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君と僕とあの夏の日と10
翌日の放課後、生徒会を欠席して一騎のクラスへと足早に向かった総士は、一騎が午前中に
体調を崩して保健室に行ったことを聞き、そのまま保健室へと向かった。

「え?帰ったって」

息を切らしながら総士は言って、目の前に座る保健医を見つめる。

「お昼ちょっと前に気分が悪くなったって、たぶん右目の怪我のせいだと思うけど」

と保健医は言うと、何か用でもあったの?と怪訝そうに総士を見上げた。

「一人で帰ったんですか?」

「…確か、家の方が迎えに来てたと思ったけど」

「でも、あいつの父親は」

「いいえ、お兄さん?なのかしら、大学生くらいの男の子だったわよ」

そう聞いた途端、総士は背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
たぶん、早退しなければならないほどに体調の悪かった一騎は、一人で帰ることが出来ずに、
家に連絡したところ、たぶんその大学生が親代わりに一騎を迎えに来ることになったのだろう。
総士は時計を見た、帰ったと思われる時間からもう3時間以上過ぎている。

早く、行かなければ。

何かあったらなんて考えたくもなかったが、総士は鞄を持つ手に力を込めると、
保健医に挨拶をしてから、すぐに廊下を駆け出した。






「一騎の友達の皆城くんだよね?」

そう言って出てきた青年は総士に微笑みかけると、どうぞ、と言って玄関に総士を招き入れた。
てっきり居留守でも使われるかとばかり思っていた総士はなんだか拍子抜けして、
「お邪魔します」と頭を下げながら、促されるままにリビングのソファに腰を下ろす。

「あの、一騎は?」

おそるおそる本題に入ると、目の前の青年は少し困ったように眉根を寄せて口を開いた。

「やっぱり気分がすぐれないみたいで、ずっと部屋で寝てるんだ」

だから悪いけど、今日はここで帰ってくれるかな?と一見優しい口調で青年は総士に告げる。

「あの、でも…」

咄嗟に言い訳を考えようと総士が口ごもった時、制服のポケットに入れていた携帯が震えた。
失礼します、と言って取り出すとメールが着信したということを告げるランプがちかちかと点灯している。
総士は手早く携帯を開けると、確認ボタンを押した途端に一瞬、息を飲んだ。




_________________

title:無題


subject:
たすけて、おねがい



_________________





それは、壁一枚隔てた隣の部屋で寝ているはずの、一騎からのメールだった。
総士は慌てて携帯を閉じると、「ちょっと、失礼します」と言って立ち上がる。
青年の驚いた顔が見えたような気もしたが、そのまま早足で一騎の部屋に行くと勢いよくドアを開けた。

「…一騎っ!!」

目を疑いたくなるような光景に、総士は息が詰まりそうな思いがする。
そこには、両手両足を縛られて口に布を噛まされた一騎が、床に横たわっていた。
総士の声に一騎はゆっくりとこちらを見上げる。
何か言いたげに布で塞がれた口を動かして、その目からぼろぼろと涙を零した。
総士は慌てて一騎に近寄ると、身体の動きを封じていたものを全て取り去る。
途端にゲホゲホと咳込む一騎を横抱きにすると、ドアの前に立つ青年を睨みつけた。

「これは、どういうことですか?」

怒りに震えながら静かに総士が言うと、立ち尽くした青年は「違う、一騎が…」と言い淀む。

「言い訳なんて要りません、ずっとこうやって、一騎に暴力を振るってきたんでしょう?あなたは」

「…違うっ!」

即座に否定した青年に総士は更に追い打ちをかけるように言葉を紡いでいく。

「僕は他にも、一騎の身体にあなたがつけた傷があるのを知っています」

「…っ」

総士は一呼吸置くと、未だ震えたままの一騎の身体を強く抱き締めて青年に言い放った。

「一騎の父親にこのことを言います。もう二度と、あなたは一騎の前に現れないでください」

総士のが言い終わると、立ち尽くした青年は不安定に視点を変えながら段々と後ずさる。
そしてそのまま後ろのドアにぶつかったかと思うと、自分でそれに驚いたのか、慌てて部屋を飛び出して行った。

…とりあえず、終わった。

総士はほっとして、溜息のように長い息を吐き出す。
自分があんなにまであの青年に強く事実を突き付けることが出来るなどとは正直思ってもみなかった。
ただ、あまりにも酷い一騎の状態を見て柄にもなく逆上してしまい、逆に冷静さを欠かずに対処出来てしまった。
でも、その安堵もつかの間、腕の中の一騎の震えが治まる気配は一向にない。
何時間も不自然な姿勢で縛られ続けたせいなのか、両手両足とも力が全く入っていないようだった。
直接縛られていた箇所は、皮膚が酷く擦り向けて出血している。
これだけでも消毒しなければ、と頭では早く早くと思うのだけれど、
こんなに震えた一騎を一瞬でも離すことにとてつもなく躊躇してしまう。

「もう、大丈夫だから」

不意に口をついて出てしまった言葉を繰り返しながら、総士は一騎を抱き締め続ける。
決して声を上げずに泣き続ける一騎を見ては、総士の目にも涙が浮かんで今にも零れ落ちそうだった。

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君と僕とあの夏の日と9
「親戚…?」

総士が再度聞き返すと一騎は黙ってこくりと頷いた。

「それって、親御さんに言えば来なくなるんじゃないか?」

「…あいつ、父さんから信頼されてるから」

そう言うと一騎は唇を噛みしめて下を向いてしまう。
総士はそっと肩に手を乗せると、俯いた一騎を見つめた

何か自分に出来る事はないだろうかと必死に考えを巡らせた。





総士が一騎に聞いた大体の内容はこうだった。

家を開けることの多い一騎の父親に代わって、家に来るのは親戚の大学生で、
それは昔からずっと父親の代わりのようになっていたらしい。
お兄ちゃんのようにも思えた、と一騎は言っていた。
しかし、その兄のような態度は父親の前でだけ完璧だったことにすぐ気がついたのだと言う。
最初は意地悪な言葉を投げかけられるだけだったのだが、そのうちどんどんエスカレートしていき、
ついには暴力まで振るわれるようになった。
他人からは見えない所ばかりに傷を残されて、何度も父親に言おうか迷ったが、
父子家庭なだけでも大変なのに、これ以上迷惑をかけたくないと、今まで言いそびれてしまったらしい。
頑なに父親に言わない一騎を見てはあざ笑うように暴力を振るい続けられることにいつしか
一騎は恐怖感ばかりが募るようになり、最近は家に帰るのがとても嫌だったのだと涙を堪えながら小さな声で言った。






聞いた時は総士もにわかには信じられなかったことばかりだった。
が、下校時に見えた痣の他にも丁度服で隠れる場所にいくつも同じような傷があり、一気に現実感が増したのだ。
とりあえず応急処置だけ施しながら、総士はどうしたら一騎を守れるのだろうと考えた。
湿布を貼る背中が小刻みに震えているのを見ていられなくて、そっと傷にさわらないように後ろから抱きしめると、
やがて小さく声をあげて一騎は泣き始めたようだった。

「今度からさ、一人の時、家に泊まるか?」

総士はできるだけ優しく静かに問いかけた。
「でも…」と言いよどんだ一騎に、「お父さんにだったら僕から連絡しておくから」と付け加えると、
「うん」と返事が返ってくる。

とりあえず距離が稼げればそれでいいと思った。
今すぐ一騎の父親と親戚の大学生の信頼関係を断ち切ることは出来なくても、
一時的に一騎をその場から離して、それからゆっくり向き合っていけば何か変わるかもしれないと。

未だに震えている身体は、どれほどの時間こんな理不尽な暴力に耐え続けてきたのだろう、
そう思うと総士の目にまで涙が滲んだ。
学校でも、帰り道でも、この1週間ほどずっと一緒にいたというのに、
いつもと変わらない笑顔の下にはこんな残酷な現実が隠されていたのかと思うと、
それに気付けなかった自分に歯がゆさばかりが募ってしまう。
今日の放課後のあの教室での時、僅かなSOSを見つけられなかったらと思うと足下が竦みそうなくらいに恐怖を感じる。

でも、見つけることが出来た。

時間はかかったけれど、彼を救い出せる方向に導いていけるかもしれない。
それだけが総士にとっての救いだった。

総士は一度、抱きしめていた腕を外すと、そっと処置の終わった背中にシャツを掛ける。
未だ俯いたままの一騎はそれを引き寄せることもなかった。
総士はそっと一騎の前に座ると、ボタンをひとつずつ留めながら口を開いた。

「僕も、一緒に戦うから。一騎、ひとりぼっちじゃないから」

そう言って優しく微笑みかける。
一騎は少し顔を上げると、総士と目が合った途端に顔をまた歪めてぼろぼろと涙をこぼした。

「大丈夫だから、もっと僕を頼って」

総士が言うと、一騎はこくりと頷く。
それを見て総士は少し安心すると、一騎の頭をそっと撫でた。

「…ごめん…でも、ありがとう」

小さな声で一騎が言った。

「一人じゃ難しくても、二人なら大丈夫…だから」

総士の声に一騎は顔を上げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔をにこりと微笑ませる。

「そうだよな、総士となら、大丈夫だよ…な」

一騎の笑顔につられて総士も笑顔になる。

まだ解決になんて程遠い道のりだけれど、きっと大丈夫になるんだと総士は思った。
数十分前に絶望のどん底にいたような雰囲気がたちこめていた部屋が俄かに変った気がする。
時計を見れば12時を回った所だった。
帰ってからもうそんなに時間が経ったのかと総士は少し驚いたが、明日も早いのでそろそろ寝なければと思う。

「一緒に、寝るか?」

と、子供の頃に戻ったように尋ねれば、一騎は少し驚いた顔をしてから笑って「うん」と言った。

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君と僕とあの夏の日と8
「帰る場所なんてどこにもないから」

遠い過去の記憶が不意に呼び起こされて、総士ははっと息を飲んだ。
いつもと同じように遊んだ別れ際にぽつりと呟いた一騎の声はなんだか別人のようで。
聞き返したけれど曖昧な笑みにかき消されてしまって、
どうしようもなく別れの言葉を告げた事だけはやけにやっきりと覚えている。

あれから、一騎はちゃんと家に帰ったのだろうか。

後ろ姿を見つめながら酷く不安な気持ちに襲われて、
家まで送ろうかと何度も思ったが、結局そのまま自分も帰り道を進んだ。

次の日も、彼は公園に来た。

それが、昨日ちゃんと家に帰った何よりの証拠だと安心して、総士はいつものように笑いかけた。
不安は現実にはならなかったのだと、安堵感が込み上げた。





「総士」

呼ばれた声の方に顔を向けると、そこには帰り仕度を整えた一騎がドアの所に佇んでいる。
「いま帰ろうと思ったところだ」と言えば、ふ、と笑って彼はこちらへ歩いてくると向かいの席に座った。

「こんな時間まで何してたんだ?」

「休んでた分のノート写したり…してた」

ちょっとバツが悪そうに言った一騎を見て総士は笑う。
「終わったのか?」と聞けば、「写すだけなら」と小さく返事が返ってきた。

「わからない所があったら、教えてやるから」

苦笑しつつ総士が言うと、おずおずと顔を上げた一騎と目が合って総士はまた笑う。
ふい、と横を向いてしまった一騎に「どこがわからなかった?」と優しく尋ねれば、
「物理の…」としばらくしてから話し始めた。

「とりあえず下校時間が近いから、学校出てからでいいか?今日、時間ある?」

「って、お前、家帰んなきゃいけないよな」と総士が言って立ち上がると、
「大丈夫」と遮るように一騎は言った。

「でも、お父さん帰ってくるだろ?」

「いま、忙しいからたまにしか帰ってこないんだ」

「じゃあ、一人なのか?いつも」

「…そう、でもないんだけど」

一騎はうつむいたままぽつぽつと話す。
その様子に違和感を覚えた総士は、開いたシャツの隙間に覗く青痣に気付いて息を飲んだ。

一瞬、先日の上級生の仕業かと思ったが、あの日、一騎は右目以外に怪我はしていなかった筈だ。
その後接触があったのかとも思われたが、それは僚が手を尽くして阻止していたのを見ているから、
その可能性も無いに等しい。

じゃあ、一体誰が?

総士は拭いきれない不安を胸におそるおそる一騎に問いかけた。

「一騎、その痣」

「…」

「どうしたんだ?」

「…ぶつけた、だけだから」

いまだうつむいたままの一騎に総士は異常さを覚えて彼の前に静かにしゃがみ込む。
すると、一騎は総士に見えなくするかのように開いたシャツを引き寄せると顔を背けた。

「何でも…ないから」

絞り出すような声に総士は顔を歪めると、ゆっくりと一騎の頭の上に手を置いた。
一騎は一瞬、びく、と震えたが、すぐに目線だけこちらを向くと、「ごめん」を小さく呟く。

「何が、あった?」

「…」

「僕にも言えないような事なのか?」

なるべく穏やかさを保って総士は尋ねるも、一騎は黙ったまま何も答えない。
一瞬揺らいだ視線が何かを物語っているようだったが、総士にはそれが何なのかわからなかった。
ひとつ、大きく深呼吸をすると総士は再度口を開く。

「家、来るか?」

総士は優しく言うと、一騎の返事を待った。
しばらく時間が経ってから、小さく頭が上下に動いたのを見て、くしゃと髪をかき混ぜる。
その時、下校時刻を告げるアナウンスが廊下に響き渡った。
同時に他の教室から生徒が出てくる足音と、ドアの閉まる音が聞こえて、やがてまた静まり返る。
総士は一騎の頭に置いていた手を離すと、ぽんと肩を叩いた。

「僕らも行こう」

そう言っててを差し出すと、その上にそっと手が置かれる。
総士はぎゅ、と握り返して一騎を立たせると、生徒会室を後にした。
二人しかいない廊下は、沈みかけの夕陽で暗い赤色に染まっている。
ああ、あの日みたいだな、と総士はひとりやるせない思いに駆られながらそれを見つめた。
そして、目線だけ繋いだ手に戻す。
力無く繋いだ手からは、いつものような一騎の元気さは感じられなくて、
一歩後ろを歩く姿はなんだか手を離したら消えてしまいそうだと、不安な気持ちがこみ上げる。
総士はそんな気持ちを振り払うかのように頭を振ると、繋いだ手に少しだけ力を込めた。

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君と僕とあの夏の日と7
「一騎」

呼ばれた声に一騎はうっすらと瞼を開ける。
急に眩しい光が入ってきて辺りは白くぼやけたが、目を凝らせばだんだんと形がはっきりしてきた。

「総士」

少し掠れた声で名前を呼べば、総士は微笑む。
どうやらあれから寝てしまったらしいとぼんやりする頭で一騎は思う。
今何時?と尋ねれば、3時と返ってきて、午後の授業を全部サボってしまったことに気づく。
知らずと困ったような表情になっていたらしく、見上げれば総士は、
先生には言ってあるから大丈夫だよと言った。

数時間前、僚とともに一騎は保健室に来た。
生憎保健医は留守にしていたのだが、僚はてきぱきと消毒の準備を始めて、
椅子に座った一騎はそれをぼんやり見つめる。
実は2年まで保健委員だったんだ、とちょっと照れくさそうに言った顔がなんだか印象的だった。
そして僚は一騎の取れかけた包帯をゆっくり外すと、取るよ、と
念を押して右目に当てられたガーゼに手をかけた。
ピリ、とテープの剥がれる音がしてガーゼが外される。
やっぱり、少し血が出てるねと僚は言った。
染みると思うけど我慢して、と言って消毒液に浸したガーゼを一騎の右目にそっと触れる。
ツン、と鼻をつく匂いと僅かに走る痛みに一騎は顔を歪めた。
やがて新しいガーゼが当てられ、その上から包帯を丁寧に巻かれると、
僚はこれでいいかな、と言って微笑みかけた。

「ありがとうございます」

と一騎が頭を下げると、少し横になっていった方がいいよと僚は言って一騎の背中に手を当てる。
一騎が立ち上がるのをそれとなく手伝うと、二人はベッドに向かった。
一騎がゆっくりと横になるのを確認すると、じゃあ後で皆城には来るように言っておくからと僚は微笑んで、
ぽふ、と布団に手を置く。
一騎が再度感謝の意を表すると、何も考えないで寝ろよ、と僚は言ってベッドサイドから離れた。

「気分は?」

総士が尋ねた。
数時間前に目の前がぐらぐらするほど悪かったのが嘘のように無くなって今はただ寝起きの感覚が体中を包んでいる。
今は平気、と短く一騎は答えると、総士はよかった、と言ってベッドサイドの椅子に座った。

「聞いたよ、会長から」

少し間をおいて、総士は静かに言うと一騎の目を見つめた。
なんとなく悲しそうな雰囲気の視線に一騎は一瞬言葉を失うが、うん、と小さく話し始めた。

「中学の時と同じでさ」

一騎が苦笑すると、総士はそっか、と言って悲しげに小さく表情を緩めた。
先輩に呼び出されて昼休みに行ったら言いがかりをつけられたこと、
あまり話を聞いてなかったのが災いして暴力を振るわれたこと、
これ以上はまずいと思った瞬間に僚が助けてくれたことをぽつぽつと一騎は総士に話した。

「大丈夫か?」

一騎が話している間は終始無言で聞いていた総士が、話し終わるとおもむろに口を開いた。
大丈夫、とすぐに言おうとした口からは言葉が何故か出なくて、
一騎が答えに詰まったのを見た総士は無理しなくていいから、と言った。

「…無理してるわけじゃない、けど」

会長が来てくれなかったら、ちょっと大丈夫じゃなかったかも、と一騎は返す。

「先輩もそう言ってた」

え?と驚いて一騎は総士を見ると、総士は困ったように笑う。

「何人か空き教室から走って出てくるのを見て気になって入ったらお前が倒れてたって」

総士はそこまで言うと一旦言葉を切ってこちらを見てきたので、今度は一騎が困ってもじもじと総士を見上げる。

「お前は何があったのか言わなかったけど、端から見てれば一目瞭然だった、って」

そう言って総士は再度目を細めるとゆっくりと手を伸ばし一騎の髪に指を絡ませる。
必死に取り繕ったと思った自分の作戦は最初から失敗していたのかと
一騎はなんだか恥ずかしいような気持ちになって少しだけ顔を赤くした。

「でも、本当に酷いことにならなくて良かった」

僚から話だけ聞いた時に総士はその上級生達を殴り倒したい気持ちに駆られて飛び出しそうになり、
僚に止められたのだと言う。
一騎の状態は見た目ほどは酷くなかったし、何より、本人が大事にしたくないと意思表示したのだから、
ここで他人が出ていったらもっと一騎本人に危険が及ぶのではないかと僚は言ったらしい。

「心配で仕方なかった」

総士は片手を自分の頭にあて髪を掴むと顔を歪ませた。

「ごめん」

思わず一騎は呟くと、総士は顔を上げてゆるゆると首を振る。
一騎は全然気にしなくていいから、と言った総士の顔は無理矢理笑ったように見えて一騎は少し困惑する。
ほんと、ごめんと一騎は小さく呟いた。

「僕こそ、ごめん」

突然総士が言い出したので一騎が驚いていると、心配だから一緒に帰ろうと彼は言った。
ここ最近はいつも一緒に帰ってるのに、と一騎は言いかけたが止めてにこ、と笑顔を作る。
そろそろ起きられるか?と聞かれたのでうん、と頷くと総士は一騎に微笑んだ。

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君と僕とあの夏の日と6
「あんなに監督のお気に入りだった真壁も怪我した途端に見向きもされなくなってさ」

いい気味だよね?と吐き捨てると一騎を取り囲む男子生徒達は一斉に嘲り笑った。

昼休みの空き教室、一騎は呼び出されてそこに向かった。
一騎自身にではなくクラスメイトに言伝を残したらしい3年生は名前も名乗らずに帰ったらしい。
背格好を聞かされたが部活の先輩にも思い当たるふしがなく一騎は誰なんだろうと不思議に思いつつも
時間通りにその部屋へと着いた。
ガラリとドアを開けるも空き教室の中には人一人見当たらなくて、少し時間が早かったかな、と窓の外を
ぼんやりと眺める。
外は真っ青な夏の空が広がっていて、きらきらと太陽光の反射する木々の葉が眩しい。
思わず目を細めて見ていると、背後でバタンとドアの閉まる音がした。

「ほんとに来たんだ?噂に漏れず真面目なんだね」

声がして振り返れば見慣れない顔の上級生が3人、言われた言葉の意味がわからずに見つめ返すと
彼らはつかつかと足早にこちらへ迫ってきてあっという間に一騎を取り囲んだ。
一騎よりも10cm以上は身長があるかと思われる彼らが3人も周りに立つと、やたらと威圧感がある。
俺らのこと、見覚えないかなぁ?とにやけて笑う上級生達に、「すみません」と小さく返せば、
ドンっ、と突き飛ばされて一騎は床に尻もちをついた。

「悲しいなぁ、同じバレー部なのに」

と彼らの一人は言って一騎の前髪を掴むとぐい、と引っ張り上げる。
思わず声が漏れそうになったが一騎は必死にそれを我慢すると、痛い?と楽しそうに聞いてくる。
答える気にもならず一騎は早く満足して帰ってくれよと心に思ってわざと伏し目がちに彼らのことを見なかった。
そういえば中学の頃もあったな、と一騎はその出来事を思い出す。
さすがに部活のない小学校では何も無かったが、中学になって運動部に所属した途端、今回のような事に見舞われた。
同じ部活の上級生らしき生徒達に囲まれて散々嫌味を言われた揚句、終いには一発殴られた。
何か言ったところで状況は悪化する一方だと、一騎は頑なに口を閉ざして上級生達の気が済むのをひたすら待ち、
殴られた勢いで地面に倒れたまま面倒なので動かなかったら、向こうが勝手に勘違いして逃げるように立ち去って行った。
大体そういうことをするのは幽霊部員のような奴らだ、と一騎は思う。
毎回部活に来ている先輩達なら覚える気なんてなくても覚えてしまうし、だからこそぱっと見でわからないのは
部活に来ない単なる所属員なのだろうと。
そもそも練習する気もない奴らにどうこう言われる筋合いはないと思うのだが、1年生ということもあってか
力でねじ伏せたい対象になりがちなんだろうな、とさっきからやたらと口汚く罵る上級生達の声を聞きながら思った。

「お前、聞いてんの?」

掴まれた前髪を更にぎゅっと引っ張られる。
まずい、と思って一騎は初めて目の前の人間と目を合わせた。
なに、その目、と小さく呟かれたかと思うと、

「っァあああっ…」

一騎の口から悲鳴が上がる。目の前の彼が一騎の髪を掴んだまま床に頭を打ち付けたのだ、それも右目の方から。
口を開いたまま荒い呼吸を繰り返している一騎を見て、もっと痛くしてあげようか?と上から声が降ってきたかと思うと、
衝撃で緩くなった包帯の間から指が入り込み、右目に当てたガーゼの上から強く力を込められる。

「いっ…」

声だけは出すものかと思っていた一騎の口から激しい痛みにうめき声が漏れる。
その様子を見て笑う上級生達に、もう本当にやめてくれと一騎は祈るような気持ちで時間が過ぎるのを待つ。
まだ押し当てられた指には力が込められたまま彼らの一人は言った。

「見えなくなればいいのに」

そうしたら輝かしい成績も終わりだね、と嘲笑って指先をぐりぐりと押し付けるその声に一騎は今まで感じたことのない
恐怖が背筋を駆け上がっていくのを感じる。
嫌だ、やめてくれと心の底から思うのになぜか負けるような気がして口には出せず、今となっては痛みよりも恐怖心が
勝ってしまいには身体が震えだしそうで嫌だった。
相変わらず親指の腹がガーゼの上を這いずり回って、いつそれに思い切り力が込められるのだろうと本気で思ってしまう。
ごめんなさい、思わずその言葉が口をついて出そうになった時、廊下の方で何やら声が聞こえ始めた。

「やべ、誰か来た」

急に押さえつけられていた手がなくなり激しい痛みが少しだけ和らぐ。
上級生達は相当焦っているらしくそわそわと倒れている一騎の傍から離れると、誰にも言うなよ、とありきたりな
捨て台詞を吐いて立ち去った。
助かった、と一騎は廊下の近付いてくる声に心底感謝したが痛みが酷くて起き上がる気になれない。
時計が見えなかったので休み時間があとどれくらいなのかわからなかったが、最悪チャイムが鳴ってから走ればいいと
到底走れる状態でないまま考えた。
すると、ガラ、とドアの開く音がする。
この部屋に用だったのかよ、と一騎は心の中で舌うちをした。が、起き上がれない以上どうすることもできない。
ドアを開けた人物は倒れていた一騎に気がついたらしく、おい、お前大丈夫か?と駆け寄ってきた。

「…真、壁か?」

突然名前を呼ばれて驚いた一騎は閉じていた目を開けて目の前の人物を見上げる。
生徒会長、だと一騎はぼんやりする頭で確認した。
ネームプレートには3B将陵 僚としっかり記載されており、その人物が間違いなく会長であることを告げていて、
なんか面倒な人に見つかっちゃったな、と一騎は必ず聞かれるだろう事柄について言い訳を考えた。

「起き上がれるか?」

心配そうに見つめてくる会長に「もう少しすればたぶん大丈夫ですから」と小さく答えると、右目に手を被せて
少しでも早く痛みが治まるように落ち着かせる。

「…何が、あった?」

少し間を置いて慎重に尋ねてきた声に、一騎はああやっぱり、と心の中で思ってでもうまい言い訳も思いつかず、
ただ一言「何でもないです」とだけ言った。
しかし会長がそれで引きさがるような人間じゃない事は一騎もよく知っている。
案の定彼は一騎よりも悲壮な表情を浮かべると「言えないようなことなのか?」と聞いてきた。

「すみません」

一騎はそれだけ言うと、そろそろ起き上がろうとゆっくり肘を立てる。
僚は一騎の脇の下から腕を入れて背中に回してとりあえず床に座らせると、立てるか?と小さく聞いて、
一騎が頷くとぐい、と腕に力を込めて立ち上がらせた。
そのまま自分の肩に一騎の腕を掛けるとドアを目指して歩き出す。

「皆城には、言っても構わないか?」

一騎が横を見ると、僚は少し寂しげに笑って、幼馴染の方がいいんじゃないかって思って、と言う。
会長が自分と総士が幼馴染だということを知っていたのも驚きだったが、その細やかな心遣いになんだか心がほっとする。
「はい」と見上げれば彼は微笑んで、とりあえず保健室だな、と言って廊下に出た。

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