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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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星に願いを3
「一騎くんはさ、本当は誰よりも優しいのに、みんなの分まで頑張っちゃうから、疲れちゃったんだよね」

真矢は未だ眠ったままの一騎の手をそっと握り締めた。


あれから一週間、身体データに異常はみられないにもかかわらず、一騎は昏睡状態に陥ったままだった。
コックピットから引きずり出された一騎の生気のない顔と、そこに駆けつけた総士の緊迫した表情と。
それを見た真矢は、不安という一言では表しきれない何か得体の知れない感情に襲われた。
目の前で酸素マスクを付けられ、担架に横たえられる一騎。
それに付き添いながらメディカルルームへと走っていく総士。
いつもなら皆それぞれ自分の機体のチェックやデータ移送などで騒がしい格納庫の中がしんと静まり返っていた。
皆立ち尽くしたままその場から動くことが出来なかった。

「なんかさ」

並んで立っていた咲良が口を開く。

「柄にもなくあたしは怖いよ。戦闘としては完全に勝ってた一騎がどうして、ってさ。
普段取り乱すことなんてない一騎があんなに絶叫して、気を失った。
あんな風にぷつりとクロッシングが途絶えるのは、なんか色々思い出したくないことまで思い出すから、怖いよ」

「そう…だね、皆城くんも、すごい顔してた」

「でも今は心配したって何も進まないことくらいわかってる。とりあえず機体のチェックをって、わかってるけど、
そうもうまく割り切って考えることもなかなか出来ないよ。だって仲間があんな状態でさ」

「…うん、でも。データ移送しとかないとあとで皆城くんにおこられそうだし」

目の前の現実を考えたくなくて、真矢は話を逸らしたかった。
そう言って笑ったつもりで、でもうまく笑えてるのかなんて全然わからなかった。
真矢は咲良の横から離れるとジーベンに向かって歩き出す。瞬間、ザインが視界に入る。
傷ひとつなく佇む白い機体がなんだかとても不気味に思えて、真矢はすぐに視線を逸らした。



「でもさ、皆城くんはすごい寂しいと思うよ。だからもうそろそろ起きよう?一騎くん
待ってるよ、みんなも。私も」

一騎の手をそっと両手で包む。当たり前のことだけれど、それが温かいことにほっとする。
けれどいつまでたっても動く気配を見せない指に、真矢は突如として大きな不安に襲われる。
まるで一騎に触れている自分の両手から冷たい何かが流れ込んでくるような感覚に全身が凍りつきそうになる。

最近ずっと、感じ続けていること。
何かが狂い始めている、ゆっくりと、音も立てずに。


「はやく起きてよ、一騎くん」


祈るように真矢は呟いた。




一騎という最大の戦力を欠いたとしても、戦闘はいつもと変わらず続いてゆく。
たとえマークザインがいなくとも、今いる皆で戦わなければ島の平和は守れない。
今日も総士が考え出した戦略の通りに、パイロットは皆それぞれのフォーメーションにつく。

「来た」

誰もが瞬時にそう感じる。
視認するよりずっと先に、目の前のモニターは敵の存在を知らせる。
途端、頭の中には敵を撃破するためのプログラムが展開される。
ひとつひとつ、まるで手順をなぞらえればいいだけのような気すらするような。
数々の戦闘データから最も適当なプログラムであるとしてパターン化された戦術に思考が侵食される。
そして皆こう思うのだ。
敵が島に接近する前に、粉々に、全てを砕かなければならない。
そうしなければ、今日から明日へ、その先へと続いていくはずの平和を守ることが出来ない。
知らずと両手に力が入る。いつものようにやればいい。
敵機は眼前で破壊され、島の平和はまた守られる。
敵のパイロットのことなど、気にする必要はない。それは痛いほどわかっている。

12.11.10....

刻一刻とその時間が近づく。
けれど皆その手を動かすことが出来なかった。

たった一人を除いては。


「殺して、やるよ」

「ちょっ…暉!?」

瞬間、ゼロファフナーの広げた両の手のひらから凄まじい威力の振動共鳴波が放たれる。
カウント2秒を残したまま放たれた大量の眩い光線は視認すら危うい遥か遠くで爆炎をいくつも上げる。
そしてほぼ同時に、モニターから全ての敵認識表示が消え去った。
パラパラと遠くで破壊された敵機の残骸が海へと落下していくのが見える。
どこか他人事のようにも思えるその光景を呆然と見ていた里奈は、おそるおそる後ろを振り返った。

「暉…なんで?」

「何が?」

「動力部だけ破壊すれば戦闘は回避出来たのに…なんであんな」

「でもパイロットを生かして帰したら、また新しいファフナーに乗るじゃないか」

「だからって殺してもいいなんてわけじゃ」

「なかったとして、島の平和はそれで守れるの?敵を殺さなくても平和なら、
わざわざこんなものに乗らなくったっていいんじゃない?」

「ねぇ…違う?」

暉の問いかけに、里奈は答えることが出来なかった。
竜宮島の平和が守られた瞬間、あたりは不気味なほどの静けさで埋め尽くされた。


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星に願いを2
それは不意に訪れる、自分でさえも気付かないほど突然で、自然に。
訳もなく涙が溢れることなんて、まさか現実に自分の身に起ころうとは思っても見なかった。
雲ひとつない青空を見上げると、乗りなれた愛機のザインを前にすると、それ以外にもあとひとつ。
理由なんてわからない。わからないのに、流れる。昨日もそうだった。

「わかんない」

一騎はぽつりと呟いた。ただ一人、アルヴィスの廊下に立ち尽くして。
大きく開いた窓のフレームに手をかける、少し手を滑らせては止めて、影の伸びる方を見つめる。
黒く長く壁に映った自分の影を見つめてふと気付く。

最近、空を見上げることが少なくなった?

それは単に、後ろめたいから?

「わかんないって」

一騎はまた誰にともなく呟いた。
右手でぎゅっと心臓のあるあたりを押さえる、そして深く息を吐く。
日に日に、自分でも理解できない感情が自分の中でゆっくりと増殖していくような。

「だから、わかんないんだ」

俯いて呟いた、消えてなくなりそうな声だと、一騎は思う。

自分のことすら自分でわからないのに、この身体の境界を越えた外の、もっと大きなことなんてわかるはずがない。
わかるはずなんてないのだから、わからなくて当然なんだ、と。
そうやってまた自分を正当化する。
一瞬で暴走してしまいそうな感情に蓋をする。
見ないフリをすることは得意だ、たった4年前までそうしてきたように。また少し、感情を鈍くすればいい。


「一騎?」


ふと総士の声がして、一騎は振り返る。すると、総士の目が見開かれる。

「どうした?」

「…?」

「何で、泣いてるんだ」

その声で、一騎は自分の頬を流れているものに気付く。
まただ、またひとつ自分の中で自分でもわからない部分が増えていく。
そっと、音も立てずに、わからないのに確実に、それの体積は大きくなっていく。

「…ない」

「え?」

「わかんないんだ」

精一杯何でもない顔をしようとして失敗して涙がもっと溢れた。
その瞬間、ふわりと総士の香りに包まれる。
抱きしめられた、とわかるより先に、総士の背中に両手をまわしてその胸に深く顔を埋めた。



そして歯車はゆっくりと狂い始める。



「あああぁぁぁぁああぁぁああああ」

「一騎っ…!!」

一騎は絶叫して、気を失った。
たった数十秒前に敵を撃破したマークザインが地面へと崩れ落ちる。
まるでスローモーションのように全てがはっきりと見えたというのに、総士は目の前の状況を理解することが
どうしてもできなかった。
光り輝きながら周囲を取り囲むパネルに、パイロットと機体の異常を知らせるものは何一つない。
あるのはただ気味悪いほどの静寂と、撃破されて粉々になった敵機の残骸と、雲ひとつなく広がる青空。
ぷつりと途絶えたまま再び繋がることのないクロッシングだけが、一騎の身体に異常が起きたことを
唯一知らせるものだった。

「総士、聞こえるか?ザインは俺が格納庫まで運ぶ。救護体制は整ってるか?」

突然、マークアハトに乗った剣司から通信が入る。
呆然としていた総士は「ああ、大丈夫だ、頼む」と短く言うと通信を切った。
地面に伏したままのザインがアハトによって抱き起こされる。
未だ一騎の意識は戻る気配を見せない。一体あの時何が一騎に起きたのか。
考えても答えの出ない疑問ばかりが次々と浮かび、その度にそれを振り切るかのように総士は頭を振った。
そして目の前をおそるおそる見つめる。
データは相変わらず何の異常も知らせない。
ザインは自力で動くことができず、パイロットは気絶しクロッシングも絶たれたままだというのに。
それでも、目の前を埋め尽くすのは「正常」なデータの表示ばかり。
それがとても恐ろしいことのように思えて、小刻みに震える身体を総士は止めることができなかった。

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星に願いを1

「もうすぐだから、あと少しでゲートを突破するから、そうすれば俺達はここから逃げられる」

本来ならば敵の侵入を知らせるためのアラームがけたたましく鳴り響き、警告灯の点滅で辺りは一面赤く染まっていた。
分厚い鉄の扉が何重にも行く手を阻み、触れれば人間の皮膚など容易に切り刻むレーザーが縦横無尽に空間を駆け巡る。
目線の上には14と書かれたプレートがここには不釣合いなほどにキラキラと白く輝いている。
島の外からの侵入者を防ぐための最初の強固な砦、今は島の外へと繋がる最後の砦、それがこの第14ゲートだ。
このゲートのおかげで今まで何も知らずに幸せに暮らすことが出来た、けれどだからこそ、中からここを通り抜けるのも
またとても至難の業だった。

「何も知らずに、か」

何重にもかけられたセキュリティロックを解くためにパネルに走らせた指をふと止めて呟く。
大人達が必死に作り上げて守ってきたこの島が楽園だなどとはもう微塵も思えなくなった。
自ら閉じることを選んだ未来に、もとより明るい希望など存在はしなかったのではないかとさえ思う。
それを知っていたのか知らなかったのかなんて今はどうでもいい、ただ、ここから逃げ出せればそれでいい。
目の前を塞ぐ鋼鉄の扉を見上げては、閉塞感と絶望感がこみ上げて吐き気すら覚える。
それを振り切るようにぶんぶんと頭を振って、止めていた指を再度パネルに走らせる。

”第一階層 解除”

液晶にロック解除を知らせるメッセージが次々と浮かび始める。
脱出経路は何もここだけに限られてはいない、けれどこのゲートを突破することがとても重要な気がした。
全てが少しずつ、けれど確実に狂い始めている、それだけは嫌というほど解っている。
そうでなければ、と、背中で眠ったままの顔を少しだけ振り返る。その瞬間、

”最終階層、解除”

パネル全体が光り、目の前を塞いでいたはずの鋼鉄の扉が次々と開かれていく。
静かに全ての扉が開き終わると、その先には暗く灰色の雲が低くたちこめる空がどこまでも続いていた。
そのまま脱出艇に乗り込むと、そっとおぶっていた人物を床に横たえる。

「青い空が見えるところに連れてってやるからな、芹」

広登はそっと芹の耳元に囁いて、操縦席に乗り込んだ。
出力を全開にして、脱出艇は一面灰色に覆われた空へと飛び出した。




ほぼ同時刻、アルヴィス内。

「なぜ追いかけない!」

カノンは総士の制服の襟元を掴むとそのまま壁へと力ずくで叩きつけた。
ぎりぎりと拳を締め上げながら睨み付けるカノンに総士は表情ひとつ変えないまま。
ちらり、とガラス越しに隣の部屋を見やる。
そこには酸素マスクと数々の機器を体中に付けられた一騎が未だ深い眠りから覚めないでいた。
ひとつ小さくため息をついて、総士はやっと重い口を開く。

「強引に連れ戻したところで、どうなるっていうんだ」

「島の貴重な戦力がまたなくなるんだぞ!」

「連れ戻しても戦力にはならないことくらい解るだろう?」

わざと、総士は見下ろしたまま言った。彼女が本当はそんな事を思っていないことくらい解るからだ。
総士を締め上げていた拳に更に力が入る、そろそろ限界がきたようだ、と半ば落胆した気持ちで赤い瞳を見つめる。

「ならば不安因子は消すべきだ、私は出る!」

「許可しない」


「なぜ!?」

「人間を殺したいなら、せめて敵だけにしろ」

総士は言い放つと、カノンの手を軽々と振り払いその場をあとにする。
ダンッと、カノンは力いっぱい壁を叩くと総士とは逆方向に走り出した。



誰もが感じていた。全てが少しずつ、ゆっくりと確実に狂い始めている。

総士が竜宮島に帰還して2年の月日が流れた頃、最初の異変が起こった。
竜宮島が昨日位置していた座標に核爆弾が打ち込まれたのである。
幸い、島の移動速度が勝ったため実害は何も被らなかったのだが、その発射された基地が人類軍のものと判明した。
2年前にも放たれたことがあるからというわけでもないが、核自体にはそこまで抵抗があったわけではない。
問題は何らかの形で位置情報が人類軍へと流れ、そして竜宮島へと連日追撃が始まったことだった。
いつものように敵襲来のサイレンが鳴り響き、ファフナーパイロット達はファフナーを操り戦場へと出て行く。
敵を確実に撃破し、島の平和を守る、それは今までと変わりないことだったが、ひとつだけ違うことがあった。
敵のファフナーの中には、自分達と変わらない人間が乗っているということ。
撃破するということは、その中に乗っている人間も死ぬということで、
いくら島の平和のために仕方ないことだと自分に言い聞かせても、戦闘の度に人間を殺しているのは紛れもない事実だった。
毎日のように続く戦闘の中で、誰も敵について口に出すものはいなかった。
ただ、皆の表情が暗く沈んでいく。
それでもパイロットがファフナーに乗らなければ、島は核の炎に包まれて消えてなくなってしまう。
それだけはさせまいと、葛藤する気持ちを押し殺して戦場に向かう日々。

そんな中、一騎に異変が起こる。

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Dear,my friend3
桜の花びらがどこからかひらひらと舞って、春風がふわりと目の前をすり抜ける。
見渡す限りの青い空と相変わらずそれに曖昧に境界線を引く海がキラキラと光って総士は思わず目を細めた。
この海辺の道にさしかかるといつも、総士は目に映る全ての景色に「帰ってきたんだ」と実感させられる。
そして隣を歩く一騎の手を握る、それがここ最近の総士の癖だった。

「一騎?」

いつものように手をそっと絡めようとして、そこにあるはずの一騎の手がないことに総士は驚いて名前を呼んだ。
でもいつまで経っても返ってくる声はない。
不思議に思って振り返ると、そこには海の向こうを見つめたまま立ち尽くす一騎の姿があった。











ぽろり、と一騎の頬を一筋の涙がつたう。
一瞬、声をかけてはいけないかのような錯覚に陥る。
その涙はあまりにも自然すぎて、おかしいけれど見とれてしまうくらいに普通に。
そしてそのまま止まることなく流れ続ける。

「一騎…?」

慌てて駆け寄った総士は一騎の肩に手を置くとその顔を覗き込む。
でも、その目に総士の姿が映ったような気配はない。
まるで、彼のその目がまだ赤かった頃のような、懐かしいけれど思い出したくはない記憶が蘇る。
見えていないはずの目に、青い空だけがただ映っていた。
その色もそれが空であることもわからなかったかもしれないのに。
はっ、と総士は我に返る。
そしてそのままぎゅっと一騎を抱き寄せた。
そっと耳元で囁きかける。

「僕がわかるか?…一騎」

言いながら一騎の髪をそっと撫でる。また、春風が吹く。まるでここだけ避けるみたいに。
総士はそっと辺りを見渡した、当たり前のように誰もいなくて少しだけほっとする。
今はこんなことを心配する時じゃないはずなのにと、湧き出た安堵の感情に心の中で苦笑する。

びく、と腕の中で一騎が動いた。

「一騎?」

そっとうつむいたままの一騎の顔を上げさせると、総士はその目を覗き込んだ。

「そー…し」

今度はその目に自分の姿がちゃんと映る。
それを確認して総士は一騎にふわりと微笑みかけた。

「大丈夫か?」

「だい…じょうぶ、だって」

口ごもった一騎の目がゆらゆらと揺れる。それは、今の状況が飲み込めていない証拠で。
もう少ししたらたぶん、突き飛ばすように腕の中から逃げてしまうんだろうな、なんて思うとちょっと悲しい気もする。

「僕と手を繋ぐのよりもドキドキするようなこと、あった?」

なんて気の利いたことはまだ言えない。
二年経っても不器用なのは変わらない、と皆にまで言われる意味がなんとなくわかったような気がする、少しだけ。

「なんでもない、から」

そんなことをぐるぐると考えているうちに一騎が口を開いた。
総士を見上げると、なんだかとてもぎこちなく笑う。

「そっか」

総士は言って、ぽん、と引き寄せた一騎の頭に頬を寄せた。
精一杯の考えた結果の答えがこの一言だけなんてのも恥ずかしかったけれど、
それよりもなんだか、ものすごく柄ではないけれど抱きしめたいなんて気分になってしまったから。
そしてなにより、いつのまにか一騎の手が総士のシャツを掴んでいたのを見てしまって、
「こんなとこで何するんだよ」と突き飛ばされなかったことがちょっと、いやかなり嬉しかったからだったのかもしれない。

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Dear,my friend2
「空の話をしたんだ」

総士は言って、空を見上げた。一騎も同じように頭上を見上げる。
雲ひとつない透き通るような青空がどこまでも広がって、まるで海と繋がってしまったかのようだった。
その溶けて混ざり合うような感覚に、一騎は懐かしさと、少しだけ寂しさを覚える。

「毎日毎日、僕の所に来てはずっと楽しそうに言ってたよ」

一騎が総士を見ると、総士は笑った。

「空がとっても綺麗だって」

一瞬その目が揺らいだのは、やっぱり寂しいと思っているんだろうか、総士も。
視線を戻したその先には、さっきと同じように空も海も境界線が解らないくらいに青く広がっている。

「また、会えるのかな」

ぽつりと、一騎はつぶやいた。
あそこに行けば、とは言わなかった。

「今はまだ、会えないよ」

総士の手が一騎の手の上に重なる。そのままぎゅ、と力を込めるのがわかる。
たとえあの向こうで空と海が繋がっていたとしても、たぶんそこに、彼はいない。

「今日の空も、綺麗だね」

誰にでもなく、一騎は言った。なんだか泣きたい気持ちになった。









「あれ、総士先輩と一騎先輩」

背後から声がして振り返ると、虫かごをいっぱいぶら下げた芹がいた。

「今日も、あれ…」

「ミヤマクワガタ、何度言えばわかるんですか、一騎先輩」

「ごめん」

別にいいですって、と笑って芹は総士と一騎の少し後ろに腰を下ろす。
聞けば、相変わらす芹はこの山にクワガタを採りに来ているらしい。
誰に見せるのかなんて野暮な事は聞かないけれど、毎日採ったクワガタ達はどこで飼っているのか。
ものすごく大きな虫かごが必要なんじゃないかな、などと一騎はとぼけた考えを巡らす。

「泣いてたんです」

突然、虫かごを見つめながら芹が口を開いた。

「とっても苦しんでた、ひとりで、ずっと」

そこまで言って芹は顔を上げた。一騎と目が合って、少しだけ微笑む。
そして空を見上げる。そのまま海の向こうへと視線を移す。
ちょうど、空と海が曖昧になるあの辺りを、芹は静かに見つめていた。

「空と海が繋がってなくてもまた会える、そんな気がするんです」

そう言って、芹は微笑んだ。
一騎は、芹が誰のことを言っているのかわかった気がした。
芹が作ったというフェストゥム達の墓標に目を移す。
彼女がコアの代替を務める前に作られた墓標の数は、その後増やされてはいない。

「今度会えたら、いっぱいクワガタ見せてあげようと思うんです」

「そっか」

「一騎カレーには、負けちゃうと思いますけど」

「そんなことないって」

「あんな笑顔見せてくれるのかなぁ、ってやっぱり思っちゃいますよ」

あんな笑顔、というのはたぶん全島民に操と史彦の対話を中継した時に操が見せた笑顔のことだ。
「一騎カレー」なんて単語が彼の口から出たことにも驚いたが、「おいしい」とあんな笑顔を見せた操に
フェストゥムもカレーは美味しいって思うのか、となんだかまたずっとぼけた感想を一騎は抱いていた。

「じゃあ、行きますね」

「ああ」

「あ、総士先輩は一騎カレー食べました?」

「ああ、こないだ」

「それだけ?」

「え?」

「もっとこう、美味しかったとか…」

眉をハの字にして口を尖らせる芹とびっくりしている総士の顔を交互に見て一騎はぷっとふき出した。
総士から感想なんてそんな器用な言葉が出るはずないじゃないか、と心の中で思ったりする。
けれど芹はそんな総士の一面を知らないので、「美味しいって、こないだちゃんと聞いたから」と一騎は告げた。
それを聞いてほっとしたのか、「じゃあ、今度はほんとに行きます」と芹は笑ってその場を後にした。

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