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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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END OF THE WORLD5
携帯電話の通話ボタンを押そうとする指をふと止めて、最近登録されたばかりの表示番号に
総士は目をやるとそのまま唇を噛みしめる。
そして、先ほどの出来ごとをもう何度反芻するかというふうにまた考えを巡らせる。
開け放たれた窓からは夕暮れの生ぬるい風が吹き込んで、纏めていなかった総士の長い髪を
ふわりと宙に舞いあがらせた。


いつもと同じ―総士が帝都に呼ばれた理由であるところの―任務をこなして部隊を引き揚げる
途中のことだった。
今では建物が原型すら留めていないその場所は、フェストゥム側との情報交換が秘密裏に行わ
れていると諜報部からの情報があり、総士達はその日一斉捜索に踏み切った。
出入り口を全て封鎖し、中にいる人間をまとめて連行しようとしていたが相手もこの場所が
危険であることは承知の上だったらしく、上層階で凄まじい爆発音がしたかと思うとその数分
後、建物はあっけなく上から潰れてしまい、重要参考人として連行しようとした人間もろとも
瓦礫の下に埋まってしまった。
結果から言えば総士達の任務はここ何回か続く失敗に終わり、とりあえず瓦礫の下に埋まった
死体を処理する作業に切り替えようと指示を出した時、壊れた建物の影から走り出る人影を
見つけた。
一般人かと最初は気にも留めずにいたが、考えてみればここは普段でも一般人が訪れることは
稀な場所であり、そもそも封鎖の前に一般人が建物の中や付近にいないことは確認済のはず。
総士は慌ててその走り去る人影に目を凝らしたが、すでに路地へと曲がってしまったところで、
何者なのかはついに解らなかった。
ただ、数秒見たその後ろ姿に見覚えがあった。
まさかとは思ったが任務を終えて部屋に戻ってもその事が気になって何も手に付かない。
アリバイのような事を問うのは後ろめたいにも程があったが、どうか違っていてほしいと総士
は祈るような気持ちで通話ボタンを押した。

吹き込み続ける風を遮るように、空いた片手で目の前の窓を閉める。
ぼんやりと街灯が夕暮れ空に浮かび上がって街がそろそろ別の顔を見せ始める時間だ、と総士
は思った。


一騎は杖をついて右足を庇いながらいくつもの路地をすり抜けて行く。
急がなければならない訳ではなかった。
というより、外に出る前の操に言われた言葉が頭を離れなくて、いつもはもどかしいと思う不
自由な右足の動きも全く気にはならなかった。
「今日も仕事かい?」と馴染みの老人に尋ねられて、一瞬戸惑っては「はい」と笑顔で答える。
たぶん、いや、確実に仕事になるんだろう、そうさせるのは自分だけれど。
一騎はふと立ち止まると、まだ操の感触の残る身体にそっと左手を這わす。


「ねぇ、一騎」

連絡を貰って待ち合わせ場所へ向かおうと部屋を出る瞬間、急に操に呼び止められた。
何か忘れ物でもしたかと一騎は思って「何?」と振り向くが、操の口から次に出た言葉は、
全く頭の中で繋ぎ合わせられるものではなくて、一騎は固まってしまう。

「復讐、したい?」

「…え?」

「復讐だよ」

「なに、言ってるの?…操」

やっとの思いで一騎がそれだけ返すと、操は近づいて突然一騎を強く抱きしめる。
しばらくそのままでいた操はそっと屈んで一騎の耳元に口を近づけると、「したくなったら、
いつでも言って」と今まで聞いた事のないような声色で言った。

「…操?」

「手伝ってあげる」

そう言って操は一騎の耳に舌を這わせて甘噛みを繰り返す。
突如与えられる快感に一騎は「ぁ…」と小さく声を上げて操の背に腕を回すと崩れ落ちない
ようにシャツを握りしめた。

「…ぁの…さ」

一向に止める気配のない操に一騎は口を開く。
すると、「ん?」とだけまるで吐息のような声で操は答えて、でも一騎の思惑通り耳から口
を離した。

「操は、ここに来る前…どこにいたんだ?」

一騎は操を見上げる。
でも操は一騎に視線を合わせることなく口を開いた。

「紅音さんは、とても優しくて、僕は心から尊敬してた」

「え?」

一騎が驚いて声を上げると、操はまだ視線を合わせることはなく、でも表情をふと緩める。

「僕は親なんて知らないんだけど、もしいたら、こんな感じなのかなって思った」

「ぁ…それって、その」

「…そう、フェストゥムにいたよ」

そう言って操は一騎の方を見ると微笑んだ。
けれど一騎はそれにどう返していいのかわからずただ見つめ返すばかりだった。


「操は…」

立ち止まって先ほどの出来事を思い出していた一騎はそれだけ呟くとまた歩き出そうとする。
でもそれは、不意に前方から聞こえた総士の声によって阻まれた。

「総、士」

一騎は慌てて時計を見たがまだ待ち合わせ時間には10分弱程余裕があった。
しかも待ち合わせ場所から遠くもないが近くもないこの場になぜ総士が来たのかわからなか
ったが、焦った様子は悟られまいと一旦俯いてから顔を上げる。

「来てくれないかもって…思ってた」

微笑むような戸惑うような表情を浮かべて総士が近づいてくる。
一騎は杖を握る右手に力を込めた。

「話をするなら、俺を買ってよ」

「一騎?」

「俺が聞きたくない話をしに来たんでしょ?」

わざと憮然とした顔で一騎は総士を見上げる。
総士は少し驚いたような表情をしたが、すぐに何の感情も見せないような顔になった。

「何か…言いなよ」

しばらく沈黙が続いて、耐えきれなくなって一騎が言うと、総士は「わかった」と言って
上着のポケットから分厚い封筒を一騎の前に差し出す。

「わかってるんだったら、最初からそうすればいいのに」

それだけ言って一騎は封筒を取ると、「場所ならちゃんと取ってあるから」と言ってくるり
と向きを変えて歩き出した。
すぐ後ろで総士が付いてくる足音がする。
いつも使っている宿までは一騎の足で歩いてもここから3分程度だ。
一騎は左手に持つ封筒をちらりと見ては、こみ上げる涙が流れ落ちないように何度も瞬きを
した。

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END OF THE WORLD4
一騎は右足を庇いながら必死で狭く込み合った路地を早足で通り抜ける。
そろそろ夕刻になりつつある街は、夜市の開かれる金曜ということもあり、
数多くの露店がせわしなく準備に追われている。
そのせいでごった返す道は、普段なら鬱陶しくて堪らないものだが今の一騎にとっては有り難かった。
一騎は素早く後ろを振り返ると、そのまま横道に逸れてまた歩を進める。
なんとしてもこのまま操の元に帰らなければ、とただそれだけを強く思った。


今からほんの数十分前のこと。
一騎は操に頼まれた書類を依頼先に届けに、まだ明るい街へと出た。
目的地へはそう遠くはなく、頼まれた書類を依頼人へと渡すと一騎はそのまま帰ろうとしたが、
依頼人は「これを持っていってくれ」とだけ言うと、一騎の首にペンダントを掛ける。

「来主に渡してくれるだけでいい」

そう言った男は、誰がいるとも限らないから早く戻るんだ、と一騎に言ってドアを閉めた。
突然のことで呆気に取られていた一騎だったが、首に掛けられたペンダントを手に取る。
まるで青空のような綺麗な青色をした石がついているだけの簡素なものだったが、男の言いようからすると、
何か重要なものなのかもしれないと一騎は思う。
顔を上げて辺りに誰もいないことを確認すると、一騎はそのまま操の元へと真っ直ぐ向かった。
そうしていつものように裏道へと抜けようと思った時に異変を感じたのだ。

誰か、いる。

振り向くわけにもいかなかったが、誰かがというより数人が自分の後をつけているような感覚がする。
裏道を使えばここから数分で操の元に辿り着けたのだが、一騎はわざと遠回りになる大通りへと出た。
相手の目的は何なのかわからないが、とりあえず人混みに紛れて行方をくらまそうと思う。
一騎は準備に勤しむ露店の中をかいくぐって進んだ。
人混みによって後ろの気配は薄くなっていたような気がするが、
相手に先を読まれないように幾多にも方向を変えながら歩いていく。

「うわっ…!!」

急に目の前に現れた子供の乗る自転車に一騎は掠ってそのまま地面に倒れ込んだ。
慌てて顔を上げると、自転車もバランスを崩したのか地面に倒れている。

「ごめんっ、大丈夫?」

うずくまる子供に一騎は声を掛けるが何も返事は返ってこない。
まずいな、と思って子供に近寄ろうとしたその時だった。

「いくら急いでいるからって子供に怪我させるとはねぇ」

頭上から聞こえた声に一騎は顔を上げる。
するとそこには数人の男達が立ちはだかっていた。

「すみません」

自分の後をつけてきたのはこいつらか、と一騎は思いつつもとりあえずは謝罪の言葉を口にする。
まさか見逃してもらえるとは思ってもいないが、下手に口答えをしてしまっては状況を更に悪化させるだけだ。
一騎が俯いたままでいると、「ここじゃ何だから、ちょっとあっちの裏に来てくれるかな」
とまた頭上から声がした。
一騎は転がった杖を引き寄せて立ち上がると男達について路地裏へと歩いていく。
薄暗いその道に入った途端、杖を勢いよく引っ張られて一騎は地面に倒れてしまった。

「っ痛…」

一騎はギリと頭上の男達を睨みつける。
すると男達の一人が口を開いた。

「さっきお前が貰ったペンダントがあるだろう?それを私達に渡してくれないか」

そう言って男はしゃがみこむと、一騎の胸元に光るペンダントに手を伸ばそうとする。
渡してはいけない、となぜか頭の中に警鐘が鳴り響いた一騎はペンダントを服の中にしまうと、
その上から手で強く握りしめる。

「抵抗するだけ痛い目に遭うけど?」

男は楽しそうに笑って一騎の前髪を掴みあげる。
一騎が思わず顔を歪めたその時、

「その手を離してくれないか」

声が聞こえた。

「誰だ、お前?」

一騎の前にしゃがみ込んだ男が口を開く。

「アルヴィスだ」

よく通る声がその名を告げた瞬間、前髪を掴まれていた一騎はその手を離されてどさりと地面に倒れ込む。
声のした方に目線だけ向けると、そこには総士がいた。

「そう…し」

思わず呟いた一騎に総士は優しげに微笑みかけると、周りを囲んでいた男達に言う。

「無駄な抵抗は考えるな、逃げようと思ってももうアルヴィスが周囲を取り囲んでいる。
お前達、フェストゥムの人間だな?」

「俺達は別に、何もしてないじゃないか」

狼狽える男達に総士は言い放つ。

「今お前達が取り囲んだその少年はまだ16歳だ、未成年に対しての暴力はここでは暴行未遂罪に問われる。
抵抗すれば罪はもっと重くなるぞ」

総士が言い終わるやいなや待機していたアルヴィスの人間達が一斉に男達を取り押さえる。
「連れて行け」と総士が命令すると、一騎を囲んでいた男達はそのまま路地の外へと連行されていった。

「大丈夫か?」

総士は倒れたままの一騎の元へ駆け寄る。
その顔はさっきまでの張りつめたような表情ではなくて、一騎はなんだか困惑してしまう。

「お前、怪我して…」

「大丈夫」

そう言って一騎は上半身を起こした。
が、すぐに背中と膝に総士の腕が回されるとそのまま抱き上げられてしまう。

「総士?」

「手当するから」

総士は一言告げてそのままぐんぐんと歩き出す。
大丈夫だから降ろせよ、と一騎が何度言っても総士は聞かなかった。
そうしていつのまにか見知らぬ建物についたかと思うと、総士はドアを開ける。

「僕の部屋だから」

そう言って総士は中に入ると一騎をベッドに横たえた。


一騎は自分でも気がついていなかったが、男達に杖を引っ張られて倒された時に両手と両足を
擦りむいていたようだった。
まぁあれだけごつごつした石畳の道じゃ仕方ないよな、と思いつつやたらと手際よく消毒しては
包帯を巻いていく総士をぼんやり見つめる。
時折、

「痛くないか?」

と聞いてくる総士になんだかまた昔の記憶が蘇って、うれしいような苦しいような感覚が押し寄せる。
一騎は「もう大丈夫」と言って総士に微笑んだ。

「総士は、アルヴィスにいるのか?」

急に先ほどの一連の出来事を思い出して一騎は総士に尋ねた。
すると総士は少し言葉に詰まったような素振りを見せつつも「ああ」とだけ答える。
「どうして?」とか「いつから?」とか色々聞きたいことはあったのだが、
なんだか沈んだような表情を浮かべている総士を目の前にすると、
何一つ口をついて出る言葉が無くなってしまう。

「そっか」

一騎はそれだけ呟いて、ベッドから起きあがった。
サイドに立てかけてあった杖を取ろうとすると、総士が取り上げてしまう。
不思議そうに一騎が見上げていると、総士は言った。

「送っていくよ」

「あ…」

「住所さえ言ってくれればわかるから」

「…でも」

「じゃあ、近くまでならいいだろ?そこまで送っていく」

言い淀んだ一騎の事情を察してか、総士はそう言うと、一騎の前にしゃがみこんだ。
「ほら」と言って手を後ろに差し出してくる。
別に、おぶってなんてくれなくても歩けるのに、と一騎は言いたかったが、
なんとなくそんな雰囲気ではないようn気がして静かにその背に身体を預ける。
立ち上がった総士の肩越しに見える景色は一騎のそれよりも若干高く、
総士にはこんな風に景色が見えてるんだと思うと何だか不思議な感覚がした。

「大通りに出て、三つ目の信号を右に曲がったとこ」

一騎はぼそりと総士に言うと、「わかった」と総士は振り向いて微笑む。
そういえば今は何時なんだろうと一騎は少し不安になった。
大通りで男達に絡まれた所を総士に助けられてから今まで、そんなに時間は経っていないような気もするが、
夕暮れ時だったはずの空はもう夜になっていて、一騎は操が心配しているんじゃないかと思う。
今更時間を気にしたところで戻せるわけでもないから、
とりあえず着くまでに何か心配されないような言い訳でも考えようと頭を巡らせた。

「あ、あそこ、あの角でいいから」

そうしている内に目的の路地がすぐ目の前に迫り、一騎は総士に声を掛ける。
案外、総士の住んでいる所からここまでは遠くなかったらしい。
一騎がそんな事を思っていると、ふいに名前を呼ばれた。

「一騎」

至近距離ではないその声に一騎は顔を上げるとそこには操が立っている。

「操」

思わず名前を呼べば、今度は総士の方が一騎に振り返った。
耳元で急に大声を出してしまったことに気づいて一騎は「一緒に住んでる人なんだ」と総士に告げる。
「そうか」とだけ返事が返ってきたが、一騎は別にその事に何も疑問は持たなかった。

「すみません、怪我をしていたので僕の家で手当をしていました」

総士は操の前まで来ると、そう言って頭を下げた。
そっと一騎を地面に下ろすと杖を手渡してやる。
「大丈夫か?」と操に尋ねられたので「うん」と一騎は返した。

「一騎が、お世話になりました」

操は総士に頭を下げると、「行くぞ」と言って一騎の背中を押す。
一騎は振り返って「本当に、ありがとう」と総士に言うと
操と一緒に路地を曲がった。

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END OF THE WORLD3
「これ、今日の分」

そう言って一騎は操にお金の入った袋を渡すと、そのまま椅子に腰を下ろした。

「疲れたでしょ、寝ていいよ」

一騎が驚いて操の方に向き直ると、操は中身を確認しながら苦笑する。

「だって、この金額、相当ハードだったんじゃない?」

そういえば、と一騎は最後に渡された封筒の厚さがいつもの倍くらいあったかなと記憶を辿る。
急いでいたから大して確認も取らなかったけれど、何でこんなに…と一騎は少し戸惑ってしまった。

操に話すべきだろうか。

一騎は思わず視線を彼から逸らして考える。

操こと来主操は、二年前、一騎が行くあてもなく街をさまよいかけた時に拾ってくれた
命の恩人とでも言うべき男だった。
緩くウェーブのかかった茶色い髪に、一騎よりも頭ひとつ分身長の高い操は、
うずくまっていた一騎に優しく声をかけて手を差し伸べた。

「僕も、君と同じなんだ、多分」

そう言って寂しそうに微笑んだのがやけに印象的で、赤の他人なのになぜかその手を取ってしまった。

そして連れてこられたのがこのアパートで、表向きは風俗店として認可を取っている。
操ももちろん身体を売ってはいたが、ある時、全く自分のことを話さなかった操が電話で誰かと
話しているのを偶然聞いてしまった。
すぐに気付かれて謝ったが、別に咎められることもなく、ただ一言「誰にも言っちゃダメだよ」と
言われただけだった。
それからというもの、操は隠れて電話をすることもなくなって、その会話をずっと聞いていた一騎は、
どうやら操はアルヴィスの内情を探っている情報屋まがいの仕事をしているらしいと、
直接確認したわけではないものの、彼の本当の仕事を理解している。
特殊な事件に巻き込まれてしまい表立って援助を受けるわけにもいかなかった一騎は、
2年前から操と同じように身体を売って生活費としては余るほどの金額を稼いでいた。
暗黙のうちに操への情報を集める手伝いをするような形になっていたので、
自然と相手をする人間もそれなりの身分にある者が多く、
同業者よりは破格の金額を貰うことが多かったのである。

理由はもちろんある。
一騎ははっきりとではないが、両親を殺したのはアルヴィスではないかと勘づいていた。
操の手伝いをしていれば、そのうち、何か両親に繋がる情報が得られるのではないかと思った。

「会ったんだ」

一騎は俯いたままぼそりと口を開いた。

「え?」

「総士、戻ってきてた」

聞き返す操に一騎は思い切って総士の名前を口にした。

「総士が?」

「うん」

「…一騎を、抱いたの?」

まるで聞いてはいけないことのようにゆっくりと尋ねてきた操に一騎はふるふると首を横に振った。

「会いたかったって」

そこまで言って一騎は口をつぐむ。
「会いたかった」確かに総士はそう言った。
覚えていると言ったら誰が見て一目で解るように安堵感に包まれた表情をしていて、
なんだか嬉しいようで、でも特に言いたいわけでもないこの2年間を知られてしまったらどうしようと
困惑する気持ちがどんどん大きくなってしまう。
結局、話してしまって、案の定総士は自分のこと以上に心配しているような顔をしていたけれど。
その気持ちに甘えていられる時期なんてとっくに過ぎ去ってしまったのだと心のどこかが叫んでいて、
その背中に縋りつきたい気持ちを堪えるために、しなくていいことまで総士相手にしてしまったと
自己嫌悪の感情ばかり募ってくる。
思い出はそのまま、そこから遠く離れてしまった今となっては思い出すなんてことはしないほうが痛くないと、
なんだかそんな思いがこみ上げた。
別れ際に何か言われたような気がするけれど、形だけとはいえ幼なじみとこんな事をするだなんて
自分が信じられなくて、逃げるように宿を後にした。
うまく動かない右足がもどかしくて仕方なかった。

「…大丈夫?」

「え?」と顔を上げると、そこには心配そうな顔をした操が立っている。

「大丈夫じゃないって顔してる」

そう言うと、操は一騎の身体に手を回して強く引き寄せた。
数秒経って、抱きしめられたのかと一騎はぼうっとする頭で思う。

「わかんない」

一騎は操の服をぎゅっと握りしめた。
自分が何を思っているのか、どうしたいのか、何もかもわからないと思った。

「…泣いても、いいんだよ」

操の手がゆっくりと一騎の頭を撫でる。
そっと髪を梳く手の心地よさと握りしめた薄い布越しに操の体温が感じられて、
一騎は自然と両目に涙が溜まっていくのを堪えられなかった。
泣いたところで何も、何一つ変わらないのに、と思うとなぜか余計に涙がこぼれそうになる。

「何も、考えたくない」

一騎は呟いて、操の服にぎゅっと顔を押しつけた。

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END OF THE WORLD2
午前0時寸前にすべり込んだ宿は、さっきまでいた路地裏からさらに奥に入った所にある。
導かれるままに辿り着いたその門構えは総士達の年代の人間が普段足を踏み入れることのないような造りをしていて、
一騎はいつもどんな客を相手にしているのだろうと総士は漠然と思った。

そして、部屋に入ってから小一時間が経とうとしている。
もちろんベッドは一つしかないから二人ともそこにいるしかなかったのだが、横たわるのは一騎だけで、
総士は反対側の縁に腰を下ろしたまま、目を合わせることは一度もなかった。

「抱かない奴なんて、初めてだ」

「僕は…そんな」

突然口を開いた一騎に総士は口ごもる。

「ごめん、からかった」

くすくすと一騎は笑って、初めて総士の方を向いた。

「覚えてるよ、総士」

そう言って一騎は、また記憶の中と同じ笑顔で笑う。
その笑顔に思わず言葉に詰まった総士は、数秒置いてから「一騎」とだけ小さく言った。

「旅してんだ、相変わらず」

「居場所は見つかったの?」と、何気ない一騎の問いかけに総士はどう答えていいのかわからなくなる。
居場所が見つからないと旅に出たのは、それを告げたのは紛れもない事実で。
だけど現状はあの頃と比べてはるかに複雑になってしまい、いくら一騎といえど簡単に話す訳にはいかなくなってしまった。
総士は気づかれないように小さく息をはくと、「一騎はあれからどうしてたんだ?」と、無理矢理話をそらした。

「…一騎?」

急に黙りこくった一騎の顔を総士は覗き込む。
それは、苦しみのような悲しみのような、今まで総士が見たことのない表情で、思わず総士は息を飲んだ。
すると、一騎は表情を緩めて言葉を発した。

「何もなくなったよ、二年前」

「二年…前?」

曖昧な表現で自嘲するように笑った一騎の言葉の意味を計りかねて総士は繰り返したずねる。
一騎の手がシーツを握りしめるように見えた。

「そう、朝起きたら…みんな死んでた」

告げられた台詞に、総士は頭の中に嫌でも連想させられる事柄が浮かび上がる。
そうであって欲しくはないと縋るように祈りながら、そっと一騎に問いかけた。

「殺されたのか?」

すると一騎は総士をチラリと見て眉を下げる。

「あたり一面血だらけで、なんかドラマみたいだなって」

総士を見ている筈の両目が全く焦点を合わせていないような気がして、総士はやたらと口の中が乾くような、
変な緊張感に包まれていくのを感じる。

「警察は?」

「…動く筈ないし」

それは…と口が開きかけて、総士ははっと目を見張った。
生憎一騎はベッドに目線を落としたままにしているので、ぎこちない総士の仕草を知られることはなかったが、
総士は背中を嫌な汗が流れていくのを感じる。

それは…たぶん、アルヴィスだ。

と、総士はひとり一騎を見つめながら目を伏せた。

アルヴィスとは全世界に広がる自警組織で、主な仕事は地域ごとの治安を守ることだったが、
ここ数年でいえば、ある組織の壊滅のために活動している。
その組織とは、「フェストゥム」と呼ばれる過激派で、暴徒と化した構成員達が世界中で暴動を起こしては治安を悪化させていた。

治安悪化が激化する中、総士は15歳の時に自ら進んでアルヴィスに入った。
宇宙を放浪する中で様々な人々を見てきた総士は、何か自分にも出来ることはないかと、入隊を決心した。
丁度アルヴィスに入った二年前に、あくまで組織内の噂でしかなかったが、
アルヴィスの特殊部隊が帝都で暗殺を繰り返していると聞いたことがある。
そのターゲットはアルヴィスからフェストゥム側に移り、内部情報を漏洩しているとされる者達で、
たまたま回ってきた到底本物とは思えないリストに一騎の母親の名前が書かれていて酷く驚いた記憶があった。
それが実行されたのか否かはわからなかったが、その後特殊部隊の話は全く聞こえてこなかったので、
誰かの単なる暇つぶし程度には手の込んだ嘘だったのだろうと総士はひとり決め込んだ。
そもそも容疑だけで犯罪行為が発生しないのにも関わらず口封じのようなことをアルヴィスがやるとは到底思えなかった。

でも、暗殺は行われたのだと今ここで解ってしまった。
それも、被害者の遺族で自分の幼なじみの口からはっきりと事の経緯が語られた。
もちろん、一騎がこのことを知っているとは思えないが、昔からやたらと察しの良かった彼の事だから、
呼び止めた時にわざと他人の振りをしたのかもしれないと総士は思う。
ずっと会いたかった、でも、なぜ呼び止めてしまったのだろうと総士は数時間前の自分を少し恨めしく感じる。

そうしてどれくらいの沈黙が過ぎたのかわからないが、一騎が総士を見上げると口を開いた。

「それからずっと、こうやって生きてる」

右足を引きずるようにベッドの上を這って一騎は総士の側に寄ると、突然総士の手を取ってその指を口に含んだ。
指の形を確認するようにくるりと舌で器用に舐めると、わざと上目遣いで総士を見上げてくる。

「かず…き」

何の躊躇もなくこんな行為をしてみせる一騎に、総士は動揺を隠せなくてうまく言葉を紡げない。
すると一騎は総士の指から口を離してくすりと笑った。

「ごめん」

気持ち悪いよね、と自嘲気味に笑う一騎に総士は顔を歪める。
二年前、突然両親を殺されて何もなくして、当然法律上では就労は禁止されている年齢だから真っ当な仕事は出来ない。
でも、警察すら動かない事件なら一騎の存在すらもなかった事にされたのだろう、財産など残されたわけもなく、
それでも生きていくために身体を売って稼ぐのが手っとり早く、そうでもしなければのたれ死ぬのをただただ待つしかない。
絶望に囲まれた中での苦渋の選択をするしかなかった幼なじみのことを思うと、総士はどうしていいかわからなかった。

「今、どこにいるんだ?」

やっとのことで総士はそれだけ言った。

「ごめん、お客さんにそういうことは言えないんだ」

と、一騎はまた笑って答える。

「ちゃんと…」

「うん、ちゃんと暮らせてるよ。同僚の所に住まわせてもらってる」

そう言って一騎は安心させるように総士を見た。
その表情につかの間の安堵感がこみ上げた総士は「それなら…よかった」と小さく呟く。
すると、一騎はにこりと笑った。

「変わらないよな、昔から」

独り言のように呟いた一騎に総士は訳も分からずただ見つめていると、一騎は総士の手に自分の手を重ねて言った。

「総士、やっぱりお兄ちゃんみたいだ」

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END OF THE WORLD1
数年ぶりに踏んだ帝都の地は、相変わらず人の往来が激しく、もう夜も遅いというのにまだ通りは建物の灯りで明るく照らされ、
まるで夜だということを忘れてしまうかのようだった。
数週間に及ぶ飛行船の旅では、見えるものといえば漆黒の宇宙と僅かに煌めく星座くらいだったので、
突然明るく照らされる視界が白くぼんやり霞むような感覚がする。
しかし行き交う人々は皆、黒いケープを着込んでは頭からすっぽりとフードを被り、
表情はおろか老若男女の区別すら容易にはつきそうもなかった。

首に巻いた大きめのストールで口元を隠すと、総士は繁華街の裏通りへと歩を進める。
約束は明日だったが、任務に遅れるのは組織の命取りになりかねない、
ましてや帝都から遠く離れた地にいた総士には定刻通りに運行されない事で有名な飛行船しか移動手段はなく、
指令を受けてからすぐチケットを手配して帝都へと向かったのだ。
奇跡的に遅延を免れた便によって一日早く帝都入りした総士は、
数年前まで暮らしていた故郷の懐かしい景色を見て回ろうと思い、宿に直行することをしなかった。

ちらりと左手首の時計に目をやると、もうすぐ23時になろうとする所だった。
先日17歳になり、やっと23時以降の外出も法律上許されるようになった総士だったが、生まれつきの童顔のせいか、
先日までいた地でも警察に呼び止められる事が多かった。
だからストールで顔の半分を隠して足早に路地を歩く、もう季節は初夏に近いというのに。

大通りは見知らぬ近代的な建物が並んですっかり変わってしまったと思ったのに、
一歩裏道に入れば、各家の軒先から橙色をした提灯が縦に長く連なる。
濃紺の夜空に橙色がぼうっと滲んでとても綺麗なのは変わらないままなのかと、
総士はストールの下の口元が自然と綻ぶのを抑えられなかった。

そして目の前に迫った角を右に曲がった時、聞こえてきた声と少し先に見えた光景に総士はふと立ち止まる。
慌てて立て看板の陰に隠れると、そっとその先を見た。

何やら話し合っているらしい大柄の青年と、
それに隠れるように青年よりも20cmは小さいであろうと思われる少年らしき人影が見える。
右手には松葉杖を持つその黒髪の少年の声が再度聞こえた時、総士は目を見開いた。

「一…騎」

瞬時に総士の脳裏には7年前の一騎の姿が浮かび上がる。
毎日のようにこの路地裏で遊んでは、四六時中一緒にいたことは忘れる筈もない。
あの頃よりも伸びた黒い髪は顎よりも長く肩につきそうなくらいで、
やはり、変わらず右手に持った杖に総士は顔を少し歪めた。

と、その時、一騎の前に立っていた青年が離れていく。
「また、よろしくね」と小さく一騎は言って、引きずった足を労るかのように門前の階段へと腰を下ろした。
青年に最後に向けた媚びるような笑顔に、総士は言い知れない違和感を覚える。

こんな時間に、何を?

総士だって15の時から仕事に就いていたから、
離れている間に一騎だって何かしらの職業に就いていたとしても何ら不思議はないわけで、
なのに胸がざわつくような感覚がこみ上げて、総士は路地へ出ると早足で一騎の下へと向かった。

「…一騎」

数年ぶりかに呼びかけると、ゆっくりと下を向いていた顔が上がる。
そして見つめられた両目の赤い色に、やっぱり一騎だと総士は再度確認をして、おもむろに顔を覆うストールを外した。
すると、目の前に手が差し出される。

「?」

総士が意味を図りかねていると一騎は虚ろな目のまま口を開いた。

「いくら?」

「…え?」

「どこのホテルがいい?」

「一騎」

「俺を買うんでしょう?」

そう言って一騎はまたあの媚びたような笑みを作った。
しばし呆然としてしまった総士だったが、慌てて「違う」とだけ口にする。

「違うなら、他をあたって」

一騎はそう言うと、ふい、と横を向いてしまった。
見向きもされなかったことに加えて、一騎の仕事が何だったのかが即座に理解出来てしまった総士は、
暫くそのまま立ち尽くしていたが、意を決すると一騎の前にしゃがみ込んだ。

「僕だ、総士だ…覚えてないか?」

総士が呟くと、一騎は面倒臭そうに顔だけこちらへ向けると「さぁ」と一言だけ言った。
そのまま沈黙が流れると、一騎は地面に置いていた松葉杖を右手に持ち直す。
「そこいられると、仕事の邪魔なんだ」と抑揚のない声で総士に告げると、立ち上がろうとした。

「待ってくれ!」

「…何?」

「話を、しないか?」

総士は立ち上がろうとした一騎の肩を掴むと顔を歪める。

「俺、急いでるんだ」

12時まであと1時間もないから、と一騎が肩に置かれた総士の腕に手をかけた時だった。

「払うから」

力を込めようとした一騎の手が止まり、赤い両目が再び総士を見た。

「お金なら…払うから」

総士は必死に言ったが、一騎は力の緩まった隙に立ち上がると総士に背を向けて歩き出した。

「そ…んな」

総士は俯いたまま顔を上げることが出来なかった。
幼なじみに忘れられていたということが深く心に突き刺さる。
自分だけが大切に閉まっていた思い出が音を立てて崩れさっていくような感覚がした。
握りしめた両手の拳に力を込めた時、前方から小さく声が聞こえた。

「何?」

力無く総士が顔を上げると、
もうとっくに姿など見えなくなっているだろうと思っていた一騎が少し先に立ってこちらを見ている。

「いいよ」

そう言って、一騎は笑った。
先ほどまでの媚びるような笑いではなく、記憶の中の、一騎の笑い方だと総士は思った。

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