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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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一騎BD記念
「一騎、敵は一体、12時の方向だ、接触は今から15秒後」

脳内に直接響きわたるような総士の声に一騎は小さく頷くと、視線を上空へと向ける。
青いというよりホワイトアウトしそうな太陽の光は、偽装鏡面が一時的に解除される戦闘時特有のものだ。
もう両手がいくらあったって足りないくらい経験してきたというのに、未だに眩しさには慣れないなと一騎は思う。
思わず細めた両目に高速で接近する金色の物体を見つけて、一騎はそれに視線をしっかり定めると、
直後には向けた銃口から眩いほどの光が放たれた軌跡だけが空中に弧を描いたが、一騎は小さく舌打ちをすると、
すぐさま機体を急降下させる。
肺が押し潰されそうな程のGがコックピット内の一騎の身体にかかり、まるで空気そのものが固まってしまったか
のような感覚に、思わず歯を食いしばる。
そして海面へ銃口を向けると、力の限りライフルを連射させた。
あたり一面白く波が立ち始めた海面へ向けて一騎は機体を降下させ続けると、途中でライフルを投げ捨てる。
自身が作った煙幕を抜けると突然、目の前に広がる金色に一騎はにやりと口元を釣り上げた。

「壊してやる」

小さく呟くとそのまま展開された防壁に機体を体当たりさせる。
一騎の表情が歪む、「被同化状態」の感覚が全身に広がる、敵の同化可能領域に入ったのだと全身が伝える。
間髪いれずに一騎は右手に掴んだマインを敵の身体を切り裂くように深くまで埋めると、そこに出来た隙間に
もう片方の手に掴んだマインを滑り込ませる。
溶けた金属に両手を突き入れたような感覚に包まれたかと思うと、エルフの両腕もろとも巻き込んで大爆発が
起こった。
目の前に広がる金色の中から現れる美しい輝きに思わず見とれる。
キラキラと太陽の光に反射して海へと落ちて行くそれは、何度見ても息を飲んでしまう程だった。
そして視界がやっと空の青色を映し出した途端、予想していたような激痛はなく、替わりに総士の声がコック
ピット内に響く。

「なるべく早く格納庫に戻ってこい、そうだな、あと5分待つ」

「は?」

「5分だ、それ以上僕を待たせるな、ああ、そう、自動操縦なんかにするとあと6分はかかるからな」

「1分しか変わらないじゃないか!」

「1分もだぞ!」

「は?てか、何で5分?」

「もう30秒も経過したぞ、あと4分半だ」

「え?何でそんな急ぐ必要が」

「あるから言ってるんだろ!」

「意味わかんないし」

「一騎、これは命令だ、わかったな!」

「は?」

「返事!」

「は?…い??」

「わかったならいい、早く来い」

それだけ言って総士はぷつりと消える。
未だ一騎の頭の中にははてなマークがそれは沢山飛んでいたのだが、とりあえず総士が切羽詰まってたっぽい
ので、そしてなんだかそれに背くのも後で物凄い恐ろしいような気がするので、一騎は一度切り替えた自動操縦
を手動にすると、先ほどの海面への急降下よりも数倍は早いスピードで格納庫へと向かった。

そして、予想外に3分で着いてしまった。

「何なんだろ」

一騎はぶつぶつと呟きながら、コックピットブロックが搬出されるのを待つ。
まさかこれも含めてあれから4分半だったとしたら微妙に間に合わなそうだと思ったが、一応格納庫にファフナー
は着いたのでそれでよしとしよう、とかなんとかまたぶつぶつと言っている間に上下の感覚がぐるんと回って、
コックピット内に光が差し込んでくる。
急に明るくなった視界に一騎は眩しくて何度か瞬きをしていると、目の前に手が差し出されているのが解った。
いつものことなのでそのまま自分の手を重ねると、途端にぐいっと引っ張られて一騎はコックピットの外に出た。

「あ」

と思ったらぎゅっと抱きしめられていた。たぶん、総士だ。それはすぐに解る。
耳たぶの辺りに総士の口元があるのも解って、くすぐったいよ、と身体を捩じろうとしたら小声で総士は囁いた。

「誕生日、おめでとう」

「あ!」

一騎は突然大きな声を上げて、がばっと総士の腕から逃れてしまう。
総士はびっくりしたような顔をして一騎をしばし見つめていたが、すぐにくすり、と笑みを溢した。

「本当は、もっと早く言うつもりだったんだが」

「あ…」

「夜中に電話すれば寝てると言うし、朝会ってもお前ロクに挨拶もせずどこかに走り去ったし」

「あー…」

「どうせ忘れてたんだろ?」

「…うん」

「ん?ということは、お前、今日誰にも、何も言われてないのか?」

「そうだったかも、っていうかだって朝来たらすぐフェストゥム来たって総士言ったじゃん」

「まぁ、そうだな」

「そうだよ!…って、だからその、うん、でも、さ」

「何だ?」

「総士で、良かったな、初めて、おめでとうって言ってくれるのが」

ありがと、と呟いて一騎は総士を見上げた。

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増歪
操は不敵な笑みを浮かべては一騎を見降ろした、一騎はじっと床を見つめたまま動かなかった。
いつだってそうだ、この関係は、この位置が言葉よりも如実に表していると思う。
皆が疑問一つ持たず打ち解ける中で自分一人だけ拭えなかった拒絶に近い感情。
それを巧みに利用したのは操で、それを打ち破る術を持たなかったのは一騎だ。
そしてそのまま月日は流れた、何もしなかったのは、何もする気が起らなかったからだ。
窓から差し込む午後の日差しが眩しいと思う。
まだそんなに早い時間なんだと少し驚きながらも、ただぼうっと白く浮かび上がる目の前に茫然とする。
落ちた視力の所為でうまく周囲が把握出来ないというよりも、見えたところで何一つ見たいとも思えない。
目の前に立つ男がその最たる象徴だ。
輪郭すら本来なら見えるはずもないのに、その口元が笑っているのが解ってしまうのが嫌だと思う。
一騎はぐっと拳を握りしめると、湧き上がる震えをやり過ごそうと歯を食いしばった。

「認めないのは構わないよ、僕には大して関係ない、けれど、苦しいのは一騎自身でしょう?」

操が口を開いた。
それが何を意味しているのかは痛い程解る、先ほど起こった戦闘の事だ。
操は優秀な指揮官だと思う、それは総士に匹敵するほどに。
けれど決定的に違うところがあると、一騎は思う。
口に出したことは無かったけれど、決して総士は選択しなかった事。
作戦の為ならばパイロットの命もかえりみず、まるで使い捨てるように命令を下す。
それは力の増大したフェストゥムに対抗するための有効な手段なのだと最初は言い聞かせた。
けれど、たぶん、それは一騎の思い違いだった。
現に先ほどの戦闘でファフナーが二機、フェストゥムとともに自爆した。
同じく前線に出て戦闘の真っ最中だった一騎は、最後の手段としてフェンリルを使用したのだと、そう思った。
それを選択するしかなかったパイロットの事を思って静かに涙を流した。
けれど現実はもっと残酷で。
フェンリルを強制起動させたのだと、操は言った。
ファフナーから降りた一騎をわざわざ呼び出して、そして口元に笑みを浮かべた。
自分が向かった所で二機とも無事に助け出せるとは到底思えない。
でも、いくら覚悟は出来ているといえ、自分が死ぬまでの僅かな時間を強制的に決められてしまうのは、
それはどんな気持ちがするのだろうと、一騎は死んだ二人のパイロットを思うと足が竦みそうな恐怖に襲われた。

「その身体で、強制的にクロッシングを切ることがどれだけ負担になるかは解ってるくせに」

現に、今だって立ってるのがやっとなんでしょう、と操は畳みかけるように一騎に話す。
それは、一騎の精一杯の抵抗のつもりだった。
操の操るジークフリードシステムとのクロッシングを強制的に解除してフェストゥムに対峙した。
今までの戦闘経験とマークザインの機体性能があれば、フェストゥム一体を相手にする事はそれ程難しくはない。
けれど、同化現象の進む一騎の身体でそれを行うことは、自殺行為に等しいと常日頃から聞かされている。
だから一騎も、なるべく感情は押し殺してクロッシングを続けていた。
それが、自分が生き残るためにも、島を守るためにも最良の手段だと思ったからだ。
でも、操の余りにも命の重さを感じさせないような指揮に疑問は募るばかりで、そしてクロッシングを解除した。
それをしないと目の前の敵を倒すという目的すら忘れてしまいそうなくらい頭が混乱したからだった。

「ねぇ一騎、聞いてる?」

「聞いてる」

「解らないわけじゃないなら、もうあんなことはやめなよ」

「どうして」

「何?」

「パイロットの命なんかどうでもいいなら、俺のことだってどうでもいいだろ」

「そうだね、でもさ」

そう言って操は一騎に歩み寄る。
一騎は思わず身体を引こうとしたが操が一足先にその腕をしっかりと捕まえた。

「一騎がいなくなったら、この島は誰が守るの?」

操はまた笑った、笑ったかどうかなんて正確には捉えきれない視力を補うかのように、空気がそう感じさせた。

「一騎だって、そう思ってるんでしょう?」

操はそのまま一気に一騎を引き寄せると腕の中に閉じ込める。
もがこうとした一騎にぎゅっと力を込めて両腕をしっかりと繋ぎ止めると耳元で静かに囁いた。

「だから君はまだ死ねない」

吐息が気持ち悪くて一騎はぶるっと身震いをする。
けれど囁かれた言葉は、なぜか呪文のように耳の奥に木霊して当分離れそうになかった。
生かされていると思いこみたいのに、生きたいと心の底から願う自分を見透かされたような気持ちがして、
逃げ出したいようなそんな気分になる。
そんな事を操が許すはずもないのは今までで解りきっている事だけれど、そう思っている事すら、目の前の男は
全て解っているのではないかと思えてしまう。
全部否定出来ない自分に嫌というほど自己嫌悪の感情が込み上げてくるのを感じながら、一騎はひたすら、
操が離れて行くのを待つしかなかった。

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遠く夢を見る
「苦しいんだ、泣かせてよ、でもお前には関係ない、なんでだろう、少しだけ似てるからかな」

薄暗い部屋の中で一騎は溢れる涙を気にも留めず、でも未だ俯いたまま呟いた。
少しだけ総士に似ている気がするのは、目の前の彼もまたフェストゥム側に親和性のある存在だからなのか。
あれから二年間、誰かに縋りつきそうになる自分を必死に押し殺してきたつもりだった一騎は少しだけ変わった。
決して耐えられなくなった訳では無いと自覚しているのに、なぜ目の前の人物に弱みを握らせるようなことを
したのか、苦しさでも寂しさでもないもっと深くのどろどろとした感情の吐露を、ただ聞き流してくれるような
そんな小さな望みを託したことだけは事実だった。
彼が自分の本当の気持ちを汲むことなんて有り得ないと解りつつも、この時間の共有が持つ意味が徐々に大きく
なり始めていることに嫌でも気付かされるような気がしてくる、と一騎はぼんやり思う。

「僕の前でだけ泣いてくれる一騎ってのはすごく嬉しいんだけど、最近じゃ引き寄せられてるのか、寧ろ突き
放されてるようで、君って意外と残酷だよね」

「操よりはマシだって」

「何その罪のなすりつけ合いみたいな、まぁ別にいいけど、一騎の泣き顔が好きとかいう僕も相当だしね」

そう言って操は一騎の前にしゃがみ込むと、両手で顔をはさみ無理矢理自分と目が合うように上げさせると、
にこりと微笑んだ。
相変わらず何を考えているのか解らないな、と一騎はそれをまじまじと見ながら思う、けれど口には出さない。
やがていつものように操の手は一騎の髪をくしゃりと撫でては、ゆるりと輪郭をなぞるように動かされる。
そのくすぐったいような体温に包まれる感覚が、いつしか記憶の中の大切なものと重なってしまうような気が
して一騎は少しだけ顔を顰めた。

「何でいつも、こんな時に限って側にいるの?」

自分でも驚くほど平坦な声で一騎は操に尋ねる。
操はまた、今度は声を上げて笑った。

「一人よりはマシでしょ?他のみんなには見せちゃいけないって頑なに我慢するからさ、一騎って」

「解った風に言うなよ」

「酷いな、少しくらい解らせてよ」

操は親指の腹で一騎の涙を拭うとそのまま自分の口元に運んでぺろりと舐め上げる。
いつもそうだ、けれどそんな事をしたって言葉以上のコミュニケーションなんか図れる訳無いのに、と一騎は
無表情のまま操の行動を見つめる。
そんなことで何か動かされるような感情など、もう自分には残っていないのだ。

「勝手にすれば」

呟いて一騎は、なんだか自分が酷く空っぽになってしまったかのような感覚に襲われる。
もともと否定しか選択してこなかった自分に何か残っているものなんてあると思う方が傲慢なのかもしれない。
思わず目頭が熱くなりかけたところで、操が口を開いた。

「じゃあさ、好きだって言ったら受け止めてくれたりするの?」

「何で受け止めなきゃいけないんだよ」

「これでも結構距離は縮まったと思ってるんだって、一騎だってそう思うでしょう?」

「勝手だよな、お前」

「一騎がそれを許してくれるからね」

そう言った操の言葉に、一騎は自分の中で叫び出しそうな程激しく渦巻く感情を再度見せつけられたような
気分になる。
いつだって救われたいんだと、確か自分はずっとそう思っては押し殺して、でも見つけてほしくて態と隙間を
開くようにしたのは紛れもなく自分。
「俺の所為かよ」と一騎は自嘲気味に呟いた。

「一騎は、強くて優しくてでもそれ以上に弱くて、ずっと一騎を見守ってた彼の気持ちがどんどん解ってき
ちゃうんだ」

「何が言いたいわけ?」

「僕、負けず嫌いなんだよね」

操はそろりと指を一騎の閉じたままの唇に沿わせてはゆっくりとなぞる。
一騎は気だるげに目を閉じると、操の指が止まるまでそのままでいた。

「お前が総士に適うはずがないから」

「当たって砕けるかなんて、当たってみなきゃ解んないでしょ?」

「そう思うならやってみれば?」

「随分、自信あるんだね」

操は笑ってその指を閉じたままの一騎の瞼に合わせる。
そのまま目を開かせるのかと思ったが、どうやらそんな気配は感じられない。
でもやっぱりこの温もりは錯覚に陥りそうになるから苦手だ、と一騎は思う。
でも振り払うようなことをしなくなったのはいつからだったかもう解らない。
その理由が、心のどこかでは求めてやまないものだということは、痛いくらいに知っているからだ。

「操ほどじゃないよ」

「褒め言葉として受け取ってもいい?」

「否定されても気にしないくせに」

そう言って一騎は口元を少しだけ綻ばせた。

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おかえり
「今何考えてたかあててやろうか?」

総士は一騎を後ろから抱きしめながら言った。

「どうせわかってんだろ」

そう言って一騎は目を開けた。
ぼんやりとした視界の中に当然、総士などいるはずもなかった。
でも、髪にかかった息や声や抱きしめられた感触はまだしっかりと残っていて、
一騎はそっと唇を噛みしめた。



別に幻想だったのではない。
総士はちゃんと帰ってきたのだ。
二年の月日を経て、一騎はやっと総士に会うことができた。
長かったのか短かったのか、なんだかもうそんな時間の感覚を忘れてしまうほどだった。
思わずゆるんだ涙腺の所為で滲んだ視界の中で、総士は「ただいま」と言った、
二年前と変わらぬ笑みを浮かべて。
「おかえり」を言わなくちゃ、と口を開いた瞬間、総士の顔つきが変わる。
それすらも懐かしいと感じてしまう、二年前に見た顔。

司令官としての総士だった。



「一騎、確認出来る敵は一体、島の上空から一気に降下してくる、18秒後に接触する」

直接、脳の中に響く声。
これも二年ぶりだなんて懐かしむ気持ちを必死に拭い去って、
一騎は上空を見つめると一気に飛び上がる。

そう、今この瞬間だけなのだ、帰ってきた総士に会えるのは。
声が聞こえるのも、感情が共有されるような感覚も、その姿が見えるのも。
一騎はまた思わず溢れそうになる涙を堪えて前方の敵に集中する。

二年前肉体が消失した総士は、僅かに破壊されたシステム内にその思念が残っていたらしい。
それを二年間保存し研究を重ねた結果、アルヴィスは再度総士の意識として構築することに成功した。
そして新しいジークフリードシステムそのものとして総士は一騎のもとに帰ってきた。
肉体こそ存在しないものの、ファフナーに乗りシステムに接続すれば、ちゃんと声も姿も確認できる。
二年間、思うように動かない身体とほとんど何も認識できない視界の中にいた一騎には、
それだけでも十分と思えるほど、その総士の存在が何よりも嬉しかった。
この二年間、孤独で徐々に苦痛となり始めていたのが嘘のように、戦闘の際の強い気持ちが戻った。
総士の存在が自分の中でどれだけ大きかったのかを改めて思い知らされた。

けれど一方で、一騎は不安と焦燥感に駆られていた。
ファフナーに乗ればその分だけ同化現象が進行する。
戦闘時以外はほとんど治療に専念しているというのに、二年前と比べて良くなるどころか少しずつ
不自由な範囲が広がる身体は、いつまで持つのだろうかと嫌でも考えてしまう。
戦って自分が消えることに未練など感じたこともなかった。
でもそれは、総士がまだここにいなかったからそう思えたのだと、システムの中だけであっても
自分のもとに総士が帰ってきてしまった今、このままいつか消えてなくなるのがとてつもなく怖くなった。

そんなことを思うと、知らずと涙が溢れる。
戦闘後の廊下で一騎は人知れず涙を流した。



「随分泣き虫になったんだな」



ふと、聞こえるはずのない声が聞こえて一騎は顔を上げた。
目をこらしたところで大して機能するはずもないのはわかっていたが、辺りを見回す。
するとまた声が聞こえた。

「目、閉じて」

言われるがまま目を閉じた瞬間、一騎はびっくりして思わず目を開けそうになってしまったが、
「閉じてろって」という声にびくりとしてぎゅと目を瞑ったままにする。

そこには、総士がいた。
一騎の目の前に屈みこんで、涙が流れていた頬にそっと手を伸ばす。
触れる感触とその温もりが、待ち焦がれ続けたそれで、一騎はまた涙が溢れてくるのを止められなかった。

「ほんと、泣き虫だな」

と苦笑する声が聞こえたかと思うと、ふわりと何かに包まれる感触。
それが総士の腕だということに気付くまで数秒かかってしまったのがなんだか恥ずかしいけれど、
いつでもピンと糊づけされていた総士の制服が、二年前と変わらないのが懐かしくて嬉しくて、
一騎はまた泣きそうになって「ごめん」とだけ呟いた。
一騎が泣きやむまで、総士はそのまま抱いていてくれた。

それが、この奇妙な時間の始まりだった。

一騎がひとりでいる時、目を閉じると総士は現れる。
殆ど見えていないのだから目を開けてたって変わりはないのだけれど、なぜかいつも目を閉じている時だった。
そして、そこに現れる総士の感触は全てが本当のようで、嬉しいのに戸惑ってしまう気持ちもある。
システム内でしか総士の意識は保っていられないのだと聞いたのに、どうして総士はここにいるのかと。
待ち焦がれた自分の幻想なのではないかと何度も疑ったが、その度に総士自身に否定されてしまった。
いまだに信じられない気持ちも半分くらいあるけれど、単純に総士に会えることが一騎は嬉しかった。
身体の不自由な一騎がひとりにさせてもらえる時間は限られていたが、それでも構わなかった。

「ありがと、総士、おかえり」

一騎は小さく呟いて、目を開けた。

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願い事
開け放たれた窓からは梅雨特有の蒸し暑い空気を纏った風がゆるく室内へ吹き込んで、
総士は思わず顔を顰めると、ベッドの上にいる一騎に「暑くないか?」と聞いた。
ドアの方を向いていたらしい一騎はこちらへ顔を向けると、「そんなことないよ」と言って微笑む。
その赤く濁った両目にはもうこの世界の何一つはっきりと映し出すことはないんだろうなと思うと、
細められた目の先に輝く夏の星座を見ては、総士は少し寂しげに微笑み返した。
まだ午後7時を少し回っただけの明るさを残す空の下では、島の皆が切り出した笹の木を運んでいる所で、
そういえば七夕だったな、なんて今更のように総士はそれを見て思う。
願い事なんて、叶わない事が多すぎて何だか願う事自体、叶わないと思い知らされるような気がして、
もともと行事自体に関心の薄い総士だったが、あまりこの行事が好きではないという気持ちが大きかった。

「もうすぐ、七夕だよな」

不意に声が聞こえて振り返ると、一騎がこちらを向いて笑いかける。
そうだな、と当たり障りない答えを返しながら一騎の側まで近寄ると、一騎はまた口を開いた。

「総士は、願い事とかないのか?」

「え?」

「って、無さそうだよな、総士は」

そう言って笑いだした一騎を見て総士は口ごもる。
急に黙った総士に構うことなく一騎はごそごそと枕の下に手を入れると、一枚の細長い紙を取り出した。
遠見が持ってきたんだ、と言って総士の目の前にひらひらとその紙を差し出す。
色紙で作られたそれは願い事を書く短冊で、総士はそろりと手を出してその紙を受け取った。
聞けば、総士が帰ってくるまでの間もずっと遠見は一騎の所へ毎年短冊を届けに来ていて、
勿論親切心で目の見えない一騎のために代わりに願い事を書くと言っていたのだが、
一騎はずっと断り続けたらしい。
願い事はあるにしても、高校生にもなって同年代の女の子にそれを言うというのは
やっぱり恥ずかしいだろうなと総士も一騎に同情する。

「でもさ、無かったわけじゃないんだ、本当はずっと」

「一騎?」

急にシーツを握りしめた一騎に総士は声を掛ける。
すると、俯いた一騎が絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。

「総士に帰ってきてほしいとかそんなことは願わなかったよ、それは願いじゃなくて約束だったから、
絶対、帰ってくるって信じてたから、絶対、願わなかった。だけど、本当はわかんなくて、信じてない
わけじゃなかったけど、わかんなくて、だから、あの約束を信じて待つ俺は間違いじゃないって思いた
かったから…」

「俺は、間違ってなんかないって…言ってくださいって、本当は…願ってた」

でも、もうそんなことはどうでもいいんだ、と言って一騎は顔を上げる。
その目から一筋、涙が流れ落ちて、思わず拭おうと総士が手を伸ばすと一騎は緩く首を振った。

「総士は、ちゃんと帰ってきてくれたから」

そう言って一騎は自分で涙を拭うと、ごめん、と言ってまた笑った。
そしてまた枕の下に手を伸ばすともう一枚、短冊を取り出した。

「二年分あったからさ、実は二枚あるんだ」

一騎はまたひらひらと短冊を揺らすと、まるで見えているかのようにそれを見つめる。

「ありがとうございました、って書こうかな」

柔らかな表情で言う一騎に総士がきょとんとした顔で見つめていると、一騎はこちらを向いて言う。

「願い、叶えてくれたしさ」

総士、帰ってきてくれたし、と言って一騎は総士の手を取るとそっと指を絡める。
総士も笑って一騎の頭を引き寄せると、自分の胸に優しく抱え込んだ。

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