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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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願い事
開け放たれた窓からは梅雨特有の蒸し暑い空気を纏った風がゆるく室内へ吹き込んで、
総士は思わず顔を顰めると、ベッドの上にいる一騎に「暑くないか?」と聞いた。
ドアの方を向いていたらしい一騎はこちらへ顔を向けると、「そんなことないよ」と言って微笑む。
その赤く濁った両目にはもうこの世界の何一つはっきりと映し出すことはないんだろうなと思うと、
細められた目の先に輝く夏の星座を見ては、総士は少し寂しげに微笑み返した。
まだ午後7時を少し回っただけの明るさを残す空の下では、島の皆が切り出した笹の木を運んでいる所で、
そういえば七夕だったな、なんて今更のように総士はそれを見て思う。
願い事なんて、叶わない事が多すぎて何だか願う事自体、叶わないと思い知らされるような気がして、
もともと行事自体に関心の薄い総士だったが、あまりこの行事が好きではないという気持ちが大きかった。

「もうすぐ、七夕だよな」

不意に声が聞こえて振り返ると、一騎がこちらを向いて笑いかける。
そうだな、と当たり障りない答えを返しながら一騎の側まで近寄ると、一騎はまた口を開いた。

「総士は、願い事とかないのか?」

「え?」

「って、無さそうだよな、総士は」

そう言って笑いだした一騎を見て総士は口ごもる。
急に黙った総士に構うことなく一騎はごそごそと枕の下に手を入れると、一枚の細長い紙を取り出した。
遠見が持ってきたんだ、と言って総士の目の前にひらひらとその紙を差し出す。
色紙で作られたそれは願い事を書く短冊で、総士はそろりと手を出してその紙を受け取った。
聞けば、総士が帰ってくるまでの間もずっと遠見は一騎の所へ毎年短冊を届けに来ていて、
勿論親切心で目の見えない一騎のために代わりに願い事を書くと言っていたのだが、
一騎はずっと断り続けたらしい。
願い事はあるにしても、高校生にもなって同年代の女の子にそれを言うというのは
やっぱり恥ずかしいだろうなと総士も一騎に同情する。

「でもさ、無かったわけじゃないんだ、本当はずっと」

「一騎?」

急にシーツを握りしめた一騎に総士は声を掛ける。
すると、俯いた一騎が絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。

「総士に帰ってきてほしいとかそんなことは願わなかったよ、それは願いじゃなくて約束だったから、
絶対、帰ってくるって信じてたから、絶対、願わなかった。だけど、本当はわかんなくて、信じてない
わけじゃなかったけど、わかんなくて、だから、あの約束を信じて待つ俺は間違いじゃないって思いた
かったから…」

「俺は、間違ってなんかないって…言ってくださいって、本当は…願ってた」

でも、もうそんなことはどうでもいいんだ、と言って一騎は顔を上げる。
その目から一筋、涙が流れ落ちて、思わず拭おうと総士が手を伸ばすと一騎は緩く首を振った。

「総士は、ちゃんと帰ってきてくれたから」

そう言って一騎は自分で涙を拭うと、ごめん、と言ってまた笑った。
そしてまた枕の下に手を伸ばすともう一枚、短冊を取り出した。

「二年分あったからさ、実は二枚あるんだ」

一騎はまたひらひらと短冊を揺らすと、まるで見えているかのようにそれを見つめる。

「ありがとうございました、って書こうかな」

柔らかな表情で言う一騎に総士がきょとんとした顔で見つめていると、一騎はこちらを向いて言う。

「願い、叶えてくれたしさ」

総士、帰ってきてくれたし、と言って一騎は総士の手を取るとそっと指を絡める。
総士も笑って一騎の頭を引き寄せると、自分の胸に優しく抱え込んだ。

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NO WHERE
「島を守る気持ちがなければ、戦う資格がないとでも思うのか?」

総士は、約束通りに海岸へと来た一騎を見るなりそう言った。
明からさまにびくりと肩を震わせて立ち止まった一騎を総士はじっと見つめる。
別にそんな事が言いたいわけではなかった。
自分でも発した言葉の意味が成り立つ訳がない事くらいは解る。

「誰にも言えない感情を胸に秘めたまま戦うことが辛い事くらい知っている」

総士はゆっくりと一騎に歩み寄る。
視線は一度も外さないまま。
無論、正当化してやるつもりなど、ない。

「身体中に快感を駆け巡らせながら無我夢中の内に破壊してしまったフェストゥム、
それが結果的に島の平和を守った」

近づくと、空の色が映り込んだ一騎の両目がそこにある。
狂喜乱舞するような戦闘が繰り返される空、その一方で昨日まで仲間だった人間が
一瞬の内に消えて跡形もなくなる空。
赤く沈んだ色の目で見る空と、澄んだ黒い目で見る空は違うんだろうな、と思う。
でも、だから何だというのだろう。

「その結果を喜んで、何が悪い。結果を出した者を讃えるのは極自然なことだろう。
結果さえあれば、過程など考慮に値しない、ましてやその中に在る者しか持ち得ない感情など、
誰も知る必要などない」

「知ったところで、何か変わるのか?」

少し目線より低い所にある一騎の顔を総士は上から覗き込んだ。
思った通りにその視線は横に逸らされて、それでも一騎は何も言葉を発しなかった。

「島という組織の構成員は島という組織に義務を負うべきだと、
その最たる働きである守るという行為を心の中で実感としては無いままに、
体現してしまうことに矛盾を感じるんだろう」

「そして、義務を認識出来ないために、組織の構成員としての帰属意識が薄れ、
その存在も希薄に感じているんだろう」

なぁ、一騎、と言って総士は初めて一騎に触れる。
とはいっても肩に手を置いただけだったのだが、
一騎は困惑しきった表情を浮かべながらまたびくりと身体を震わせた。

「全てが全て、100%同意の下に世界は動いていると思うか?」

「同意じゃない行為の正当性に値しない事実を自ら暴露して秩序を乱すことに
全体としてのメリットなど何もない」

「あるのはただ、それをした個人の理解されたいという傲慢な欲求だけだ」

強くなってきた海風に吹かれて一騎の長い前髪が舞い上がり、俯き加減だった顔の輪郭を露わにする。
それに怯えるように更に俯こうとするのを止めるかのように肩に置いた手に力を込めると、
またびくりと震えてその目線が総士をゆっくりと下から捉えた。

「目の前の敵を倒したら、理由はどうであれ結果的に島を守った事になる」

「今はその単純な構図が、みんなが生き残るための最上で最良の手段なんだ」

「それだけ、なんだ。何も難しい事なんかじゃない、それしか今は、ないんだ」

強い海風が、今度は総士の髪を乱して、そして顔を覆うように隠す。
また一つ、嘘を吐いた。
見上げてくる黒い両目に、自分の奥が透けて見えてしまいそうな感覚がして、
見えるのが片目だけで良かったと総士は思う。
もしこの左目が見えていたなら、一騎は今何か言葉を発したかもしれない。
生きている限り永遠に彼に後ろめたさを与え続けるであろうこの目でつけた重い枷に、
最近は特によく助けられるような気がする。

総士は目を閉じると、ひとつ小さく深呼吸をする。

一騎に、自分の事情など話すつもりはない。
たとえ話したところで事態は何一つ好転しない、誰一人守る事も出来ない。
そんな事を悠長に考えていられる時間を、敵は与えてなどくれない。

「今は、今までの日常じゃない、非日常の緊急事態だ」

「でも、パイロットが戦って死ねばいいとは思わないよ、これは僕の本心だ」

はっとしたように見つめ返す一騎の目を見つめては、総士は少しだけ表情を緩める。
それすらも嘘なのかもしれないと、同じように少しだけ安堵の表情を見せた一騎をまた見ては、
自嘲気味な感情が総士の中に沸き上がる。
一騎の口が何かを言おうと形作っては、そのまま音を発することなく閉ざされる。

素直に思った事を口に出来ないのが、不器用すぎる自分達の共通点のひとつでもあって、
相手を見てはもどかしいと感じるけれど、それ以上に素直に行動出来ない自分に嫌気が差して、
そして相手に同情して、過剰に謙虚な振りをしては、単に臆病すぎるのを隠しているつもりになっている。

吐き気がするほど自己嫌悪に陥りながらも自己を正当化し続けるあたりが、救いようのないくらい似ている。

鏡に映った自分の分身のように似ていると思うなら、
鏡に映った自分に向かって言ったほうがまだマシだとまた自己嫌悪に陥りながらも、
肩に触れた手から言葉に出来ない何かが相手に流れ込めばいいのに、
なんてまるで似つかないファンタジーのような事すら思ってしまう。

でも、ひとつだけ、一騎にはこの先ずっと理解させてはいけないと思う感情がある。

もしかしたら、もう気づいているのかもしれないとも思う。

それを確かめるために、わざわざ話がしたかったのではないかと。
でも、その片鱗でも見せられるのが怖かったのは自分で、無理矢理遮ってしまった。

そうでもしなければ、もし、一騎が自分と同じ感情を持ち得た事が解ってしまったら。

予め用意されていたこちら側にいる自分が、想像する事しか出来なかった向こう側を、
想像する事が出来てしまうからありもしないような比較に苦しんでいた向こう側を、
見る事すらも可能になってしまうような。

もしかしたら救われるんじゃないかと、望みたくもないような望みを持ってしまうからだ。


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プラットホーム(高校生中学生パラレル)
「どこまで行くの?」

総士は差していた傘の中に少年を入れた。
少年は慌てて振り返ると驚きを隠せない眼差しをこちらに向ける。
傘、持ってないんでしょ、と優しく微笑むと、目の前の彼は気まずそうに俯いた。

丁度、その日は生徒会の活動の一環で、隣町の高校へと行くことになった。
毎年恒例の意見交換会だったのだが、一通り用意していった形式的な問答をしただけに終わり、
一時間もしない内に総士は学校の外へと出ていた。
思いの外早く終わったので、書類を一度学校に置いてから帰ろうと駅に向かう途中でぽつぽつと雨粒が空から落ちてくる。
見上げれば空には真っ黒な雲が低くたれこんで、10分もしないうちに土砂降りへと変わってしまった。
総士はため息を吐くと鞄の中から折りたたみ傘を取り出して差す。
小さいので土砂降りになってしまった今、余り本来の用途は成していなかったが、
頭だけでも濡れないよりかはマシだと思う。
周りの通行人が皆走り出す中、ぽつりと前を歩く人影に目が留まった。
制服姿の黒髪の少年。
でもその制服姿は隣町の中学のもので、総士もつい二年前まで着ていたものだった。
なぜここに?と総士は疑問に思ったが、もう一度彼の姿を見ると小走りに駆け寄る。
傘を差していないことから持っていないのは明らかだったが、
右手に持った松葉杖と足を引きずりながら歩く姿を見たからだった。
追いついて傘を差しだし、どこまで行くのかと尋ねる。
その制服姿からして自分と同じ方角へ帰るのだろうと思ってのことだった。
振り向いた少年は驚きの表情を隠せずにいて、まぁいきなりこんなことされたら普通は驚くよな、と総士は思う。
けれど一向に返ってこない返事に違和感を覚えて少年の顔を見ると、彼は総士の左手をいきなり掴んだ。

『ありがとうございます』

ゆっくり一文字一文字指でなぞられて、今度は総士の方が驚いて少年を見つめる。
すると彼は少し困ったように笑って、○○駅まで、と続けて手のひらをなぞった。

「君は、声が…?」

やっとの思いで総士が言うと、少年は寂しげに微笑む。
総士は気を取り直すと、とりあえず駅まで行こうと言って少年を傘に入れた。

松葉杖の少年に合わせてゆっくり駅まで歩き、帰りの電車を待つ。
通りにはあれだけ小走りの人々がいたというのに、ホームには総士と少年の二人だけだった。
ざあざあと雨粒が白く線路に跳ね返って、周りの音がかき消される。
隣には自分より頭ひとつ分背の低い少年。
総士は口を開いた。

「どうして、この雨の中ここまで?」

すると少年は背負っていたリュックのポケットからノートとペンを取り出して即座に文字を書いていく。

『お墓参りです』

誰の?と問いかけようとした総士の質問をわかっていたかのように少年は『母の』と付け足した。
総士は言葉に詰まった。
中学生ですでに母親を亡くすというのはどんな気持ちがするのだろうと掛ける言葉を選び損ねてしまったからだ。

「ごめん、ね。言いたくないことだったかもしれないよね」

と少し間をおいて総士は少年に言った。
しかし少年は首を横に振り、またノートにペンを走らせる


『事故に遭ったんです、俺たち、一年前に』

書かれた文字列が告げた事実に総士は驚きを隠せずに少年を見つめる。
きっとその時の後遺症か何かで、この少年は右足が不自由になり声も失ったのだろう。
親を亡くして自分の身体も思うように動かせなくなるなどまだ高校生の総士には想像もつかないような事だったが、
目の前の自分より年下の少年にその事実が起こっている事にただただ呆然としてしまった。

『今日は学校が早く終わったから、お墓参りに行こうと思って来たんですけど、まさか雨が降るとは思ってなくて』

本当にありがとうございます、と彼は書いてこちらを向くと微笑んだ。
その笑顔にはっとして総士は「折りたたみしか持ってなくてごめんね」と慌てて返す。
一人でも濡れてしまうほど小さい傘に無理矢理二人で入って駅まで歩いてきたので、
頭以外は二人とも濡れてしまっていた。
先輩ぶって傘を差し出した割にこんな有様じゃかっこ悪いよな、と総士は恥ずかしくなる。
と、目の前にノートが差し出された。

『その制服、○○高校ですか?』

うん、二年なんだ、と言って総士は隣を見ると、じゃあ、と書き始めていたところだったので、
君と同じ中学だよ、と付け加えた。

『じゃあ…先輩、ですね?』

そのまま彼が続けて書いたので、そうだね、と総士は答えたが、
なんだか先輩と呼ばれ慣れていないせいかやけにむず痒いような感覚がする。

「君は何年?」

とそれを吹っ切るかのように総士が尋ねれば、指が三本差し出され、ああ三年なのかと総士は少年を見た。

「じゃあ、来年一緒だね」

と総士が笑うと少年もつられて笑う。
そういえば名前聞いてなかったなと思い尋ねると、『真壁一騎(まかべかずき)』と
書いたページを彼はぺらぺらとめくって示した。
そっか、名前言うことは多いから予めページ作ってあるのか、と総士は思う。

「僕は皆城総士、っていうんだ」

よろしくね、一騎くん、と言って手を差し出すと、彼はちょっとびっくりしたような顔をして、すぐに手を握り返した。
電車の到来を告げる駅員のアナウンスがして、その後、雨に濡れた電車がホームに入ってくる。
ホームとの段差に戸惑っていた彼を総士は助けて電車に乗り込んだ。
手にしたノートをぱらぱらとめくって感謝の言葉を探しているらしい彼に総士は「気にしないでいいから」と言うと、
彼の隣に腰を下ろす。
自分達以外誰も車両には乗っていなかったが、不思議と流れる沈黙に気まずさは感じなかった。

「着いたら駅でちょっと待ってて」

学校に置き傘があるから取ってくる、と言うと隣の彼は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
顔を上げると目が合い、なんとなくどちらともなく笑った。
来年がちょっと待ち遠しいな、と総士は思いながらコトコトと電車に揺られる。
連絡先、聞いたら変に思われるかな、と思いつつポケットの中の携帯電話を握りしめた。

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エンター
一騎は総士の一歩後ろをわき目も振らずに歩いて行く。
いつもと何ら変わることのない、見慣れたその光景に、皆忙しく自分の目的地へと向かっていく
アルヴィスの面々は特に何を思う訳でもなく通り過ぎて行く。
月曜の朝ということもあってか、やたらと人の往来の激しいこの通路を抜けるとやがて右手に見えてきた二つ目の角、
そこを曲がればこの喧騒から逃れられる。
そう思うと心なしか早まったような総士の足音に合わせて一騎も少しスピードを上げた。
きゅ、という心地よく甲高い靴音を軽快に響かせてその角を曲がると、
それまでの人の多さがまるで嘘だったかのようにぽっかりと開いた空間と耳の奥が張り詰めそうな程の静けさが待っていた。
なんだか、呼吸の音ひとつまでも全部聞こえてしまいそうだと一騎は思う。

ここはアルヴィスの居住ブロックに繋がる数多くある通路のひとつだ。
アルヴィスでは一日三シフト制の勤務体制をしいており、たとえ居住ブロックといえど人が居ないことは少なく、
日中もそれなりに往来はあったりする。
しかしこの通路の先にあるブロックの人間は今日殆ど朝シフトにあたってもう部屋を出ている時間らしい。
ブロックの入り口に設置された各部屋の番号が連なる電光掲示板は、
その大半が外からロックをかけたことを意味する赤いランプを点灯させている。
そのせいか、一騎達を除いて人通りは全くといっていい程無いに等しかった。

「本当に大丈夫なのか?」

一騎がおそるおそる総士に尋ねると、まだ三十分もあるよ、と苦笑まじりの様な声が聞こえる。
総士が言うなら大丈夫なのだろう、といつもの癖で腕時計を身につけない一騎は思った。
そのまま黙ってついていくと、やがてある部屋の前で総士が止まった。
居住ブロックにあるのだからおそらくは誰かの部屋なのだろうが、
通常ならルームナンバーの下にローマ字で表記されるはずの住人の名前が空欄だった。
空き部屋なんだろうな、と一騎は勝手に納得して総士を見上げると、難なく照合を済まして総士はロックを解除した。
シュン、と音を立ててドアが開く。

「ほら」

早く入れということなのだろう、総士は一騎を見つめると視線だけ部屋の中に移した。
一騎は小さく頷いて中へと足を踏み入れる。
どうやらここは一般的な居住用の部屋らしいことがその内部の造りから窺えた。
空室だからなのだろう、生活用品らしき物は一切置かれていなかったが、
こんな所に住んで働いている人達も当たり前だがいるんだなぁと一騎は思う。
外部に実家を持ち、そこから毎日アルヴィスへ通う自分と比べたら随分朝はゆっくり眠れることだろうと
ちょっと羨ましさすら感じたりもする。ぼーっと突っ立っていたら背後で小気味よい音を立ててドアが閉まった。

「わっ…!」

思わず一騎は声を上げる。
それもそのはず、ドアが閉まった瞬間、いきなり総士が後ろから抱き締めてきたのだ。
背中の方からがっちりと両腕をまわされ、首筋に顔を埋めてくる。
さらさらと肌に触れてくる総士の色素の薄い髪がくすぐったくて身をよじれば、
まるで動くなとでもいうようにさらにきつく抱き締められた。

「そーし?」

名前を呼べば、もうちょっとだけ、とくぐもった声が聞こえる。
首筋に顔を埋めたまま喋るので、吐きだされる息が直接肌にかかってなんだか妙に身体が緊張してくるのがわかってしまう。
だんだん気まずくなる一騎とは反対にぎゅうぎゅうと総士は腕の力を強くする。
自分達以外いない静かすぎる部屋の中で規則的に聞こえる呼吸音に合わせて肌に触れる生温い吐息に
思わず一騎は「う」と小さく声を漏らした。すると、ククッと背後の総士は肩を小刻みに震わせて笑い出す。

「笑うなって」

一騎が少し声を荒げると総士はごめんと繰り返しつつ、でも肩を震わせてまだ笑っている。
意味わかんないし、と一騎が小さく呟けば、やっと総士は顔を上げた。

「だってお前、かわいい」

そう言ってまた笑った総士の声にはこれっぽっちも悪気など感じられなくて、一騎はまたかとひとつ溜息を吐く。
たまに総士にはこんな風に悪戯めいたことをする。
この前は、さっきの人通りの多い通路でこっそりと手を繋がれた。
そのまま壁に押し付けられてキスされるのではないかと、ぎゅっと目を瞑ったところでたちまち笑われてしまった。
どうやら総士はわざと自分を困らせてその反応を見て楽しんでいるらしい、と何回か乗せられた一騎はやっとその考えに辿り着く。
普段の冷静沈着で感情をめったに見せない彼とは想像もつかないその姿に、最初こそちょっと困惑したものの、
すぐに受け流せるようになってしまった。
どうしたんだろう、と思う気持ちが無い訳ではないけれど、これが少しでも彼の息抜きになるならそれでいいやと思ってしまう。
そんな風に思っているからか、今日もまんまとその策略にはまってしまったようだった。

「いつまでこうしてんの?」

一騎が呆れたように呟けば総士はクスリと笑ってあと二十五分くらいかな、と言ってきた。
この悪戯モードにスイッチが切り替わってしまった総士は本当にやりかねないから困るんだ、
と一騎はちらりと横目に総士を見れば、運が良いのか悪いのか丁度こちらを見上げた総士と目が合ってしまう。

「困ってるだろ」

笑いながら言ってくる総士を見て、わかっているならやめろよ、と一騎は言いかけた言葉を飲み込む。
なんだかそのまま言ってしまうとあたかも自分がこの状況を本気で嫌がっていると思われてしまいそうだったからだ。
別に嫌な訳じゃない、ただすごく緊張するのだ、今さらすぎる気がしないでもないけれど。
もう単なる友達ではないのだからこういう行為にも慣れるべきなのだろうと頭では理解しているつもりでも、
いざ行動に移されるとどうしても恥ずかしさが拭いきれない自分がいる。
それと同時に、なぜこの一応恋人になった友人はこんなにまでスキンシップが激しいのだろうとも不思議に思う。
まぁ、人それぞれだろうけれど。

「ちゃんと言わなきゃわからないよ、一騎」

今度は総士の方が呆れたような声色で喋り出す。
そこまでわかっているなら総士の方からどうにかすればいいじゃないか、と心の中でひっそり毒づいて、
でも実際には何も言うことが出来なくて口を開きかけたもののそこで一騎は止まってしまう。
すると、遅い、という声が聞こえて、

「え…あ?」

急に反転した視界に頭がついていかず、一騎は間の抜けた声を出してしまう。
真上から見下ろす総士の顔と背中に感じるスプリングの感触に
「そういえば、ベッドあったんだっけ?」とちょっと抜けた思考がゆるゆると頭の中を駆け巡った。

「あの…さ」

一騎は困惑しきった顔で総士を見上げた。
すると総士はにやりと笑みを浮かべて一騎の両手を一纏めにして動きを封じると、スプリングの上に体重をかけてくる。
二人分の重みで余計に沈み込むスプリングがギィと鈍い金属音を立て始めて、
見上げた総士の顔はいつにも増して何を考えているのかわからなくて、一騎はただ総士を見つめることしか出来なかった。
部屋に入った時点で朝の集合時刻まであと三十分、
それから抱きつかれてこんなことになっているまでに少なくとも十分くらいは経っているのではないかと思う。
まさかあと二十分しかないのにと思う反面、そのまさかがまさかじゃなくなることも有り得るよなぁと一騎はぼんやり、
だって総士だし、と意味不明に思いを巡らせた。

「時間…」

大丈夫なんだろうな、と言いかけた言葉は最後まで紡ぐことが叶わなかった。
もう片方の総士の手が一騎の口を塞いでしまって、かわりにこれ以上喋るなとでも言いたそうな視線を寄越されて、
瞬間、一騎は動作が止まる。
はずみで呼吸すら止めてしまいそうなキリキリとした静寂が刹那訪れて、
なんだか時間なんてものがどこかへ消えてしまったかのような感覚が身体を支配していく。
視線を噛み合わせたまま、ほんの少しも動かさない総士の様子に酸素不足の頭の中が余計真っ白になってしまいそうだと思う。
どんどん白くぼやける視界と思考の中で、総士の真っ直ぐ見つめてくる両目だけがやけにくっきりと印象的に浮かび上がる。
自分の視界に総士しか映らないように、今、総士の視界にも自分しか映っていなければいいな、
なんて薄れていく意識と反比例する思いが駆け巡る。
まずい、本当に意識が遠のきそうだと思った瞬間、生理的に溢れだした涙で目の前が一気に歪んだ。

やがて、口を塞いでいた総士の手がゆっくりと離されると、一騎は口を大きく開けて大袈裟な程に呼吸を繰り返す。
咽ぶように息をする一騎の背中を優しくさすりながら、一騎の呼吸が落ち着いてきたところを見計らって総士は言った。

「興奮した?」

そして一騎の視界に入ったのはあの悪戯っ子のような笑顔で。
なんかどんどんエスカレートしてないか、と一騎は心臓に悪い気がしなくもなかったが、
まぁいいか、と結局この笑顔にほだされてしまう。相当重症だよな、と思いつつも、
ついつい安全装置のリミッターを少しずつ外していく自分がいる。
全部、総士のせいだからな、と心の中で勝手に責任転嫁をして一騎は総士に言った。

「どうしてくれんの?」

どうして欲しかった、とわざと疑問形を使ってくるあたりが本当にずるいと一騎は思う。
今だってありったけの皮肉を込めて答えたというのに、
それ以上に返されてしまって総士よりうまく言い返せるはずがないじゃないかと。
だからといってこれ以上挑発的なことは絶対言いたくない。
訳もわからずなんとなく流されて、朝から何を考えているのだと思われたら一生どころじゃない恥だ。
そうこう考えている内に既に数秒が経過してしまい、一騎は気まずくなってちらりと総士を見上げた。
総士は相変わらずにこにこと笑っていたが、急に一騎の腕を掴むとぐい、と引っ張って上半身を起させた。
押し倒されていたお陰ですっかりぼさぼさになっていた一騎の髪をさっと撫でて直していく。

「ごめん、ちょっとやりすぎた」

そう言ってぎゅ、と一騎を座ったまま横から抱き締める。
総士の首筋に顔を押し付けられて、微かに漂ってくるシャンプーの香りに一騎はなぜかほっと安堵の息を漏らした。
許してくれるよね、と再確認するように耳元で囁かれて、
許せない訳なんて無いじゃないかと一騎は思いつつも、うん、と小さく答える。
そろそろ行かないと遅刻するな、と総士が呟いたので、少し名残惜しかったが身体を離すと立ち上がる。
手、繋いでいくか、とまたあの笑みで言った総士に、
あの通路までだからな、と一騎は念を押すと差し出された手に自分の手を重ね合わせた。


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ビューティフルアンドロイド
 「何でもないから、大丈夫だから」

そう言って一騎は掴まれた腕を振りほどくと総士の横をすり抜けた。
待て、と焦り気味の総士の声が後ろから聞こえても一切耳を貸さずただひたすらに通路を
彼の行くであろう方向とは逆方向へと歩き続ける。
やがて目前に迫ってきた曲がり角を曲がると一騎は突然走りだした。
追いつかれないように全速力で、行く先を悟られまいと次々に左右へと進路を変え、通路を一気に走り抜ける。
何事かと声をかけてくる大人達には目もくれずに息が切れるまで足を動かしてふと顔を上げれば、
見慣れない色の床と壁に囲まれた場所に辿り着いたようだった。
一騎は適当に一番近くの部屋まで走ると、いちかばちかでIDの照合を行った。
運良く認識コードが確認されるとドアロックが解除される。間もなくシュッと風を切ってドアが開かれた。

開かれたドアの先には薄暗い照明が青白く照らす空間が広がっており、よく目をこらせば本棚のような物が整然と並んでいる。
この照明といい、どうやら永年保存の書類のために作られた書庫らしいと一騎は思った。
ならば都合が良い、そうそうここには人が来ないはずだと考えを巡らすと一騎は室内へ入り、すぐさま内側からロックをかける。
そのまま壁伝いにずるずると床にへたり込むと、立てた両膝の間に顔を埋めてしまった。

そうして一騎は先ほど終了したフェストゥムとの戦闘について思いを巡らせる。
別に、今までと変わったところなどなかったと、わずかに残っている記憶を繋ぎ合わせる。
いつものように出撃命令が下り、マークエルフに搭乗して戦闘区域へと急いだ。
すでに出撃していたファフナーによってヴェルシールド内に追い込まれたフェストゥムを視認すると、一騎はそれらに銃口を向けた。
もちろん、何発撃とうとも敵は微動だにしないことはこれまでの経験上わかりきっている。
こちらへ敵の注意を引きつければそれでいい。目的は損傷したファフナーを戦線から一旦離脱させることだった。
ライフルの連射によって一騎の狙い通りエルフへとフェストゥムは凄まじい攻撃を仕掛け始めた。
それでいい。
一騎はにやりと笑みを浮かべると、ライフルを投げ捨てた。
さらなる接近をするために敵の同化可能領域でと踏み込もうと、展開された防壁に体当たりして突っ込んだ。
何度も経験した「被同化状態」の感覚を全身に受けながら、右手に握りしめたマインを敵の体内目掛けて深く押し込む。
そして、ぐにゃりと何とも表現しがたい感触がしたかと思うと、爆弾が炸裂した。
ひゅ、と一騎は息を飲む。
大きく開いた敵の傷口からコアがこの世のものとは思えない美しい輝きを放ってその姿を覗かせている。
ほぼ毎回のように同じ攻撃方法でフェストゥムを倒す一騎だったが、いつまでたってもこの瞬間だけは慣れないと思う。
そんなことを思ったわずか数秒の間に、攻撃を緩めない敵の触手がエルフの右上腕部と胸部を一気に貫いた。

「っあぁああっ…」

凄まじい激痛に目の前が暗転しかける。
しかし一騎はその瞬間にもう片方の左手に握りしめたマインを敵のコア深くに突き刺した。
一秒も経たないうちに内部で爆発が起こり、コアの破片が傷口から溢れ出してくる。
やった。
瞬きをするのも忘れてその光景を見つめていた一騎だったが、
その時ジークフリードシステムの総士からの声が聞こえたかと思った瞬間、エルフの全ての動作が封じられた。

「一騎っ…」

総士の叫び声で我に返った一騎はどうやら後方からもう一体の敵の触手がエルフに絡みついたのだろうと考えを巡らす。
その間にも敵の攻撃は休むことなく続き、腹部や両脚も触手に貫かれたのだろう、耐えがたい激痛が襲いかかり、
やがてそれらは全て麻痺してしまった。
まだ、やれる。
一騎は冷静に装備していたマインの残数を弾き出すと、わずかに出来た隙を見計らって奇跡的に無事な左手にそのひとつを握りしめる。
そして敵の胸の奥深くに沈めようと腕を引いた瞬間、

《あなたは》

まただ、と一騎は思う。
圧倒的に数で攻撃を仕掛けてくる時には聞こえもしないのに、残り一体になると必ずこの声が聞こえてくるのだ。
食うか食われるかのところで殴り合いをすることに快感すら感じている自分に、
そんな平和的なフリをした嘘が通用するものかと一騎は嘲り笑う。
一つになりたいのならこの殴り合いにお前が勝てばいい、そうすればお前の好きにさせてやるよ、と一騎は心の中で呟いた。
もちろん、負けるつもりなど毛頭なかったのだが。

「消えろよ」

お前の負けだ。
一騎は思い切り振り上げた左手を敵のコア目掛けて突き刺した。
確実に相手の命を絶ったと思われる感触がして、刹那、今日何度めかの爆発が起こる。
一騎はそれを茫然と、でもこれ以上ない達成感に酔いしれながら見つめた。不思議と身体の痛みは感じなかった。
遠くで総士が何かを必死に訴えかけているのが聞こえる気がする。
けれど一騎はそれがまるで聞こえていなかったかのようにエルフを自動操縦に切り替えると、そのまま意識を喪失させた。

そして、いつものごとく医務室で目覚めた後、先生が丁度留守にしていたのをいいことに素早く制服に着替えて廊下へと飛び出した。
程なくして、向こうから歩いてくる総士に呼び止められた。

「大丈夫か?」

毎回戦闘後には恒例の体調を気遣う言葉なのだろうと最初は思った。
けれどそれは違った。もう何ともないから、とぞんざいに答えた一騎に総士はそのことじゃなくて、と言いよどむ。

「何が?」

今度は一騎が聞き返せば、総士はためらいつつも口を開いた。
延々と語られた内容の大半は未だぼうっとする頭のせいかよく理解出来なかったが、
どうやらファフナーと自分との適合率が戦闘中に異常な数値を示したらしい。
それは、一般的に言えば被同化状態でフェストゥムの攻撃を受け、完全に相手と同化してしまった状態に等しいとのことだが、
一騎の個体反応が消滅したにもかかわらずフェストゥムは撃破された。
エルフこそ損傷は酷いものだったが、パイロットの一騎は意識を喪失させたものの無事だった。
前代未聞の事態に戦闘データの細かい分析や一騎の眠っている間に詳細な身体検査が行われたらしい。
それでも結局、一騎に同化の痕跡は見られず、とりあえずの間は今後も注意して戦闘を見守ろうという意見で一致した。

「本当に、何でもないのか?」

おそらく総士は純粋に自分の精神状態を気遣ってくれているからこそ、執拗に声を掛けてくるのだろうと思う。
けれど今は何も話したくない気持ちで一杯だった。

「何でもないから、大丈夫だから」

それだけ言って逃げるようにその場を立ち去った。
システム内からリンクすることで自分の思考などすでに知られているところなのかもしれないが、
一方的に見られているのならまだしも自分の口から話すなんてとてもじゃないが出来る状態ではない。
総士から離れてもすれ違う通路での話し声すら耳を塞ぎたくなる程で、一騎は一刻も早く誰もいない所へ行きたかった。
人と違うという事実をつきつけられることが怖くてすっと一人になることでそれを避けてきたのに。
少しでも他人とは違う距離感を保っていた相手に他のみんなと同じ事を口にしてほしくないなんて単なるエゴでしかないのだろうけど。

しばらくして扉の外からロックを解除しようと操作する音が壁伝いに聞こえてきた。
とうとう見つかったか、と一騎は諦めの気持ちを浮かべつつも面倒なので顔は膝の間に埋めたままでいた。
照合確認とロック解除の音が響き渡り、ドアが開く気配がする。

「やっぱりここにいたか」

聞き慣れた声が頭上から聞こえて思わず一騎は顔を上げると、そこにはちょっと困ったような顔をして立つ総士の姿があった。

「総士…」

一騎がぽつりと呟くと、総士はゆっくりこちらに近付いて一騎に向かい合うように静かにしゃがみ込む。

「僕が悪かった」

突然、総士が謝罪の言葉を口にしたので、一騎は驚いて大きく目を見開く。
それを見た総士は申し訳なさそうに少し微笑むと続けた。

「一騎を一人にさせたくなかったのに」

そう言って総士は一騎の手を取ると、どうせ思い出したくもないことばかり考えてしまったんだろう、と寂しげな表情を浮かべた。
一騎はその様子をあっけにとられて見つめていることしか出来なかったが、
重ねた手から伝わる少し低めの体温に嫌悪感を感じることはなかった。

「ありがとう」

総士は一騎の目をじっと見つめるとそっと呟いた。
僕だけじゃなくて島のみんなが一騎にありがとうって思ってるよ、と続ける。
その優しく包み込むような心地良い声音に今まで閉じ込めていた感情がせきを切って溢れ出してしまいそうで、
一騎は思わず下を向くと、ぎゅっと固く目を瞑った。
すると、ふわりと何かに包み込まれるような感じがして、やがて肩先から伝わる温もりに、
総士に抱き締められているのかと少し遅れた思考が追いついた。

「おつかれさま」

少しして頭上から総士の声が聞こえる。
直に触れる皮膚越しに伝わる声がなんだか妙にくすぐったい。
でも今まで心の中に巣食っていたどす黒い気持ちが少しずつ消えて行くような感じがして、
一騎はそっと目の前にある総士の制服を掴んだ。

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