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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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君と僕とあの夏の日と1
「どーしよっかなぁ・・・」

一騎はひとり、誰も居なくなった教室でぼんやりと窓の外を見ては溜息を吐いた。
そっと右手を顔の輪郭に沿わせると、真新しい包帯の感触。
数時間前から右目を覆うそれは、夏の気温と体温が伝わってなんだか生温い。
少々汗ばんだ包帯は事あるごとに違和感を感じさせて先刻から気になって仕方がなかった。
切れかけの麻酔で疼き出す痛みが余計に暑さを助長させる。
無傷の左目だけを動かして辺りを確認するも、
慣れない片目だけの視界に遠近感が狂って思わず目を閉じたくなってしまう。

「大会、このままじゃ危ないよなぁ」

今から数時間程前。

階段から落ちそうになった同学年の女子を助けようとして手を伸ばしたものの運悪く自分は下敷きになり、
彼女が運んでいた実験用のガラス製ビーカーの破片が右目に直撃した。
幸い眼球には傷が付かなかったものの、破片は右瞼を深く切り刻み出血量が半端なかった為、
一時辺りは騒然となってしまった。
右目を押さえたまま呆然と座り込んでいた一騎は、駆けつけた保険医に手を引かれ保健室へと連れてこられたものの、
傷が深すぎて完全な処置が出来ず、とりあえず応急処置だけ施して近くの大学病院へと行くはめになった。
そこで右瞼の縫合処置をしてもらったのだが、担当医師は抜糸までの日数を3週間程と一騎に告げた。
本来なら2週間もかからずに抜糸が出来るそうなのだが、真夏という季節のせいもあってか、
他の季節よりも治りが遅いらしい。
抜糸まで消毒に毎日来るかと言われたが断った。
それなら絶対に朝夕塗るのを忘れないように、と化膿止めを10本も渡されて学校に戻ったのがつい30分程前のこと。

「3週間後なんだよなぁ、大会」

高校に入ってから一騎が所属したのは男子バレーボール部。
前々から運動神経の良さで評判だった一騎は、入学と同時にひっきりなしに運動部の勧誘が教室前に並ぶほど
引く手あまたの状態だったのだが、バスケかサッカーだろうという大方の予想を裏切って
バレーボール部に入部することにした。
特に理由があった訳ではないのだが、バスケ部を見に行った隣で練習していたバレー部の部員が、
軽々とステップを踏んで鋭角のスパイクを次々に決めるのを目にし、自分もあんな風に飛んで打ってみたい、
そう思ったのがきっかけだった。
入部してからの一騎は一年生ながらめきめきと頭角をあらわし、夏前の地区予選では補欠出場出来るまでの実力をつけた。
ポジションはかねてからの希望だったレフト。
身長こそ先輩達には遠く及ばない一騎だったが、持ち前のジャンプ力で高さをカバーし、
部内での最高到達点をいつしかマークするようになった。
連日行われるスパイク練にも参加するようになり、アタックラインよりも内側に落とすことが出来る鋭角スパイクを
習得してからは、一年生といえど部内での注目は上がっていった。
そして夏前の大会に補欠で選ばれ、試合の流れを変えるためのピンチサーバーとしてその背番号が呼ばれた。
交代のために先輩と手を合わせた数秒間の緊張はこれから先も忘れないと思う。
何のために今自分が呼ばれたのか、自分がしなければならないことは何か、それを張り裂けそうな緊張と高揚の中、
審判から流れてきたボールを手に取り深呼吸をする。

見つけた

ネットの向こうに広がる相手コートを数秒間見つめ、守りが手薄になる箇所を弾き出す。
そこに狙いを定め、左手に持ったボールを一気に天井高く投げては間髪入れずにラインぎりぎりまでステップを踏んだ。
後ろに引いた右手が落ちてきたボールを捉えた瞬間、ありったけの力を込めて右斜め上から一直線に打ち落とす。
一騎は毎日朝練、昼練、放課後と欠かさず練習して習得した高速無回転のジャンピングサーブでサービスエースを取り、
連続サーブポイントを重ねると、流れは一気にこちらのペースとなり、そのまま第3セットまで取りきった。

真壁、夏の本戦出られるか?

と監督から聞かれたのがつい数日前のこと。
今のところは補欠で選手登録をしておくが、今後の練習次第ではスタメン切り替えもあるとのことで、
一騎はその日以降の練習にこれまで以上の力を注いでいた。

「今頃3メンしてるのかなぁ」

一騎はうだるような暑さの中、2階の教室から見える体育館の開け放たれたドアを見つめた。
ナイスカット、と大きな声がこちらまで聞こえてくる。
本当ならあの一本を上げるのは自分だった筈なのに、と今更ながらに悔しさがこみ上げてしまう。
別に自分の取った行動を後悔している訳ではない。
あの時自分が手を差し伸べなければ、彼女はもっと酷い怪我をしていただろうから。
けど、タイミングが悪すぎる。
せめて夏の本戦が終わってから怪我してくれよ、と一騎は心底自分の運の悪さを呪っていた。

「・・・一騎?」

突如聞こえた声に驚いて一騎はその声のした方へ顔を向ける。

「そーし」

すると、何やら書類を沢山抱えた総士が廊下からこちらを伺っていた。

「お前、怪我・・・したのか?」

総士は律儀に左右を確認すると、そっと教室内に入ってくる。
うん、ちょっとね、と一騎は浮かない顔で答えると総士が座れるように隣の椅子を引いた。

「部活、見学しなくてもいいのか?」

書類を綺麗に机の上に整理し終えた総士が尋ねてくる。
一騎はもう一度右目の包帯にそっと触ると深く溜息を吐いた。

「今日は、無理かも。気分的に」

告げた声が余りにも弱々しくて一騎は慌てて隣を見ると、総士は少し顔をしかめて、でもすぐに笑う。

「じゃあ、一緒に帰らないか?」

「え?」

だって、お前今日は何もないんだろ?と言われる。
悔しいけど、勝手に落ち込んでるだけで特に用事が何もなかったのは事実なので、いいよ、とだけ答えた。

「じゃあ、10分後に校門前で」

総士はそう言うと、机の書類を持ちやすいように積み上げ始める。
なんだか一人では心許なさそうだったので、無言で近くにあった書類を邪魔にならないように一緒に積んだ。

「一緒に帰るのなんて、いつぶりだろうな」

椅子から立ち上がりかけた総士はそう言ってふんわり笑う。
そういえば高校に入学してからは帰るどころか顔すらろくに合わせたことが無かったかもしれない。
総士は一騎の唯一の幼なじみだった。
幼少の頃は毎日遊び、小中学校も同じクラスだったが、高校に入って初めて違うクラスになった。
別に取り立てて仲が悪くなった訳でもなかったのだが、入学式から夏前までバタバタと新入生として
学校に馴染もうと必死になっていた余り、違うクラスで部活にも入っていない彼とは会う機会が殆ど無くなっていた。

「3週間、暇なんだ」

気がついたらなぜか期限付きで変なことを口走っていた。
発してから数秒経ってふと気付く。
また訳わかんないこと言っちゃったかな、と一騎がおそるおそる総士を見ると、

「じゃあ、付き合うよ」

と彼は微笑んだ。
なんだかその笑顔は昔から変わらないお兄ちゃん気質のそれで、
何となく乾いていた心に水が染み渡っていくような感覚がする。
生徒会は今の時期忙しくなかったっけ、とか色んなことが頭を掠めたけれど、
この暑さのせいでどこかへ溶けて消えてしまったようだった。

「ありがと」

ちょっと気恥ずかしくなって言ったはいいが一騎は俯いてしまう。
じゃあ、今から10分後な、と言って彼は足早に教室を去っていった。
ふ、と空気が少し動いてそこから風が起こる。
ここからは見えない廊下に真新しい革靴の音が木霊していく。

「たまには、いいかも」

いつしか周りに紛れて薄れてしまった幼なじみという近かったはずの距離をまた再確認するような感覚。
ちょっとむず痒いようなそれでいて微笑ましいような懐かしさがこみ上げて、
一騎は時計を確認すると鞄を持って教室を後にした。

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パラダイスロスト6 end
scene:25

総士は渾身の力を込めてマークエルフをニヒトへと体当たりさせる。
瞬間、ザインとの間に出来た少しの空間に右足を割り込ませ機体を反転させると、
両腕でニヒトを抱え込んで動作を封じた。
即座にエルフのフェンリル作動キーの入力を終了させる。
総士は呟いた。

「終わりだ、ニヒト」

次の瞬間、けたたましい音を上げながら爆発した。





scene:26

「あ・・・」

目を開けると、真上には真っ青な空が広がっている。
身体はどこかに浮かんでいるかのように重力が感じられなくて、死んでしまったのか、とぼんやり思考を巡らす。
僅かに視界の隅に見えた物体がファフナーを構成していたものだと理解するまでに数秒かかった。

「脱出、できた・・・のか」

総士はぼんやりする頭で思った。

一騎は??

そう思い、辺りを見回す。
爆風に生身で曝された後の身体からは動く度に悲鳴が上がったが、今はそれどころではなかった。

そこかしこに浮かぶファフナーの残骸を掻き分ける。

やがて、その間に漂う身体が見えた。

「一騎!!」

総士は必死に泳いで一騎の元に辿り着くと、その身体を引き寄せる。
左胸に耳を寄せると、少し微弱ではあったが確かに鼓動が聞こえ安心した。
生きていた、彼も、自分も。俄かには信じられない事実だったけど、確かに存在する身体がそれを証明している。

「・・・っぁ」

「一騎、気がついたか?」

腕の中の一騎の意識が戻る。
しばらく焦点が定まらず宙を泳いだ目が総士をとらえた。

「そ・・・し?」

総士は泣きそうになるのを堪えながら笑う。

「本当に、良かった」

総士は一騎の負担にならないように抱き締める。

「護れたって言うには・・・ちょっと僕達ぼろぼろすぎるけど」

「っていうかごめん、これは僕のせいだ」

そう言って、一騎の赤く染まった両目を見つめた。
なぜか、以前のような嫌悪感がその赤に生じる事は無い。

「おれ・・・ぃきて、る、の?」

苦しそうな一騎が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「生きてるよ、君も、僕も」

実はフェンリル作動の瞬間、脱出キーを入力した。外部動作が可能になっているならザインも入力出来る筈だと、
半ば賭けのような気持ちでエルフの入力をザインへも転送させた。
うまく行くかなんて考えたくなかった、3秒しかなかった。

「神様も、ちょっとはいい奴だったんだな」

絶対に頼るものか、と思っていた神様に、気付いたら祈っていた。
一騎だけは、とそう思ったのは確かなんだけれど、ついでに自分まで助けてくれたらしい。

総士は知らず笑顔になった。

「もうすぐ、救援の船が来る、苦しいだろ?眠っていた方がいいよ」

ん、と微かに返事をして一騎は意識を手放してしまった。
その顔を見つめて総士は言う。

「もうこんな事出来るって思わなかったんだけど、救出成功ってことで・・・いいよね?」

そう言って、総士は一騎に口付けた。






scene:27

何も考えられなかった、身体は全然動かなかったし、どんどん自分が無くなって、
もうすぐ、彼らと同じモノになってしまうんだろう、

そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。

もう、会えないんだなって。何も言えなかった事がすごく悔しかったけど、
言えなくて、良かったのかもしれない。

彼に、忘れてもらうためには。

止められなかった、だから、得体の知れない怪物になった俺を殺してほしかった。
その時に迷いが無いように、「友達」なんかじゃ無いように。

でもせめて苦しくないように心臓を一突きで殺してほしいなんて、最後のわがままを、そっと願った。

「   」

声が、聞こえた気がした。
なんだか暖かいような気持ちになって、まるで誰かに抱き締めてもらっているようだと思った。

「・・・ぁ」

目の前が急に明るくなる。
差し込む光が眩し過ぎて頭がくらくらする。

「一騎」

徐々に明瞭になる視界が捉えたのは、もう会えないと思った彼だった。






scene:28

「一騎、気分はどう?」

一騎が彼をその視界にしっかり捉えるまで動かなかった総士は、一騎と視線が合うと、穏やかに微笑んだ。
一騎はまだ頭がぼんやりして身体の感覚も全く無かったが、
目の前の総士も他人の心配を暢気にしていられる程健康そうには見えない。
額に巻かれた包帯、制服で隠れてはいるが首と手首に見える包帯も見るに耐えない程痛々しい。

「そ、し・・・こそ」

長らく眠っていたせいか声が掠れて思ったように言葉が出なかったが、
それでも彼はこちらの言いたい事を察して一騎ほどじゃないから大丈夫、と言った。

その大丈夫が、大丈夫じゃないから心配なんだ

と言いたい所だが、生憎そんなに長く話せる程息が続きそうにもない。
咎めるような目線を気付かない振りして総士は一騎の肩をぽん、と叩く。

「ずっと、守れなくてごめんって思ってた」

一騎が目を見開くと総士は、だから、約束、と言う。

「島中のケーキ、買ってきたよ」

彼が指さしたベッドサイドのテーブルには、色とりどりのケーキが所狭しと並んでいた。

「チョコは、ちゃんと抜いたよ」

総士は笑う。だから、

「針千本は、許してくれないかな?」

覚えてて、くれた。

一騎は信じられない思いで総士を見た。
総士は、ちょっとバツが悪そうな顔をしてこちらを伺っている。
一騎は涙を浮かべながら笑って、そして言った。

「お目覚めのキスは?」

わかったよ、お姫様。

そう呟いて総士は一騎の上に覆い被さると、軽く触れるだけのキスをする。
もっと長いのしてほしかったら、早く元気になれよ、と言って総士は一騎の頬を撫でた。


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パラダイスロスト5
scene:19

「アルヴィスの全ての隔壁を遮断して下さい、今すぐ」

総士は走りながら真壁司令に伝える。我ながら今までで一番余裕の無い声だ、なんて思う。
目の前が急に真っ暗になって、そして真っ白に変わるような。
数日前の、自分が何も知らなかった頃に見せた彼の笑顔がフラッシュバックする。
エラーの発生は偶然じゃなく必然だったのではないかと根拠も無いのに自分に問いかける。
なんとなく、全てが間に合えば、全てはまたやり直せるような気がしていた。

真壁司令の声が響く。
ファフナーは初期起動がかからないよう外部からOSを書き換え動作をロックさせた。
もうすぐ隔壁も全て遮断されるだろう。

でも、一番消えて欲しい嫌な胸騒ぎは徐々に存在を大きくしていく。
外れていてほしい思いが確信に変わっていく気がする。

総士が格納庫に到着する寸前、館内放送の声が響いた。




「第3隔壁、突破されます!」




外部ロックされたファフナーが動いただと?
総士は信じられない気持ちでドアロックにIDカードを通す。
間もなく、機体の照合が確認される筈だ。たぶんそれはあの、白い機体に違いない。





「機体の照合確認」






聞きたくない。
総士はドアが開かれると目の前にあってほしい筈のファフナーを見上げることが出来なかった。





「マーク、ザインです」






告げられた声に総士は愕然として顔を上げる。
そこにある筈の白い機体の場所はぽっかりと開いていた。

「そ・・・んな」

総士はガタ、と膝をつく。

「お前は、二度も、僕の前からいなくなってしまうのか?」

総士は涙を堪えながら呟いた。





「間に、合えよっ・・・!!」


今にも振り切れそうな数値を視界の隅に確認しながら一騎はどんどん加速して海上を飛行する。

なるべく、離れるんだ。

その両目は金色に光っていた。





scene:20

1年振り、だ。

総士はシートに身を沈めると未だ整理のつかない頭で思った。
本当なら自分が乗る筈の機体、本当なら自分が今も戦っている筈で、
本当ならあの一騎には、会っていなかったのかもしれない。

彼を兵器に変え、そして裏切らせたのは僕なんだろうか。

「・・・っ痛」

1年振りの接続は、忘れていた痛みを思い出させる。
同時に、この痛みを1年間も彼に押し付けていたのかと。何でもないよ、と笑っていたけど。

あの笑顔は、取り戻せるのかな。

「君を、必ず、止める」

総士は初期起動のかかった機体と意識をリンクさせる。すぐに機体は本格的に起動し、総士は両手に力を込めた。

「僕が、止める」

マークエルフは、発進シークエンスへと移行した。





scene:21

「来るなって!!」

一騎は力の限り叫ぶ。
次々と遅い来る攻撃を尋常でない早さで全て無効化しながら目の前を強く睨みつけた。

演算式を転送しては爆破させる、いくらそれをしても一向に減る気配を見せないフェストゥム。

一騎は両手を思いっきり握りしめると、アームから放たれたエネルギー砲が広範囲のフェストゥムを一気に消滅させる。

「邪魔、すんなよっ!」

徐々にフェストゥムはマークザインとの距離を近づけ始める。こうなったら6射全部使って消すしかないな、と思った瞬間。

「・・・っぁ」

急に、一騎は頭の中が真っ白になった。マークザインの動きも止まる。
その一瞬を狙って、フェストゥムが一斉に攻撃を仕掛け出した。

マークザインの四肢を拘束し、動作を封じると、コックピット付近に攻撃が及ぶ。
ぐるぐると周囲を回っていたそれが、僅かな隙間を発見し、内部へと侵入を果たすと、瞬時に一騎の全身を拘束した。

「く・・・そっ」

声がする。
頭の中に複数の思考が入り乱れる。気管が押さえつけられて呼吸もままならない。

だめだ、どんどん意識が遠くなる。

「ひさしぶり」

耳元で声がして、一騎は目を開ける。
そこには金色の人型をした物体が、みるみるうちに人間の青年の形へと変化した。
青年はにぃ、と笑って苦しそうな一騎に近付くとその唇を強引に奪う。

「んっ・・・あ・・・ぁ」

ただでさえ酸欠状態の一騎は息苦しさに喘ぐ。
しかし、全身が拘束されているため抵抗も出来ず、やっと唇が解放された頃には、両目は焦点を合わすことすら出来なかった。

「迎えに、来たよ」

青年は笑うと、だらりと垂れた一騎の顔を無理矢理上げ、再度その唇を吸った。





scene:22

「何だよ、あれ」

マークエルフ越しに見えた光景に総士は思わず息を飲んだ。

四肢を拘束され身動きが取れなくなったマークザインに絡み付くように被さる黒いファフナー。

「あれに乗っているのは、誰だ?」

明らかに竜宮島のものではないUNKNOWNの機体に照合をかける。
「マークニヒト」と程なくしてモニターに映し出された。するとその時、

「君ひとりで僕を倒せると思ってんの?」

と強制的に通信回線を開かれた。

「おまえ・・・」

そこに映し出されたのは、全身を拘束された一騎と、見慣れない青年の姿だった。
こいつは、危険だと頭の中で声が鳴り響く。
たぶん今まで出会った敵の中で一番凶悪な部類に入るのだろうと。
接続した両手に知らず知らずと力が入る、こめかみには嫌な汗が伝って落ちる。
一騎すら敵わない相手に僕で太刀打ち出来るのだろうかと、至極真っ当で消極的な思考に支配される。

「早くしないと、この子、僕らが貰っちゃうよぉ」

そう言って青年はぐったりとした一騎の唇を舐めた。




scene:23

「くそっ・・・!!」

いくら仕掛けてもかわされる攻撃に総士は憤りを感じる。
照合をかけた時点ではじき出したニヒトはノートゥングモデル、つまりエルフと変わらない。
なのにこちらの動きを読まれているかのように攻撃は悉くかわされる。

「・・・ゃ・・・あぁ、ゃめ」

開かれたままの回線からは一騎の苦しそうな声が聞こえてくる。
総士はぎり、と歯を食いしばると目の前の黒いファフナーを見つめた。

「個体を作ったことが間違いだったんだ」

不意に青年が言った。

「な・・・にを?」

総士には意味が解らなくて尋ね返す。

「君達に利用されるフリをして、最終的に僕達は集合体として同化し、あの島を消す筈だったのに」

総士は目を見開く。

「この個体は集合体の意思に同調せず、しかも反抗し、僕達を殺していった」

「失敗作だよ」

総士は驚愕した。
一騎がマークザインと共に竜宮島を離れたのは、フェストゥムと同化し、島を襲うためだとばかり思っていた。
けれど彼は違ったのだ。
なるべく離れようと。
島を、護るために。

「なかなか意識が消えなくて困っているんだ」

青年は続ける。

「一体どんな教育をしてくれたわけ?人間は」

その時、エルフにアルヴィスからの回線が繋がった。

「皆城君」

「真壁・・・司令」

「こちらの準備は整った」

真壁司令は告げる。

「ニヒトは『否定』、ザインは『存在』だ。けれど否定は存在の概念を前提としなければそれ自体の存在は成し得ない。
ニヒトを消滅させるには」

「と、いうことは・・・」

総士は恐る恐る司令に尋ねる。
司令は表情を変えずに言った。

「ザインごと消しなさい。フェンリルの外部動作が可能となるよう元々ザインのロックは解除してある」

真壁司令は続けた。

「一騎ごと、消しなさい、皆城君」




scene:23

「あの日一騎は」



いつものように公園で遊んで、家の前まで送って、別れて。
でもその日はなぜか、
ばいばい
その一言が酷く怖く思えて、聞こえた瞬間振り返った。

けど、彼はそこにはいなかった。
家に入ったのだろうと、そう納得させて自分も足早に家を目指したあの夕暮れ。

そ・・・うだ。

翌日、一騎の家に迎えに行ったら、彼の父は酷く慌てて、

一騎がいなくなった

そう言っていた。
島中総出で一騎を探し、やっと見つかったのはその日の夕方。
海岸に倒れていたのだ、と誰かに聞いた。
みんなでほっと安心したのも束の間、一騎の意識は一向に戻る気配を見せなかった。
目覚めたくないほど嫌な事があの間にあったのかと皆で心配し、精密検査を行うことになった。

そして、驚愕の事実が知らされることとなる。

一騎の身体を構成する殆どの物質が、フェストゥムと同質であるという事実

一騎の意識がフェストゥムの集合意識に呼応しようとしているのを無意識に自我が抑えているために
葛藤が生じ、意識が戻らないのではないかという推測が立った。

フェストゥムの集合意識から隔離し、一騎自身を早く目覚めさせなければ、との結論に至ったが、
当時の島にそんな都合の良い方法は存在などしていなかった。

「最後の被検体として、彼を私達に委ねてくれるのでしたら、彼をフェストゥムから隔離し、
自我を最大限保護すると約束します」

黒い制服に身を包んだ集団の誰かがそう言った。

皆、困惑した。
それは今後凍結される事が決定したプロジェクト推進メンバーの意見であったからだ。
しかし、幼い一騎がフェストゥムに浸食され同化し消滅してしまう事を哀れんだ総士の父親は、
お願いします、と彼らに頭を下げた。

そこで、一騎の運命は決まってしまった。

自我は保たれた。
しかしそれは兵器として完成するまでの間、ということ。
15歳になり、次第に兵器として完成して行く課程で自我は少しずつ消されて行った。

「兵器は、島にとって必要不可欠でしょう」

大人達はそれを交換条件にしてしまったのだ。

ファフナーに乗り前線で敵と戦う、そんな島の犠牲になるのは自分だと思って生きてきたのに、
その役目は一騎が請け負うことになってしまった。
彼が眠っている間に。

数日が過ぎ、一騎の移される胎槽の準備が整った。

「個体番号TISP-06ZF」

防護服に身を包んだ者がそう言い、一騎の右手の甲に06というナンバリングを施した。
完全製造体ではない特殊個体だから、区別するために任意の文字列を刻印するのだと誰かが言った。
任意なのだから刻印したい文字列があれば教えてほしいとも。
その場にいる誰もが答えられなかった。

「Kylieにしてください」

総士はそう答えていた。

君を戦わせない、
君の笑顔がもう一度見たい、
そう願う僕の「祈り」として。




scene:24

「おもい・・・だした」

総士はフェンリルの作動開始キーを入力しようとしていた手を止める。

君だったんだ

あの日、一騎を亡くした僕が切り離して作り上げた記憶に付き合わせた。
総士の両目から涙が溢れる。

「僕を、許さないでいいよ」

君はずっと僕に呼びかけてくれていたのに、
僕はずっとそれに気付かない振りをしていたんだ。

「皆城君、一騎の生命反応が弱くなってきている、このままではフェストゥムにまもなく同化するだろう。
その前に、早く」

焦る真壁司令の声が聞こえる。
総士はきっ、と前を見据えると言った。

「嫌です。一騎は僕の『祈り』なんだ!!」

僕に、力を、貸して。

「今度こそ、君は、僕が、護る」

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パラダイスロスト4
scene:14

一騎は次々と迫り来るフェストゥムの攻撃をかわしながらその懐にファフナーを割り込ませると、
渾身の力で変形させたアームを突き刺す。
なんともいえない鈍い感覚がリンクシステムを通じて伝わり、更に力を込めればぷつ、と
その命を確実に絶った音が聞こえるような気がした。

「何も、聞こえないよ」

俯いたまま呟く。

殺すことに躊躇していた自分、殺してしまった命に対してどうしようもない罪悪感に駆られていた自分、楽園の定義。

全てが現実感のない靄のかかったどこか遠くへ置き去りにしてきてしまったような、奇妙な感覚。

絶えず戦闘時に聞こえていた声さえ、もう聞こえているのかわからなかった。

「俺は、もうすぐ消えちゃうんだ、総士」

日に日に狭まっていく思考、気づかない訳ではなかった。心の中でどんどん何も感じない部分が大きくなる。
毎日、話すのが楽しかった、困らせてばっかりだったけど。困った顔とか、しょうがないなって笑う顔を見るのが好きで。
そんな顔をする総士が好きで、

真壁一騎が羨ましいと、そう思った。

「5分以内に倒したよ、総士」

あれから、戦闘中にジークフリードシステムからのクロッシングは拒絶したままだ。
向こうからこちらに強制的に接続もしてはこない。

「ケーキ、食べたいよ」

泣きそうな声で、一騎は言った。





scene:15

戦闘後、メディカルルームでチェックを受けていた一騎は抗体注射を持ってきた遠見に言った。

「注射、今日はいいです」

そう言ってベッドから起き上がる。遠見は慌てて注射器をサイドテーブルに置くと、一騎に尋ねた。

「何を言ってるの?横になりなさい」

一騎は俯いたまま、遠見の言うことを聞こうとしない。遠見は一騎の肩を掴むと、その顔を覗きこんだ。

「解っているとは思うけど、あなたはこれがなければ動けないのよ」

別に、このままずっと注射を受けずに逃げてしまおうとかそんな気持ちがあるわけではない。
ただ、総士に伝えなきゃいけない、と思っていた。
今日、注射を受けたらもう解らなくなってしまうかもしれない。
まだ俺が、俺でいられるうちにどうしても伝えたかったのだ。

「でも、ごめんなさい」

そう言って一騎は遠見の手を振り払うと立ち上がり駆け出す。
丁度、そこに一騎の様子を見にメディカルルームへと総士が入ってきた。
俯いていたままだったので思わずぶつかってしまう。

「ご、めん・・・総士」

そこへ遠見がほっとしたように声を出した。

「よかった皆城君、一騎君が注射をしたくないって今」

総士は受け止めた一騎を見る。

「一騎?」

一騎は俯いたまま呟いた。

「話が、あるんだ」

総士は一騎の頭にぽんと手を置く。

「それなら、注射を受けてからでいいだろう?時間はいっぱいあるんだ」

「ちがっ・・・総士、今じゃなきゃだめなんだ」。

「一騎、先生の言うことを聞こう?」

総士は一騎をなだめるようににっこりと微笑むと確認するように言った。

「いいね?」

その言葉に、一騎は力なく床にへたり込む。一騎は必死に溢れそうになる涙をこらえた。
俺じゃ、だめなのか、俺だから、だめなのか。

真壁一騎じゃ、ない、から。

それきり動かない一騎を総士は抱き上げると、ベッドへと連れて行き、静かに横たえた。
涙を流す一騎に怖くないよ、と囁いて総士はその髪を梳く手を止めない。

やがて首筋に宛てがわれた冷たい注射器の感触がして、刹那、痛みが走ったかと思うと
一騎の意識は深い闇へと沈んでいった。





scene:16

総士は足早にメディカルルームを出ると、アルヴィス内に宛てがわれた自分の部屋へと戻ろうとする。

何もかも、解んないよ。

両手が白くなるほどに強く握りしめていた。

「何も、聞きたくなかったんだ」

記憶の中の一騎の顔をした、記憶の中の一騎じゃない誰かなんて。
誰か、じゃない、兵器なのかもしれない。

何かを伝えたそうにしていたのを無理矢理遮った。
君が何なのか解らなくて、どうしてそんな君が僕に今言いたいことがあるのかも解らなくて、
どうして同じ顔をしているのかとか、本当は一騎なんじゃないかとか、
全部、解らなかった。

記憶の中の一騎じゃないなら、消えればいい。
そう思った。
消えないなら、君は、一騎だ、と消去法を選択した卑怯な僕。
消えてしまうなら、今の君は、僕を好きになんてならないで。
だって僕は、君の事を好きじゃないかもしれない。
その感情が、
それすら予めプログラムされたものじゃないって誰が言い切れる。

「泣かないでよ」

そんな顔されたら、ますます僕は君が誰だか解らなくなる。





scene:17

「これもダメか」

総士は何度目になるかわからないパスワードの入力の後、REFUSEと浮かび上がった文字列に、
今日何度目になるかわからない溜息を漏らした。

朝からずっと降り続く酷い雨。

今日は連日続いたフェストゥムの来襲が珍しく無かったので、総士はその大半を自室で過ごしていた。

10年前まで継続されていた対フェストゥム用人型兵器の製造計画、現在は凍結されている筈だがその計画と
経過は今でもどこかに保管されているであろうと、総士はアルヴィスシステムのあらゆる箇所にハッキングを試みた。

最終アクセス日時がちょうど10年前から更新されることのなかったファイルの存在は確認するに至ったのだが、
関係しそうなパスワードを弾き出していくつ入力しようともそれが開かれることは無かった。

計画を遂行していた部署は、真壁司令の前の司令の代までしか稼働していない。
真壁司令に変わってから、計画は非人道的すぎるとの見解からストップされ、解体された。
一騎という完成体が出来上がったからかもしれないが。

ちょうどそこへ緊急の連絡を知らせるコールが部屋に響く。

「真壁・・・司令」

着信は真壁司令からのものだった。
総士は慌てて画面を繋ぐ。

「はい」

「皆城君、そこに一騎はいないか?」

そういえば今日は一騎の部屋にも行っていなかった。
何か、あったのだろうか。

「いえ、何か」

真壁司令は真剣な顔で言った。

「一騎が、いないんだ」

「え?」

総士はすぐに画面をセンサーモードに切り替える。
一騎はアルヴィス内で行動範囲を制限されていたが、もしもの時を考えて左耳の裏にGPSセンサーを装着されていた。
施設内の重要機密に近づけないように、近づいたら警告が鳴るように設定されていた。

画面はGPSを察知して一騎の居場所を割り出していく。一騎の存在を示す緑色の光を探す。
自室と指令室、総士の部屋までの廊下には見当たらない。
勿論、施設内の重要機密付近でのセンサーの反応も示さない。
だとすればGPSの感知できない場所。
でも、アルヴィス内はたとえ高速で移動してもGPSは作動する筈だ。

「壊した・・・のか?」

総士の呟きに真壁司令はやはり反応しないか、と返す。

「プログラムの、暴走ですか?」

総士は、あってほしくない、そんな気持ちを抱えながら司令に尋ねる。

「エラーの発生確率は・・・0.1%を切っていたんだ、それが、今更」

じゃあ、一騎は。
あっけなく返ってきた答えに自分の中の何かが壊れていくようなそんな音がした、気がする。
でも今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。

プログラムの暴走

それは、たぶん、フェストゥムの集合意識に呼応したという事だ。
それならば、フェストゥムに同化を試みるはず。マークザインを使って。

「マークザインを発進シークエンスに移行させないようロックをかけて、なるべく早くOSを書き換えてください」

総士は真壁司令に言う。

「僕は、確認に行ってきます」

総士は通信を切ると、自室を飛び出した。





scene:18

「何で、だよっ!!」

一騎はシステムに両手を差し込み接続を試みる。
しかし、初期起動すらかかっていないファフナーは一向に動く気配を見せなかった。

来る。
アイツらが。

一騎はメディカルルームで覚醒を待っていた時、不意に頭の中に直接意識が割り込んできた。
自分のものではない、誰かの。

止め、なきゃ。

一騎の中のある部分が、そう、警告を発した。

だから此処で、捕まるわけにはいかないんだ。

耳の後ろに装着された小型の機械を壊そうとした時、一瞬、総士の顔が浮かぶ。
爪を引っ掛けた所で手が止まった。

ごめん。

届くはずも無いのに一人呟いて、刹那、機械は粉々に砕け散った。

「おねがい・・・うごいて」

危険だ、と警告する自分が居る。
けれど、壊される前に。
目を閉じると一騎はすっ、と意識を霧散させた。

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パラダイスロスト3
scene:10

「どこへ行くの」

「君は知らないでいいよ」

そんなやりとりを続けて一時間半、
僕の視界はぼやけてしまって案外君が綺麗に見えたことが印象的。
本当は還る場所があるから強気で保っていられる事は秘密にしてしまった。
生きる意味といっていいほど信じていた神様が脆くも崩れ去り、僕は急に独りぼっちになってしまったような気がして。
つい君には素っ気無い態度を取ってしまってごめんね。
君はとっても綺麗で、綺麗すぎて僕には涙がとめどなく溢れてしまうから。

時間が必要だ。

そうかもしれない。でも生き急ぐ僕を許してほしい。
この痛みは、たぶん正気を保っていられる限界。
この痛みが無くなる前に君の処へ還ってこれたら僕を誉めてくれるだろうか。

神様はいない。

それと君だけがこの世界の真実。

「トランキライザー、だったのかもしれない」

総士は自嘲気味に微笑むと、ベッドサイドに置かれた写真立てを倒して自室を出た。





scene:11

「一騎、おはよう」

いつものように一騎の部屋へ彼を起こしに来ると、案の定、布団にすっぽりとくるまった一騎がベッドの上で寝息を立てていた。
この瞬間だけは、いつも張り詰めている空気がふわっと和むような気がして、総士は思わず笑みを浮かべる。
真っ暗な朝が来ればいいとずっと願っていた僕がバカバカしくなるくらいに。

「一騎、もう朝だよ、起きて」

悪いな、と思いつつ布団を一気にはぎ取ると、眠そうな顔が覗く。

「・・・ねむい」

カーテンを開ければ、朝日が部屋に差し込んで一騎の顔を照らす。太陽光が赤い目に反射して綺麗に輝く。
この時だけは、この目が素直に美しいとそう思える位まだ正常な感覚が残っているのだとほんの少し安堵する自分がいる。

「ま・・ぶし」

総士はベッドサイドに置かれた体温計を取ると、まだぼんやりとしている一騎の耳にあてる。
やがて、ピと音がして体温が表示された。

「平熱、か」

総士が体温計を元に戻すと、一騎はぱちぱちと瞬きをする。そしてこちらを向いた。

「おはよ、総士」

総士は笑顔を向ける。

「よく、眠れた?」

「うん」

「そっか」

総士はベッドサイドの椅子に腰掛けると一騎の右手の甲に見慣れないものを見つけた。
それはまるでタトゥーのような、大きな数字と文字列。その手を持ち上げる。

06と大きく刻印された黒い数字の下に、Kylieと小さく文字列が配置されていた。

これは、禁忌とされた実験体のナンバリングではなかったか。総士は必死に思考を巡らす。

それは、総士が生まれた時に開始されたプロジェクトなのだと後に聞かされた。
総士の遺伝子がフェストゥムとの適合性に突出した数値を記録したために、
総士の遺伝子を培養し、来るべきフェストゥムとの対話に備えた特殊進化型の人型兵器を作るのだと。
プロトタイプ00から開始されたその個体の創製は、
相次ぐ遺伝子の暴走によって05個体で中止されたとされていた。

じゃあ今、一騎の右手に刻印されている数字は何だ。
06
06個体まで作られていたということなのか。
自発思考を可能にした個体の創製に成功したと。

しかし、一騎は5歳までアルヴィスではなく、真壁司令の家で暮らしていた筈だ。
その当時、毎日のように僕達は遊んでいたではないか。

その一騎が06個体である筈がない、のに。

信じられ・・・ない。

目の前の一騎が、何者なのか。

「気づいちゃったんだね」

右手を凝視したまま動かない総士を見て、一騎は言った。

「気づいた、って。何・・・を?」

総士は顔を上げずに答える。
顔を上げる勇気がなかった。

「俺が、何者なのか」

諦めたように呟く一騎の声を聞いていたくなかった。
だって、お前は・・・俺の。

「友達・・・だよな?」

総士は恐る恐る聞いた。

「うれしかったよ」

一騎は握りしめたままの総士の手に左手を重ねる。

「え?」

総士は初めて顔を上げて一騎を見た。

「友達だって、言ってくれて」

思ったよりも至近距離にあった一騎の両目からはとめどなく涙が溢れ出していた。
抱き締めたい、いつもならすぐにそう思えるのに、今日は身体が震えてそれが出来そうになかった。





scene:12

「総士、無理、しないで」

フェストゥムとの交戦中、一騎の乗るマークザインから通信が入った。今まで聞いた事のない労わるような声。
総士が何も答えられずにいると一騎はふっと笑う。

「まだ、整理なんてつかない、よね」

一騎はそう言うと、強制的にクロッシングを解除した。脳内からずるっと何かが抜け落ちるような感覚。
ぽっかりと空いたその空間に悲しいようなでも安堵のような複雑な感情が渦巻いて流れ込む。

「かず・・・き」

ジークフリードシステムなしにマークザインは動作が出来るのか、ならば活動限界は、等といった思考は
どこかに追いやられてしまったかのように総士は一方的に切られたクロッシングをもう一度繋げることが出来なかった。

目の前では、いつもと変わらない流れるような動きでフェストゥムを撃破するマークザインの姿が見える。

それはとても美しくて、そしてなぜかそれはとても遠くに感じた。





scene:13

泣いている子供がいた。
年は自分と同じくらいだろうか、近づいてみると、彼は顔を上げた。

「なんで、泣いてるの?」

両目から涙を流したままの子供は答える。

「誰も一緒に遊んでくれないんだ」

しゃがみ込んで彼の涙を親指で拭う。

「僕が一緒に遊んであげるよ」

彼は眼を見開く。

「本当?」

出来るだけ警戒心を与えないように笑って答える。

「うん、今日から、一緒に遊ぼう」

そういえば、

「君の、名前は?」

彼は笑って言った。

「かずき・・・まかべ、かずき」

総士は彼の手を取ると、つられて笑った。



あれは、あの記憶は、僕の、記憶?
そうだ、だってあれからずっと僕達は一緒に遊んでいたじゃないか。
毎日、一騎の家まで迎えに行くと、真壁司令が出てきて、その後ろから恐る恐るこちらを伺っていたのは、まぎれもなく一騎で。
一騎をよろしく、と送り出されて繋いだあの手は、昨日ベッドで握ったあの手だった。

でもあの手には、人造体である証明の刻印がなされていて、
「気づいちゃったんだね」
と一騎は寂しそうな顔で言った。

一騎は、どっちの一騎が本当の一騎なんだ?
昨日いた一騎は、認めたくないけど、人造体の製造個体番号が刻印された、一騎の顔をした、兵器で、
記憶の中の一騎は、泣き虫ででもよく笑って僕の手を握った人間の一騎。

たとえば一騎が兵器だったとして、なぜ僕と記憶の共有が出来ている?
人造体であるなら、15歳になるまでは胎漕の中で管理され、戦闘に必要な知識しか移植されない筈。
だから、僕と5歳の頃から会っている筈なんてない。

それに、一騎の手に刻印されていたKylieの文字列。直訳すれば「祈り」だ。
初の成功した個体だから、数列だけでない個別の文字列が与えられたのかもしれない。
しかし、破壊のためだけに作られたものに「祈り」など。一騎の存在が島の祈り、なのか?
彼が壊れるまでフェストゥムを倒し続ける上に成立する楽園の。

何もかも、解らない。
考えても出口のない迷路にはまり込むようにずぶずぶと思考が埋もれていく感覚。

今は目の前の戦闘に集中しなくては。

総士は思い直してマークザイン以外の機体に指示を送る。

もう一度、あの機体にクロッシングすることが出来るだろうか。
一騎を、信じられるだろうか。

「フェストゥム、第二隔壁突破、アルヴィス内部への侵攻を開始します」

突如響いた声に我に返るが、生憎指示を出してもアルヴィスへの第一次侵攻はくい止められそうにない。
これは第三隔壁から先を切り離してフェストゥムもろとも爆破させるしかない、
とキーを入力しようとしたところでフェストゥムの動きが封じられ、その後撃破されたとの一報がシステム内に届く。

急いでモニターを第二隔壁へと繋ぐと、跡形もなく消失したであろうフェストゥムを貫いた腕を元の形へと
変形させるマークザインの姿が映った。

「一騎・・・」

途端、回線が強制的に開かれる。
マークザインのコックピット内、一騎は俯いているようだった。

「総士は、俺が、護るよ」

微かに声が聞こえたかと思った瞬間、回線は通信不能になり、
総士は慌てて第二隔壁にいるマークザインのパイロットを確保するように、と医療班に回線を繋いだ。





scene:13

「遠見先生、一騎は?」

総士はドアを開けると、遠見に尋ねた。

「ちょっと脳波が不安定だけど、大丈夫よ。今はまだ眠っているわ」

そう言った彼女の表情が緩んだので、総士はほっと安堵の息を漏らすと一騎の眠るベッドへと向かった。


カーテンを開けると、そこには酸素マスクと脳波計をつけられた一騎が静かに眠っている。
その表情が穏やかなのを見て総士は少し微笑むと、椅子へと腰掛けた。

点滴の針が刺さった右手、その甲にはまぎれもない刻印がその存在を主張している。

総士はそれを見ると、ふと思考を巡らした。


もし、一騎が人造体であるならば、その身体を構成する殆どの成分は人間というよりはフェストゥムに近いはずだ。
詳しくは知らされていないが、人間の遺伝子をフェストゥムをベースにした人型へ埋め込むという実験を繰り返していたと
聞いている。
一騎は、これまでを見ていても自発思考が可能だ。
自発思考を可能にしているとはいえ、戦闘時には他のフェストゥムと対峙することになる。
その時、フェストゥムの集合意識に呼応することは無いと言い切れるのだろうか。

「こんなのが、ラクエン・・・なの?」

一騎の言葉がフラッシュバックする。
少なくともあの時まで、一騎は、フェストゥムの集合意識に自身も呼応していたのではないか。
そしてそれに困惑していたのではないだろうか。

でもそれを最後に、一騎はそのような言葉を言う事が無くなった。
島を護る為に戦う、といったようなニュアンスの言葉さえ戦闘中に呟いている。

それに、

そもそも、身体の構成物質がフェストゥムと同質のものならば、なぜ、同化現象が発現するのだ。

右足の麻痺と視力の低下。

そういえば、人造体の個体創製に成功したとして、その個体が兵器として完成するまでに現れる諸症状に、
それらは酷似してはいないだろうか。

そして、完成体になるまでに必要なもの。

それは兵器として力を存分に発揮する際に妨げとなるだけの感情ではなかったか。

じゃあ、

「あの抗体注射の本当の目的は」

総士は眠る一騎を見た。

右足の麻痺を治す目的なら、右足の患部に注射をするのが最も効果的なはずだ。
それをわざわざ脳に近い頸椎付近に注射をしているというのは、

「お前、徐々に感情を殺されているのか・・・?」

どうして、そこまでして護ろうなんて思えるんだ。
どんどん思考すら狭められる毎日の中で、何で、

「なんで僕に笑いかけてなんて、くれるんだよ」

総士は俯く。
左目から涙が一筋だけ流れて落ちた。



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