだと総士は思った。
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君と僕とあの夏の日と10
2011.11.20 Sunday
翌日の放課後、生徒会を欠席して一騎のクラスへと足早に向かった総士は、一騎が午前中に
体調を崩して保健室に行ったことを聞き、そのまま保健室へと向かった。
「え?帰ったって」
息を切らしながら総士は言って、目の前に座る保健医を見つめる。
「お昼ちょっと前に気分が悪くなったって、たぶん右目の怪我のせいだと思うけど」
と保健医は言うと、何か用でもあったの?と怪訝そうに総士を見上げた。
「一人で帰ったんですか?」
「…確か、家の方が迎えに来てたと思ったけど」
「でも、あいつの父親は」
「いいえ、お兄さん?なのかしら、大学生くらいの男の子だったわよ」
そう聞いた途端、総士は背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
たぶん、早退しなければならないほどに体調の悪かった一騎は、一人で帰ることが出来ずに、
家に連絡したところ、たぶんその大学生が親代わりに一騎を迎えに来ることになったのだろう。
総士は時計を見た、帰ったと思われる時間からもう3時間以上過ぎている。
早く、行かなければ。
何かあったらなんて考えたくもなかったが、総士は鞄を持つ手に力を込めると、
保健医に挨拶をしてから、すぐに廊下を駆け出した。
「一騎の友達の皆城くんだよね?」
そう言って出てきた青年は総士に微笑みかけると、どうぞ、と言って玄関に総士を招き入れた。
てっきり居留守でも使われるかとばかり思っていた総士はなんだか拍子抜けして、
「お邪魔します」と頭を下げながら、促されるままにリビングのソファに腰を下ろす。
「あの、一騎は?」
おそるおそる本題に入ると、目の前の青年は少し困ったように眉根を寄せて口を開いた。
「やっぱり気分がすぐれないみたいで、ずっと部屋で寝てるんだ」
だから悪いけど、今日はここで帰ってくれるかな?と一見優しい口調で青年は総士に告げる。
「あの、でも…」
咄嗟に言い訳を考えようと総士が口ごもった時、制服のポケットに入れていた携帯が震えた。
失礼します、と言って取り出すとメールが着信したということを告げるランプがちかちかと点灯している。
総士は手早く携帯を開けると、確認ボタンを押した途端に一瞬、息を飲んだ。
_________________
title:無題
subject:
たすけて、おねがい
_________________
それは、壁一枚隔てた隣の部屋で寝ているはずの、一騎からのメールだった。
総士は慌てて携帯を閉じると、「ちょっと、失礼します」と言って立ち上がる。
青年の驚いた顔が見えたような気もしたが、そのまま早足で一騎の部屋に行くと勢いよくドアを開けた。
「…一騎っ!!」
目を疑いたくなるような光景に、総士は息が詰まりそうな思いがする。
そこには、両手両足を縛られて口に布を噛まされた一騎が、床に横たわっていた。
総士の声に一騎はゆっくりとこちらを見上げる。
何か言いたげに布で塞がれた口を動かして、その目からぼろぼろと涙を零した。
総士は慌てて一騎に近寄ると、身体の動きを封じていたものを全て取り去る。
途端にゲホゲホと咳込む一騎を横抱きにすると、ドアの前に立つ青年を睨みつけた。
「これは、どういうことですか?」
怒りに震えながら静かに総士が言うと、立ち尽くした青年は「違う、一騎が…」と言い淀む。
「言い訳なんて要りません、ずっとこうやって、一騎に暴力を振るってきたんでしょう?あなたは」
「…違うっ!」
即座に否定した青年に総士は更に追い打ちをかけるように言葉を紡いでいく。
「僕は他にも、一騎の身体にあなたがつけた傷があるのを知っています」
「…っ」
総士は一呼吸置くと、未だ震えたままの一騎の身体を強く抱き締めて青年に言い放った。
「一騎の父親にこのことを言います。もう二度と、あなたは一騎の前に現れないでください」
総士のが言い終わると、立ち尽くした青年は不安定に視点を変えながら段々と後ずさる。
そしてそのまま後ろのドアにぶつかったかと思うと、自分でそれに驚いたのか、慌てて部屋を飛び出して行った。
…とりあえず、終わった。
総士はほっとして、溜息のように長い息を吐き出す。
自分があんなにまであの青年に強く事実を突き付けることが出来るなどとは正直思ってもみなかった。
ただ、あまりにも酷い一騎の状態を見て柄にもなく逆上してしまい、逆に冷静さを欠かずに対処出来てしまった。
でも、その安堵もつかの間、腕の中の一騎の震えが治まる気配は一向にない。
何時間も不自然な姿勢で縛られ続けたせいなのか、両手両足とも力が全く入っていないようだった。
直接縛られていた箇所は、皮膚が酷く擦り向けて出血している。
これだけでも消毒しなければ、と頭では早く早くと思うのだけれど、
こんなに震えた一騎を一瞬でも離すことにとてつもなく躊躇してしまう。
「もう、大丈夫だから」
不意に口をついて出てしまった言葉を繰り返しながら、総士は一騎を抱き締め続ける。
決して声を上げずに泣き続ける一騎を見ては、総士の目にも涙が浮かんで今にも零れ落ちそうだった。
体調を崩して保健室に行ったことを聞き、そのまま保健室へと向かった。
「え?帰ったって」
息を切らしながら総士は言って、目の前に座る保健医を見つめる。
「お昼ちょっと前に気分が悪くなったって、たぶん右目の怪我のせいだと思うけど」
と保健医は言うと、何か用でもあったの?と怪訝そうに総士を見上げた。
「一人で帰ったんですか?」
「…確か、家の方が迎えに来てたと思ったけど」
「でも、あいつの父親は」
「いいえ、お兄さん?なのかしら、大学生くらいの男の子だったわよ」
そう聞いた途端、総士は背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
たぶん、早退しなければならないほどに体調の悪かった一騎は、一人で帰ることが出来ずに、
家に連絡したところ、たぶんその大学生が親代わりに一騎を迎えに来ることになったのだろう。
総士は時計を見た、帰ったと思われる時間からもう3時間以上過ぎている。
早く、行かなければ。
何かあったらなんて考えたくもなかったが、総士は鞄を持つ手に力を込めると、
保健医に挨拶をしてから、すぐに廊下を駆け出した。
「一騎の友達の皆城くんだよね?」
そう言って出てきた青年は総士に微笑みかけると、どうぞ、と言って玄関に総士を招き入れた。
てっきり居留守でも使われるかとばかり思っていた総士はなんだか拍子抜けして、
「お邪魔します」と頭を下げながら、促されるままにリビングのソファに腰を下ろす。
「あの、一騎は?」
おそるおそる本題に入ると、目の前の青年は少し困ったように眉根を寄せて口を開いた。
「やっぱり気分がすぐれないみたいで、ずっと部屋で寝てるんだ」
だから悪いけど、今日はここで帰ってくれるかな?と一見優しい口調で青年は総士に告げる。
「あの、でも…」
咄嗟に言い訳を考えようと総士が口ごもった時、制服のポケットに入れていた携帯が震えた。
失礼します、と言って取り出すとメールが着信したということを告げるランプがちかちかと点灯している。
総士は手早く携帯を開けると、確認ボタンを押した途端に一瞬、息を飲んだ。
_________________
title:無題
subject:
たすけて、おねがい
_________________
それは、壁一枚隔てた隣の部屋で寝ているはずの、一騎からのメールだった。
総士は慌てて携帯を閉じると、「ちょっと、失礼します」と言って立ち上がる。
青年の驚いた顔が見えたような気もしたが、そのまま早足で一騎の部屋に行くと勢いよくドアを開けた。
「…一騎っ!!」
目を疑いたくなるような光景に、総士は息が詰まりそうな思いがする。
そこには、両手両足を縛られて口に布を噛まされた一騎が、床に横たわっていた。
総士の声に一騎はゆっくりとこちらを見上げる。
何か言いたげに布で塞がれた口を動かして、その目からぼろぼろと涙を零した。
総士は慌てて一騎に近寄ると、身体の動きを封じていたものを全て取り去る。
途端にゲホゲホと咳込む一騎を横抱きにすると、ドアの前に立つ青年を睨みつけた。
「これは、どういうことですか?」
怒りに震えながら静かに総士が言うと、立ち尽くした青年は「違う、一騎が…」と言い淀む。
「言い訳なんて要りません、ずっとこうやって、一騎に暴力を振るってきたんでしょう?あなたは」
「…違うっ!」
即座に否定した青年に総士は更に追い打ちをかけるように言葉を紡いでいく。
「僕は他にも、一騎の身体にあなたがつけた傷があるのを知っています」
「…っ」
総士は一呼吸置くと、未だ震えたままの一騎の身体を強く抱き締めて青年に言い放った。
「一騎の父親にこのことを言います。もう二度と、あなたは一騎の前に現れないでください」
総士のが言い終わると、立ち尽くした青年は不安定に視点を変えながら段々と後ずさる。
そしてそのまま後ろのドアにぶつかったかと思うと、自分でそれに驚いたのか、慌てて部屋を飛び出して行った。
…とりあえず、終わった。
総士はほっとして、溜息のように長い息を吐き出す。
自分があんなにまであの青年に強く事実を突き付けることが出来るなどとは正直思ってもみなかった。
ただ、あまりにも酷い一騎の状態を見て柄にもなく逆上してしまい、逆に冷静さを欠かずに対処出来てしまった。
でも、その安堵もつかの間、腕の中の一騎の震えが治まる気配は一向にない。
何時間も不自然な姿勢で縛られ続けたせいなのか、両手両足とも力が全く入っていないようだった。
直接縛られていた箇所は、皮膚が酷く擦り向けて出血している。
これだけでも消毒しなければ、と頭では早く早くと思うのだけれど、
こんなに震えた一騎を一瞬でも離すことにとてつもなく躊躇してしまう。
「もう、大丈夫だから」
不意に口をついて出てしまった言葉を繰り返しながら、総士は一騎を抱き締め続ける。
決して声を上げずに泣き続ける一騎を見ては、総士の目にも涙が浮かんで今にも零れ落ちそうだった。
君と僕とあの夏の日と9
2011.11.20 Sunday
「親戚…?」
総士が再度聞き返すと一騎は黙ってこくりと頷いた。
「それって、親御さんに言えば来なくなるんじゃないか?」
「…あいつ、父さんから信頼されてるから」
そう言うと一騎は唇を噛みしめて下を向いてしまう。
総士はそっと肩に手を乗せると、俯いた一騎を見つめた
。
何か自分に出来る事はないだろうかと必死に考えを巡らせた。
総士が一騎に聞いた大体の内容はこうだった。
家を開けることの多い一騎の父親に代わって、家に来るのは親戚の大学生で、
それは昔からずっと父親の代わりのようになっていたらしい。
お兄ちゃんのようにも思えた、と一騎は言っていた。
しかし、その兄のような態度は父親の前でだけ完璧だったことにすぐ気がついたのだと言う。
最初は意地悪な言葉を投げかけられるだけだったのだが、そのうちどんどんエスカレートしていき、
ついには暴力まで振るわれるようになった。
他人からは見えない所ばかりに傷を残されて、何度も父親に言おうか迷ったが、
父子家庭なだけでも大変なのに、これ以上迷惑をかけたくないと、今まで言いそびれてしまったらしい。
頑なに父親に言わない一騎を見てはあざ笑うように暴力を振るい続けられることにいつしか
一騎は恐怖感ばかりが募るようになり、最近は家に帰るのがとても嫌だったのだと涙を堪えながら小さな声で言った。
聞いた時は総士もにわかには信じられなかったことばかりだった。
が、下校時に見えた痣の他にも丁度服で隠れる場所にいくつも同じような傷があり、一気に現実感が増したのだ。
とりあえず応急処置だけ施しながら、総士はどうしたら一騎を守れるのだろうと考えた。
湿布を貼る背中が小刻みに震えているのを見ていられなくて、そっと傷にさわらないように後ろから抱きしめると、
やがて小さく声をあげて一騎は泣き始めたようだった。
「今度からさ、一人の時、家に泊まるか?」
総士はできるだけ優しく静かに問いかけた。
「でも…」と言いよどんだ一騎に、「お父さんにだったら僕から連絡しておくから」と付け加えると、
「うん」と返事が返ってくる。
とりあえず距離が稼げればそれでいいと思った。
今すぐ一騎の父親と親戚の大学生の信頼関係を断ち切ることは出来なくても、
一時的に一騎をその場から離して、それからゆっくり向き合っていけば何か変わるかもしれないと。
未だに震えている身体は、どれほどの時間こんな理不尽な暴力に耐え続けてきたのだろう、
そう思うと総士の目にまで涙が滲んだ。
学校でも、帰り道でも、この1週間ほどずっと一緒にいたというのに、
いつもと変わらない笑顔の下にはこんな残酷な現実が隠されていたのかと思うと、
それに気付けなかった自分に歯がゆさばかりが募ってしまう。
今日の放課後のあの教室での時、僅かなSOSを見つけられなかったらと思うと足下が竦みそうなくらいに恐怖を感じる。
でも、見つけることが出来た。
時間はかかったけれど、彼を救い出せる方向に導いていけるかもしれない。
それだけが総士にとっての救いだった。
総士は一度、抱きしめていた腕を外すと、そっと処置の終わった背中にシャツを掛ける。
未だ俯いたままの一騎はそれを引き寄せることもなかった。
総士はそっと一騎の前に座ると、ボタンをひとつずつ留めながら口を開いた。
「僕も、一緒に戦うから。一騎、ひとりぼっちじゃないから」
そう言って優しく微笑みかける。
一騎は少し顔を上げると、総士と目が合った途端に顔をまた歪めてぼろぼろと涙をこぼした。
「大丈夫だから、もっと僕を頼って」
総士が言うと、一騎はこくりと頷く。
それを見て総士は少し安心すると、一騎の頭をそっと撫でた。
「…ごめん…でも、ありがとう」
小さな声で一騎が言った。
「一人じゃ難しくても、二人なら大丈夫…だから」
総士の声に一騎は顔を上げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔をにこりと微笑ませる。
「そうだよな、総士となら、大丈夫だよ…な」
一騎の笑顔につられて総士も笑顔になる。
まだ解決になんて程遠い道のりだけれど、きっと大丈夫になるんだと総士は思った。
数十分前に絶望のどん底にいたような雰囲気がたちこめていた部屋が俄かに変った気がする。
時計を見れば12時を回った所だった。
帰ってからもうそんなに時間が経ったのかと総士は少し驚いたが、明日も早いのでそろそろ寝なければと思う。
「一緒に、寝るか?」
と、子供の頃に戻ったように尋ねれば、一騎は少し驚いた顔をしてから笑って「うん」と言った。
総士が再度聞き返すと一騎は黙ってこくりと頷いた。
「それって、親御さんに言えば来なくなるんじゃないか?」
「…あいつ、父さんから信頼されてるから」
そう言うと一騎は唇を噛みしめて下を向いてしまう。
総士はそっと肩に手を乗せると、俯いた一騎を見つめた
。
何か自分に出来る事はないだろうかと必死に考えを巡らせた。
総士が一騎に聞いた大体の内容はこうだった。
家を開けることの多い一騎の父親に代わって、家に来るのは親戚の大学生で、
それは昔からずっと父親の代わりのようになっていたらしい。
お兄ちゃんのようにも思えた、と一騎は言っていた。
しかし、その兄のような態度は父親の前でだけ完璧だったことにすぐ気がついたのだと言う。
最初は意地悪な言葉を投げかけられるだけだったのだが、そのうちどんどんエスカレートしていき、
ついには暴力まで振るわれるようになった。
他人からは見えない所ばかりに傷を残されて、何度も父親に言おうか迷ったが、
父子家庭なだけでも大変なのに、これ以上迷惑をかけたくないと、今まで言いそびれてしまったらしい。
頑なに父親に言わない一騎を見てはあざ笑うように暴力を振るい続けられることにいつしか
一騎は恐怖感ばかりが募るようになり、最近は家に帰るのがとても嫌だったのだと涙を堪えながら小さな声で言った。
聞いた時は総士もにわかには信じられなかったことばかりだった。
が、下校時に見えた痣の他にも丁度服で隠れる場所にいくつも同じような傷があり、一気に現実感が増したのだ。
とりあえず応急処置だけ施しながら、総士はどうしたら一騎を守れるのだろうと考えた。
湿布を貼る背中が小刻みに震えているのを見ていられなくて、そっと傷にさわらないように後ろから抱きしめると、
やがて小さく声をあげて一騎は泣き始めたようだった。
「今度からさ、一人の時、家に泊まるか?」
総士はできるだけ優しく静かに問いかけた。
「でも…」と言いよどんだ一騎に、「お父さんにだったら僕から連絡しておくから」と付け加えると、
「うん」と返事が返ってくる。
とりあえず距離が稼げればそれでいいと思った。
今すぐ一騎の父親と親戚の大学生の信頼関係を断ち切ることは出来なくても、
一時的に一騎をその場から離して、それからゆっくり向き合っていけば何か変わるかもしれないと。
未だに震えている身体は、どれほどの時間こんな理不尽な暴力に耐え続けてきたのだろう、
そう思うと総士の目にまで涙が滲んだ。
学校でも、帰り道でも、この1週間ほどずっと一緒にいたというのに、
いつもと変わらない笑顔の下にはこんな残酷な現実が隠されていたのかと思うと、
それに気付けなかった自分に歯がゆさばかりが募ってしまう。
今日の放課後のあの教室での時、僅かなSOSを見つけられなかったらと思うと足下が竦みそうなくらいに恐怖を感じる。
でも、見つけることが出来た。
時間はかかったけれど、彼を救い出せる方向に導いていけるかもしれない。
それだけが総士にとっての救いだった。
総士は一度、抱きしめていた腕を外すと、そっと処置の終わった背中にシャツを掛ける。
未だ俯いたままの一騎はそれを引き寄せることもなかった。
総士はそっと一騎の前に座ると、ボタンをひとつずつ留めながら口を開いた。
「僕も、一緒に戦うから。一騎、ひとりぼっちじゃないから」
そう言って優しく微笑みかける。
一騎は少し顔を上げると、総士と目が合った途端に顔をまた歪めてぼろぼろと涙をこぼした。
「大丈夫だから、もっと僕を頼って」
総士が言うと、一騎はこくりと頷く。
それを見て総士は少し安心すると、一騎の頭をそっと撫でた。
「…ごめん…でも、ありがとう」
小さな声で一騎が言った。
「一人じゃ難しくても、二人なら大丈夫…だから」
総士の声に一騎は顔を上げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔をにこりと微笑ませる。
「そうだよな、総士となら、大丈夫だよ…な」
一騎の笑顔につられて総士も笑顔になる。
まだ解決になんて程遠い道のりだけれど、きっと大丈夫になるんだと総士は思った。
数十分前に絶望のどん底にいたような雰囲気がたちこめていた部屋が俄かに変った気がする。
時計を見れば12時を回った所だった。
帰ってからもうそんなに時間が経ったのかと総士は少し驚いたが、明日も早いのでそろそろ寝なければと思う。
「一緒に、寝るか?」
と、子供の頃に戻ったように尋ねれば、一騎は少し驚いた顔をしてから笑って「うん」と言った。
君と僕とあの夏の日と8
2011.11.20 Sunday
「帰る場所なんてどこにもないから」
遠い過去の記憶が不意に呼び起こされて、総士ははっと息を飲んだ。
いつもと同じように遊んだ別れ際にぽつりと呟いた一騎の声はなんだか別人のようで。
聞き返したけれど曖昧な笑みにかき消されてしまって、
どうしようもなく別れの言葉を告げた事だけはやけにやっきりと覚えている。
あれから、一騎はちゃんと家に帰ったのだろうか。
後ろ姿を見つめながら酷く不安な気持ちに襲われて、
家まで送ろうかと何度も思ったが、結局そのまま自分も帰り道を進んだ。
次の日も、彼は公園に来た。
それが、昨日ちゃんと家に帰った何よりの証拠だと安心して、総士はいつものように笑いかけた。
不安は現実にはならなかったのだと、安堵感が込み上げた。
「総士」
呼ばれた声の方に顔を向けると、そこには帰り仕度を整えた一騎がドアの所に佇んでいる。
「いま帰ろうと思ったところだ」と言えば、ふ、と笑って彼はこちらへ歩いてくると向かいの席に座った。
「こんな時間まで何してたんだ?」
「休んでた分のノート写したり…してた」
ちょっとバツが悪そうに言った一騎を見て総士は笑う。
「終わったのか?」と聞けば、「写すだけなら」と小さく返事が返ってきた。
「わからない所があったら、教えてやるから」
苦笑しつつ総士が言うと、おずおずと顔を上げた一騎と目が合って総士はまた笑う。
ふい、と横を向いてしまった一騎に「どこがわからなかった?」と優しく尋ねれば、
「物理の…」としばらくしてから話し始めた。
「とりあえず下校時間が近いから、学校出てからでいいか?今日、時間ある?」
「って、お前、家帰んなきゃいけないよな」と総士が言って立ち上がると、
「大丈夫」と遮るように一騎は言った。
「でも、お父さん帰ってくるだろ?」
「いま、忙しいからたまにしか帰ってこないんだ」
「じゃあ、一人なのか?いつも」
「…そう、でもないんだけど」
一騎はうつむいたままぽつぽつと話す。
その様子に違和感を覚えた総士は、開いたシャツの隙間に覗く青痣に気付いて息を飲んだ。
一瞬、先日の上級生の仕業かと思ったが、あの日、一騎は右目以外に怪我はしていなかった筈だ。
その後接触があったのかとも思われたが、それは僚が手を尽くして阻止していたのを見ているから、
その可能性も無いに等しい。
じゃあ、一体誰が?
総士は拭いきれない不安を胸におそるおそる一騎に問いかけた。
「一騎、その痣」
「…」
「どうしたんだ?」
「…ぶつけた、だけだから」
いまだうつむいたままの一騎に総士は異常さを覚えて彼の前に静かにしゃがみ込む。
すると、一騎は総士に見えなくするかのように開いたシャツを引き寄せると顔を背けた。
「何でも…ないから」
絞り出すような声に総士は顔を歪めると、ゆっくりと一騎の頭の上に手を置いた。
一騎は一瞬、びく、と震えたが、すぐに目線だけこちらを向くと、「ごめん」を小さく呟く。
「何が、あった?」
「…」
「僕にも言えないような事なのか?」
なるべく穏やかさを保って総士は尋ねるも、一騎は黙ったまま何も答えない。
一瞬揺らいだ視線が何かを物語っているようだったが、総士にはそれが何なのかわからなかった。
ひとつ、大きく深呼吸をすると総士は再度口を開く。
「家、来るか?」
総士は優しく言うと、一騎の返事を待った。
しばらく時間が経ってから、小さく頭が上下に動いたのを見て、くしゃと髪をかき混ぜる。
その時、下校時刻を告げるアナウンスが廊下に響き渡った。
同時に他の教室から生徒が出てくる足音と、ドアの閉まる音が聞こえて、やがてまた静まり返る。
総士は一騎の頭に置いていた手を離すと、ぽんと肩を叩いた。
「僕らも行こう」
そう言っててを差し出すと、その上にそっと手が置かれる。
総士はぎゅ、と握り返して一騎を立たせると、生徒会室を後にした。
二人しかいない廊下は、沈みかけの夕陽で暗い赤色に染まっている。
ああ、あの日みたいだな、と総士はひとりやるせない思いに駆られながらそれを見つめた。
そして、目線だけ繋いだ手に戻す。
力無く繋いだ手からは、いつものような一騎の元気さは感じられなくて、
一歩後ろを歩く姿はなんだか手を離したら消えてしまいそうだと、不安な気持ちがこみ上げる。
総士はそんな気持ちを振り払うかのように頭を振ると、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
遠い過去の記憶が不意に呼び起こされて、総士ははっと息を飲んだ。
いつもと同じように遊んだ別れ際にぽつりと呟いた一騎の声はなんだか別人のようで。
聞き返したけれど曖昧な笑みにかき消されてしまって、
どうしようもなく別れの言葉を告げた事だけはやけにやっきりと覚えている。
あれから、一騎はちゃんと家に帰ったのだろうか。
後ろ姿を見つめながら酷く不安な気持ちに襲われて、
家まで送ろうかと何度も思ったが、結局そのまま自分も帰り道を進んだ。
次の日も、彼は公園に来た。
それが、昨日ちゃんと家に帰った何よりの証拠だと安心して、総士はいつものように笑いかけた。
不安は現実にはならなかったのだと、安堵感が込み上げた。
「総士」
呼ばれた声の方に顔を向けると、そこには帰り仕度を整えた一騎がドアの所に佇んでいる。
「いま帰ろうと思ったところだ」と言えば、ふ、と笑って彼はこちらへ歩いてくると向かいの席に座った。
「こんな時間まで何してたんだ?」
「休んでた分のノート写したり…してた」
ちょっとバツが悪そうに言った一騎を見て総士は笑う。
「終わったのか?」と聞けば、「写すだけなら」と小さく返事が返ってきた。
「わからない所があったら、教えてやるから」
苦笑しつつ総士が言うと、おずおずと顔を上げた一騎と目が合って総士はまた笑う。
ふい、と横を向いてしまった一騎に「どこがわからなかった?」と優しく尋ねれば、
「物理の…」としばらくしてから話し始めた。
「とりあえず下校時間が近いから、学校出てからでいいか?今日、時間ある?」
「って、お前、家帰んなきゃいけないよな」と総士が言って立ち上がると、
「大丈夫」と遮るように一騎は言った。
「でも、お父さん帰ってくるだろ?」
「いま、忙しいからたまにしか帰ってこないんだ」
「じゃあ、一人なのか?いつも」
「…そう、でもないんだけど」
一騎はうつむいたままぽつぽつと話す。
その様子に違和感を覚えた総士は、開いたシャツの隙間に覗く青痣に気付いて息を飲んだ。
一瞬、先日の上級生の仕業かと思ったが、あの日、一騎は右目以外に怪我はしていなかった筈だ。
その後接触があったのかとも思われたが、それは僚が手を尽くして阻止していたのを見ているから、
その可能性も無いに等しい。
じゃあ、一体誰が?
総士は拭いきれない不安を胸におそるおそる一騎に問いかけた。
「一騎、その痣」
「…」
「どうしたんだ?」
「…ぶつけた、だけだから」
いまだうつむいたままの一騎に総士は異常さを覚えて彼の前に静かにしゃがみ込む。
すると、一騎は総士に見えなくするかのように開いたシャツを引き寄せると顔を背けた。
「何でも…ないから」
絞り出すような声に総士は顔を歪めると、ゆっくりと一騎の頭の上に手を置いた。
一騎は一瞬、びく、と震えたが、すぐに目線だけこちらを向くと、「ごめん」を小さく呟く。
「何が、あった?」
「…」
「僕にも言えないような事なのか?」
なるべく穏やかさを保って総士は尋ねるも、一騎は黙ったまま何も答えない。
一瞬揺らいだ視線が何かを物語っているようだったが、総士にはそれが何なのかわからなかった。
ひとつ、大きく深呼吸をすると総士は再度口を開く。
「家、来るか?」
総士は優しく言うと、一騎の返事を待った。
しばらく時間が経ってから、小さく頭が上下に動いたのを見て、くしゃと髪をかき混ぜる。
その時、下校時刻を告げるアナウンスが廊下に響き渡った。
同時に他の教室から生徒が出てくる足音と、ドアの閉まる音が聞こえて、やがてまた静まり返る。
総士は一騎の頭に置いていた手を離すと、ぽんと肩を叩いた。
「僕らも行こう」
そう言っててを差し出すと、その上にそっと手が置かれる。
総士はぎゅ、と握り返して一騎を立たせると、生徒会室を後にした。
二人しかいない廊下は、沈みかけの夕陽で暗い赤色に染まっている。
ああ、あの日みたいだな、と総士はひとりやるせない思いに駆られながらそれを見つめた。
そして、目線だけ繋いだ手に戻す。
力無く繋いだ手からは、いつものような一騎の元気さは感じられなくて、
一歩後ろを歩く姿はなんだか手を離したら消えてしまいそうだと、不安な気持ちがこみ上げる。
総士はそんな気持ちを振り払うかのように頭を振ると、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
君と僕とあの夏の日と7
2011.11.20 Sunday
「一騎」
呼ばれた声に一騎はうっすらと瞼を開ける。
急に眩しい光が入ってきて辺りは白くぼやけたが、目を凝らせばだんだんと形がはっきりしてきた。
「総士」
少し掠れた声で名前を呼べば、総士は微笑む。
どうやらあれから寝てしまったらしいとぼんやりする頭で一騎は思う。
今何時?と尋ねれば、3時と返ってきて、午後の授業を全部サボってしまったことに気づく。
知らずと困ったような表情になっていたらしく、見上げれば総士は、
先生には言ってあるから大丈夫だよと言った。
数時間前、僚とともに一騎は保健室に来た。
生憎保健医は留守にしていたのだが、僚はてきぱきと消毒の準備を始めて、
椅子に座った一騎はそれをぼんやり見つめる。
実は2年まで保健委員だったんだ、とちょっと照れくさそうに言った顔がなんだか印象的だった。
そして僚は一騎の取れかけた包帯をゆっくり外すと、取るよ、と
念を押して右目に当てられたガーゼに手をかけた。
ピリ、とテープの剥がれる音がしてガーゼが外される。
やっぱり、少し血が出てるねと僚は言った。
染みると思うけど我慢して、と言って消毒液に浸したガーゼを一騎の右目にそっと触れる。
ツン、と鼻をつく匂いと僅かに走る痛みに一騎は顔を歪めた。
やがて新しいガーゼが当てられ、その上から包帯を丁寧に巻かれると、
僚はこれでいいかな、と言って微笑みかけた。
「ありがとうございます」
と一騎が頭を下げると、少し横になっていった方がいいよと僚は言って一騎の背中に手を当てる。
一騎が立ち上がるのをそれとなく手伝うと、二人はベッドに向かった。
一騎がゆっくりと横になるのを確認すると、じゃあ後で皆城には来るように言っておくからと僚は微笑んで、
ぽふ、と布団に手を置く。
一騎が再度感謝の意を表すると、何も考えないで寝ろよ、と僚は言ってベッドサイドから離れた。
「気分は?」
総士が尋ねた。
数時間前に目の前がぐらぐらするほど悪かったのが嘘のように無くなって今はただ寝起きの感覚が体中を包んでいる。
今は平気、と短く一騎は答えると、総士はよかった、と言ってベッドサイドの椅子に座った。
「聞いたよ、会長から」
少し間をおいて、総士は静かに言うと一騎の目を見つめた。
なんとなく悲しそうな雰囲気の視線に一騎は一瞬言葉を失うが、うん、と小さく話し始めた。
「中学の時と同じでさ」
一騎が苦笑すると、総士はそっか、と言って悲しげに小さく表情を緩めた。
先輩に呼び出されて昼休みに行ったら言いがかりをつけられたこと、
あまり話を聞いてなかったのが災いして暴力を振るわれたこと、
これ以上はまずいと思った瞬間に僚が助けてくれたことをぽつぽつと一騎は総士に話した。
「大丈夫か?」
一騎が話している間は終始無言で聞いていた総士が、話し終わるとおもむろに口を開いた。
大丈夫、とすぐに言おうとした口からは言葉が何故か出なくて、
一騎が答えに詰まったのを見た総士は無理しなくていいから、と言った。
「…無理してるわけじゃない、けど」
会長が来てくれなかったら、ちょっと大丈夫じゃなかったかも、と一騎は返す。
「先輩もそう言ってた」
え?と驚いて一騎は総士を見ると、総士は困ったように笑う。
「何人か空き教室から走って出てくるのを見て気になって入ったらお前が倒れてたって」
総士はそこまで言うと一旦言葉を切ってこちらを見てきたので、今度は一騎が困ってもじもじと総士を見上げる。
「お前は何があったのか言わなかったけど、端から見てれば一目瞭然だった、って」
そう言って総士は再度目を細めるとゆっくりと手を伸ばし一騎の髪に指を絡ませる。
必死に取り繕ったと思った自分の作戦は最初から失敗していたのかと
一騎はなんだか恥ずかしいような気持ちになって少しだけ顔を赤くした。
「でも、本当に酷いことにならなくて良かった」
僚から話だけ聞いた時に総士はその上級生達を殴り倒したい気持ちに駆られて飛び出しそうになり、
僚に止められたのだと言う。
一騎の状態は見た目ほどは酷くなかったし、何より、本人が大事にしたくないと意思表示したのだから、
ここで他人が出ていったらもっと一騎本人に危険が及ぶのではないかと僚は言ったらしい。
「心配で仕方なかった」
総士は片手を自分の頭にあて髪を掴むと顔を歪ませた。
「ごめん」
思わず一騎は呟くと、総士は顔を上げてゆるゆると首を振る。
一騎は全然気にしなくていいから、と言った総士の顔は無理矢理笑ったように見えて一騎は少し困惑する。
ほんと、ごめんと一騎は小さく呟いた。
「僕こそ、ごめん」
突然総士が言い出したので一騎が驚いていると、心配だから一緒に帰ろうと彼は言った。
ここ最近はいつも一緒に帰ってるのに、と一騎は言いかけたが止めてにこ、と笑顔を作る。
そろそろ起きられるか?と聞かれたのでうん、と頷くと総士は一騎に微笑んだ。
呼ばれた声に一騎はうっすらと瞼を開ける。
急に眩しい光が入ってきて辺りは白くぼやけたが、目を凝らせばだんだんと形がはっきりしてきた。
「総士」
少し掠れた声で名前を呼べば、総士は微笑む。
どうやらあれから寝てしまったらしいとぼんやりする頭で一騎は思う。
今何時?と尋ねれば、3時と返ってきて、午後の授業を全部サボってしまったことに気づく。
知らずと困ったような表情になっていたらしく、見上げれば総士は、
先生には言ってあるから大丈夫だよと言った。
数時間前、僚とともに一騎は保健室に来た。
生憎保健医は留守にしていたのだが、僚はてきぱきと消毒の準備を始めて、
椅子に座った一騎はそれをぼんやり見つめる。
実は2年まで保健委員だったんだ、とちょっと照れくさそうに言った顔がなんだか印象的だった。
そして僚は一騎の取れかけた包帯をゆっくり外すと、取るよ、と
念を押して右目に当てられたガーゼに手をかけた。
ピリ、とテープの剥がれる音がしてガーゼが外される。
やっぱり、少し血が出てるねと僚は言った。
染みると思うけど我慢して、と言って消毒液に浸したガーゼを一騎の右目にそっと触れる。
ツン、と鼻をつく匂いと僅かに走る痛みに一騎は顔を歪めた。
やがて新しいガーゼが当てられ、その上から包帯を丁寧に巻かれると、
僚はこれでいいかな、と言って微笑みかけた。
「ありがとうございます」
と一騎が頭を下げると、少し横になっていった方がいいよと僚は言って一騎の背中に手を当てる。
一騎が立ち上がるのをそれとなく手伝うと、二人はベッドに向かった。
一騎がゆっくりと横になるのを確認すると、じゃあ後で皆城には来るように言っておくからと僚は微笑んで、
ぽふ、と布団に手を置く。
一騎が再度感謝の意を表すると、何も考えないで寝ろよ、と僚は言ってベッドサイドから離れた。
「気分は?」
総士が尋ねた。
数時間前に目の前がぐらぐらするほど悪かったのが嘘のように無くなって今はただ寝起きの感覚が体中を包んでいる。
今は平気、と短く一騎は答えると、総士はよかった、と言ってベッドサイドの椅子に座った。
「聞いたよ、会長から」
少し間をおいて、総士は静かに言うと一騎の目を見つめた。
なんとなく悲しそうな雰囲気の視線に一騎は一瞬言葉を失うが、うん、と小さく話し始めた。
「中学の時と同じでさ」
一騎が苦笑すると、総士はそっか、と言って悲しげに小さく表情を緩めた。
先輩に呼び出されて昼休みに行ったら言いがかりをつけられたこと、
あまり話を聞いてなかったのが災いして暴力を振るわれたこと、
これ以上はまずいと思った瞬間に僚が助けてくれたことをぽつぽつと一騎は総士に話した。
「大丈夫か?」
一騎が話している間は終始無言で聞いていた総士が、話し終わるとおもむろに口を開いた。
大丈夫、とすぐに言おうとした口からは言葉が何故か出なくて、
一騎が答えに詰まったのを見た総士は無理しなくていいから、と言った。
「…無理してるわけじゃない、けど」
会長が来てくれなかったら、ちょっと大丈夫じゃなかったかも、と一騎は返す。
「先輩もそう言ってた」
え?と驚いて一騎は総士を見ると、総士は困ったように笑う。
「何人か空き教室から走って出てくるのを見て気になって入ったらお前が倒れてたって」
総士はそこまで言うと一旦言葉を切ってこちらを見てきたので、今度は一騎が困ってもじもじと総士を見上げる。
「お前は何があったのか言わなかったけど、端から見てれば一目瞭然だった、って」
そう言って総士は再度目を細めるとゆっくりと手を伸ばし一騎の髪に指を絡ませる。
必死に取り繕ったと思った自分の作戦は最初から失敗していたのかと
一騎はなんだか恥ずかしいような気持ちになって少しだけ顔を赤くした。
「でも、本当に酷いことにならなくて良かった」
僚から話だけ聞いた時に総士はその上級生達を殴り倒したい気持ちに駆られて飛び出しそうになり、
僚に止められたのだと言う。
一騎の状態は見た目ほどは酷くなかったし、何より、本人が大事にしたくないと意思表示したのだから、
ここで他人が出ていったらもっと一騎本人に危険が及ぶのではないかと僚は言ったらしい。
「心配で仕方なかった」
総士は片手を自分の頭にあて髪を掴むと顔を歪ませた。
「ごめん」
思わず一騎は呟くと、総士は顔を上げてゆるゆると首を振る。
一騎は全然気にしなくていいから、と言った総士の顔は無理矢理笑ったように見えて一騎は少し困惑する。
ほんと、ごめんと一騎は小さく呟いた。
「僕こそ、ごめん」
突然総士が言い出したので一騎が驚いていると、心配だから一緒に帰ろうと彼は言った。
ここ最近はいつも一緒に帰ってるのに、と一騎は言いかけたが止めてにこ、と笑顔を作る。
そろそろ起きられるか?と聞かれたのでうん、と頷くと総士は一騎に微笑んだ。