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蒼穹のファフナー文章(ときどき絵)サイト
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星に願いを6
ふぅ、と一騎は静かに大きく息を吐き出した。
ゆっくりと両手を開いてまた固く閉じる、それを繰り返す。

「大丈夫、俺は」

自分にしか聞こえない声で呟くと、一騎はメディカルルームを出た。
そっと通路へと足を踏み出す。部屋の中よりも証明が落とされたそこはひんやりと暗い。
シュン、と音がしてドアが閉まった瞬間、背後から声がした。

「本当に、出るのか?」

総士だ。振り返らずともわかる。

「さっき、メディカルチェックのデータはお前のとこにも転送されたはずだろ?」

わざとそっけなく言い放つ。
データ上の自分はもうとっくに正常だ。異常を知らせる数値などひとつもない。

「でも」

「戦闘におけるパイロットの出撃命令に私情を挟むのか?」

指揮官らしくない物言いだと思う。
そんな事など言ってはいられないほど戦況は甘くはないのだ。むしろ刻一刻と悪化している。
同時に、それほどまでに自分を気遣ってくれる総士に対しての嬉しさもこみ上げる。
けれどそれは、今は言わない。

「俺は、出るよ」

それだけ言って、一騎はその場を後にするつもりだった。振り返らずに。

「私情なら、お前の方だろう?一騎」

背後で総士が言った。不意をつかれた言葉に思わず一騎は振り返る。

「数値には表されないデータを読み取るのも、指揮官の仕事だ」

「数値に表れない…?」

総士の言った言葉の意図を掴みかねる。

「誰かを庇って戦うのは、今のお前には危険すぎる」

静かに、でも真っ直ぐ一騎を見つめながら総士は言った。
一騎はくるりと向きを変えると早足で通路を歩き出す。
向かう先は格納庫だ。また、総士が口を開いた。

「お前の気持ちもわかる、だから僕は、お前を止められはしない」

角を曲がる前にかろうじて届いたその声に、思わず一騎はまた振り返りそうになる。
何も、言い返すことなんて出来ない。ただただ早く、この場から去りたい、そう思った。





あの時総士が言っていたことは正しかったのたと、一騎は後になって思う。



3週間ぶりにザインが出撃した戦闘は、今までの比にならないほどの敵機が襲来した。
素早く動力部を破壊しても飛来する敵機を食い止めるのがやっとで、じりじりと防衛線に近づきつつある。
他のファフナーも疲労と戸惑いからか、迎撃に時間がかかっているようだった。
そんな中、一騎は自分の周りの敵を動作不能に陥らせると辺りを見渡す。
すぐさまゼロファフナーを見つけると、猛スピードっで敵機との間に割り込んだ。
けれどあまりにも至近距離すぎたからか、力を制御することが出来ない。

「一騎、せんぱいっ…」

里奈の声が聞こえたかと思った瞬間、目の前で大爆発が起こる。
ザインのルガーランスが敵機のコックピットに深く突き刺さり、そのまま敵機は跡形もなく爆発したのだ。
眼前の黒い爆炎を一騎は放心状態で見つめる。
数秒だか数分だかわからない沈黙の後、帰還命令が下ったのをやたら遠くに聞いた。


それからどうやって格納庫に戻ったのかは一騎自身もわからない。


ただ、気付いた時にはザインは格納庫の中で、コックピット内は暗転していた。
目を開けても闇しかない空間で、一騎はひとり泣き続けていた。
身体の震えはいつまで経っても治まらず、両腕で肩を抱きしめてもどうにもならない。
思わず叫び出しそうになった瞬間、外部から強制的にハッチが開けられた。
コックピット内に光が充満する。

「一騎」

総士の声がした。
眩しくて目を開けられないままの一騎は声のする方へと手を伸ばす。
その手を強く引き上げられたかと思うと、そのままぎゅっと総士に抱きしめられる。

「もう、大丈夫だから」

耳元で総士の声がする。
なぜだかひどく安心して一騎はまた涙を一筋流すと、総士の背中に両腕をまわした。

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星に願いを5
「仕方ないって理由で、人間が殺せるの?」

真矢は振り返ると真っ直ぐ正面を見つめた。
数歩先には、同じくこちらを向いたカノンが立っている。ゆっくりと視線がぶつかる。

深く澄んだ紫色の瞳。
何度となく見つめたはずのその色が、今日は生まれて初めて見る色のように怖い。
真矢はぎゅっと固く手のひらを握り締めた。

「皆城くんの戦略では、敵機の動力部の破壊だけが唯一の迎撃行動として認められてた」

「なのに、なんで?」

海風が、山肌を駆け上がって頂上に吹きつける。
カノンの髪が顔を隠すように横に靡く、木々の葉がざわざわと音を立てる。
こちらを真っ直ぐ見据えていた紫の瞳が見えなくなったことに、少しだけ緊張が途絶えてしまいそうになる。
真矢とカノンの視線を遮った赤い髪は太陽に反射して、キラキラとなんだかとてもこの場には不釣合いなほど輝いて綺麗だった。

「なんでコックピットだけ狙えなんて通信を」

「でもそれは全機には届かなかった」

「当たり前じゃない」

「戦闘時の機動的な命令指揮の権限を許可されているのは私だ」

「私が、通信を遮断したのは」

「もちろん、命令違反だ」

また、風が吹いた。
でも今度は、カノンの赤い髪は彼女の鋭い視線を隠してはくれなかった。
来る、と思った。逸らしてはいけない、絶対に。

「殺されるのを、じっと待つのか?」

ほら、と身体の中で冷静なもう一人の自分の声がする。
予想なんてもうずっと、何日も前からしていたのだから今更驚く必要なんてないのだと。

「仕方なく、皆が殺されても?」

「仕方なく、島がなくなってもそれでいいと、そう思うのか?」

それだけ言うと、カノンはくるりと向きを変えて歩き出した。勿論、振り返ることなど微塵もない。

風は吹かない。
それが一秒ごとに離れていくカノンとの距離感をやけに生々しく感じさせる。
予想の次の、そこからどうしても答えを導き出すことができなかった自分を見透かされてるような気がした。
いや、答えを出せない自分を残して立ち去る、もしかするとそこまで彼女は予想していたのかもしれない。
そしてそれは当たった。残念なことに。
だから今も、何も言えず自分はここに立ち尽くしたままだ。

「どうしたら、いいのかな」

真矢はぽつりと呟いて、カノンが去ったのとは違う方向を見た。
目の奥にこびり付くような、キラキラと赤い残像を消し去りたかった。




「あれ、遠見?」

見つめていたのとは別の方向から声がした。
びっくりして振り返ると、そこには一騎が立っていた。

「一騎くん?寝てなくていいの?」

「遠見まで寝てろって言うのかよ」

少し不貞腐れたように言った一騎は芝生の上に腰を下ろした。
聞けば、ここに来る途中会う人全てに「まだ寝てろ」と言われたらしい。
自分の身体のことくらい自分が一番わかるんだって、と一騎は口を尖らせる。
そんなことを言いながらも、無理に無理を重ねて突っ走っては周囲を心配させ続けているということをわかっていないのは紛れもない一騎自身だというのに。
でも今日は本当に調子が良いらしい。真矢はほっとして一騎の隣に腰を下ろした。
見上げた青空がとても眩しい。

「なんかこうしてるとさ、ずーっと昔に戻ったみたいだよね」

眩しくて涙が出そうだ、真矢はぎゅっと瞼を閉じる。
薄く目を開けてちらりと横を見ると、なぜか一騎は俯いていた。そのまま何も言わない。
瞬間、何かを言おうとしたかのように唇が言葉を形作ってはまた閉ざされる。
真矢は思わず目を逸らした。
なんだか見てはいけないような、そんな気がしたからだ。

「戻りたいよね、あの頃に」

ぽつりと呟いた。
涙が一筋、頬を伝って零れ落ちる。
きっと眩しいからだ、そういうことにした。
それ以外のことを考えたくなかった。

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星に願いを4
「はぁっ…はぁっ…」

一騎は半身を起こしたベッドの上で、整わない呼吸に激しく顔を歪ませる。
鼓動だけがやけに大きく身体中に響いて、次第に目の前の景色がぼやけていく。
つけっぱなしのモニターは、さっきまで流れていた映像の再生が終わって一面が青く変わっていた。

「ダメだ、引き込まれるな」

まるで正気を保つかのように、一騎はぎゅっとシーツを握り締める。

「俺と同じにしちゃ…ダメなんだ」

ぽつりと、一騎は呟いた。
瞬間、頬に一筋の涙が流れる。シーツ滑り落ちて一粒のシミを作る。
こんな思いを味わうのは俺だけでいいのに、俺にはその資格があるのに、あいつに罪はないのに。

「ごめんな」

歯痒かった。
戦闘に出ることができず、ただ毎日皆が島のために戦っている様子を映し出すモニターを眺めるだけ。
叫んでも声は届くはずもない、仲間の機体が危機に晒されても助けに入ることもできない。
自由になる両手は、いつでも敵の攻撃を読んで次の一手を繰り出そうとしているのに。
気がつけばただ虚しく空中を彷徨わせているだけ。
そして力なく投げ出した両手をぼんやりと見つめては、モニターの音ばかりが勝手に耳へと流れ込む。
確かカウント2秒を残して、耳を劈くような爆発音。距離はたぶん、視認できないほど遠くだ。
パラパラと微かに聞こえる音に、また命が消えた、と一騎は茫然とする。

「悪いのは、お前じゃないんだ…暉」

一騎の目から再び涙が溢れた。同時に、メディカルルームのドアが開く音がした。



「一騎、どうした?」

総士の声だった。
一騎はゆっくりと振り向く。総士はベッドサイドへ駆け寄ると、一騎の肩をそっと抱き寄せた。

「大丈夫か?気分、悪いんだろう?」

耳元で総士が尋ねた。そのまま、するりと伸びてきた右手に前髪を掻き揚げられる。
その感触が心地よすぎて思わず一騎はぼーっとしてしまう。そしてまた一筋、涙が流れる。

「みんな無事だから」

唐突に総士は言って、一騎が手にしていたリモコンを取り上げるとモニターの電源を落とした。
そしてモニターを見つめる一騎の視線を逸らせるように自分の方を向かせる。

「お前が心配するようなことは、ないから」

総士は言った。一騎の目を見つめたまま。
けれどなんだかとても頼りない、か細い声がと一騎は思う。
見つめた先の総士の目の奥が、微かに揺らめいたような気がした。
一騎は大きく息を吸って静かに吐き出すと、瞬きをひとつして総士を見上げた。


「あいつは…暉は、人間を殺すことに快感を覚えてる」


突然口を開いた一騎に驚いたのか、総士は目を見開いたまま何も言わない。

「暉が悪いんじゃない、けど…ダメだ、あいつを戦闘に出すのは、そしたらもう…」

「一騎、こんな言い方が適切じゃないことくらい解ってる。でもゼロファフナーがいなければ今の戦力では」

「ダメだ!」

「わかるだろう?一騎、今の戦力ではゼロファフナーがいなければ敵に太刀打ちできないことくらい」

「でも、このままじゃ暉が」

「じゃあ、お前が代わりに戦うとでもいうのか?」

そこまで言って、総士は一呼吸おいた。



「人間を、殺せるのか?」



静かに総士が言い放つ。鋭い視線に耐えられなくて、思わず顔を背けそうになる。

苦しい。まるで息ができないかのような感覚がする。ぎゅっと、胸のあたりを右手で押さえる。
真っ暗だ、と思う。微かに明かりの漏れる方向すら見当たらない程の真っ暗な空間。
苦しい。助けて欲しい。誰かにこの手を引っ張って無理矢理にでも歩かせて欲しい。
誰に?総士に?そんなことできるわけない。
また、総士に自分の闇を背負わせるなんて。絶対に。


「来主が見てたら、何て言うのかな?」


ぽつりと一騎が呟いた。わからなかった。また、涙が溢れた。


「あいつが帰ってくるまでこの島が平和であり続けるためには…」


総士は一騎を更に強く抱きしめる。


「人間を、殺さなきゃいけないんだ」


低い声、なんだか知らない他人のような声で総士は言った。
総士に触れている部分から直接響く「殺す」という言葉が、すっと自分の中に溶け込んでいくような気がして、
一騎は思わず身震いした。

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星に願いを3
「一騎くんはさ、本当は誰よりも優しいのに、みんなの分まで頑張っちゃうから、疲れちゃったんだよね」

真矢は未だ眠ったままの一騎の手をそっと握り締めた。


あれから一週間、身体データに異常はみられないにもかかわらず、一騎は昏睡状態に陥ったままだった。
コックピットから引きずり出された一騎の生気のない顔と、そこに駆けつけた総士の緊迫した表情と。
それを見た真矢は、不安という一言では表しきれない何か得体の知れない感情に襲われた。
目の前で酸素マスクを付けられ、担架に横たえられる一騎。
それに付き添いながらメディカルルームへと走っていく総士。
いつもなら皆それぞれ自分の機体のチェックやデータ移送などで騒がしい格納庫の中がしんと静まり返っていた。
皆立ち尽くしたままその場から動くことが出来なかった。

「なんかさ」

並んで立っていた咲良が口を開く。

「柄にもなくあたしは怖いよ。戦闘としては完全に勝ってた一騎がどうして、ってさ。
普段取り乱すことなんてない一騎があんなに絶叫して、気を失った。
あんな風にぷつりとクロッシングが途絶えるのは、なんか色々思い出したくないことまで思い出すから、怖いよ」

「そう…だね、皆城くんも、すごい顔してた」

「でも今は心配したって何も進まないことくらいわかってる。とりあえず機体のチェックをって、わかってるけど、
そうもうまく割り切って考えることもなかなか出来ないよ。だって仲間があんな状態でさ」

「…うん、でも。データ移送しとかないとあとで皆城くんにおこられそうだし」

目の前の現実を考えたくなくて、真矢は話を逸らしたかった。
そう言って笑ったつもりで、でもうまく笑えてるのかなんて全然わからなかった。
真矢は咲良の横から離れるとジーベンに向かって歩き出す。瞬間、ザインが視界に入る。
傷ひとつなく佇む白い機体がなんだかとても不気味に思えて、真矢はすぐに視線を逸らした。



「でもさ、皆城くんはすごい寂しいと思うよ。だからもうそろそろ起きよう?一騎くん
待ってるよ、みんなも。私も」

一騎の手をそっと両手で包む。当たり前のことだけれど、それが温かいことにほっとする。
けれどいつまでたっても動く気配を見せない指に、真矢は突如として大きな不安に襲われる。
まるで一騎に触れている自分の両手から冷たい何かが流れ込んでくるような感覚に全身が凍りつきそうになる。

最近ずっと、感じ続けていること。
何かが狂い始めている、ゆっくりと、音も立てずに。


「はやく起きてよ、一騎くん」


祈るように真矢は呟いた。




一騎という最大の戦力を欠いたとしても、戦闘はいつもと変わらず続いてゆく。
たとえマークザインがいなくとも、今いる皆で戦わなければ島の平和は守れない。
今日も総士が考え出した戦略の通りに、パイロットは皆それぞれのフォーメーションにつく。

「来た」

誰もが瞬時にそう感じる。
視認するよりずっと先に、目の前のモニターは敵の存在を知らせる。
途端、頭の中には敵を撃破するためのプログラムが展開される。
ひとつひとつ、まるで手順をなぞらえればいいだけのような気すらするような。
数々の戦闘データから最も適当なプログラムであるとしてパターン化された戦術に思考が侵食される。
そして皆こう思うのだ。
敵が島に接近する前に、粉々に、全てを砕かなければならない。
そうしなければ、今日から明日へ、その先へと続いていくはずの平和を守ることが出来ない。
知らずと両手に力が入る。いつものようにやればいい。
敵機は眼前で破壊され、島の平和はまた守られる。
敵のパイロットのことなど、気にする必要はない。それは痛いほどわかっている。

12.11.10....

刻一刻とその時間が近づく。
けれど皆その手を動かすことが出来なかった。

たった一人を除いては。


「殺して、やるよ」

「ちょっ…暉!?」

瞬間、ゼロファフナーの広げた両の手のひらから凄まじい威力の振動共鳴波が放たれる。
カウント2秒を残したまま放たれた大量の眩い光線は視認すら危うい遥か遠くで爆炎をいくつも上げる。
そしてほぼ同時に、モニターから全ての敵認識表示が消え去った。
パラパラと遠くで破壊された敵機の残骸が海へと落下していくのが見える。
どこか他人事のようにも思えるその光景を呆然と見ていた里奈は、おそるおそる後ろを振り返った。

「暉…なんで?」

「何が?」

「動力部だけ破壊すれば戦闘は回避出来たのに…なんであんな」

「でもパイロットを生かして帰したら、また新しいファフナーに乗るじゃないか」

「だからって殺してもいいなんてわけじゃ」

「なかったとして、島の平和はそれで守れるの?敵を殺さなくても平和なら、
わざわざこんなものに乗らなくったっていいんじゃない?」

「ねぇ…違う?」

暉の問いかけに、里奈は答えることが出来なかった。
竜宮島の平和が守られた瞬間、あたりは不気味なほどの静けさで埋め尽くされた。


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星に願いを2
それは不意に訪れる、自分でさえも気付かないほど突然で、自然に。
訳もなく涙が溢れることなんて、まさか現実に自分の身に起ころうとは思っても見なかった。
雲ひとつない青空を見上げると、乗りなれた愛機のザインを前にすると、それ以外にもあとひとつ。
理由なんてわからない。わからないのに、流れる。昨日もそうだった。

「わかんない」

一騎はぽつりと呟いた。ただ一人、アルヴィスの廊下に立ち尽くして。
大きく開いた窓のフレームに手をかける、少し手を滑らせては止めて、影の伸びる方を見つめる。
黒く長く壁に映った自分の影を見つめてふと気付く。

最近、空を見上げることが少なくなった?

それは単に、後ろめたいから?

「わかんないって」

一騎はまた誰にともなく呟いた。
右手でぎゅっと心臓のあるあたりを押さえる、そして深く息を吐く。
日に日に、自分でも理解できない感情が自分の中でゆっくりと増殖していくような。

「だから、わかんないんだ」

俯いて呟いた、消えてなくなりそうな声だと、一騎は思う。

自分のことすら自分でわからないのに、この身体の境界を越えた外の、もっと大きなことなんてわかるはずがない。
わかるはずなんてないのだから、わからなくて当然なんだ、と。
そうやってまた自分を正当化する。
一瞬で暴走してしまいそうな感情に蓋をする。
見ないフリをすることは得意だ、たった4年前までそうしてきたように。また少し、感情を鈍くすればいい。


「一騎?」


ふと総士の声がして、一騎は振り返る。すると、総士の目が見開かれる。

「どうした?」

「…?」

「何で、泣いてるんだ」

その声で、一騎は自分の頬を流れているものに気付く。
まただ、またひとつ自分の中で自分でもわからない部分が増えていく。
そっと、音も立てずに、わからないのに確実に、それの体積は大きくなっていく。

「…ない」

「え?」

「わかんないんだ」

精一杯何でもない顔をしようとして失敗して涙がもっと溢れた。
その瞬間、ふわりと総士の香りに包まれる。
抱きしめられた、とわかるより先に、総士の背中に両手をまわしてその胸に深く顔を埋めた。



そして歯車はゆっくりと狂い始める。



「あああぁぁぁぁああぁぁああああ」

「一騎っ…!!」

一騎は絶叫して、気を失った。
たった数十秒前に敵を撃破したマークザインが地面へと崩れ落ちる。
まるでスローモーションのように全てがはっきりと見えたというのに、総士は目の前の状況を理解することが
どうしてもできなかった。
光り輝きながら周囲を取り囲むパネルに、パイロットと機体の異常を知らせるものは何一つない。
あるのはただ気味悪いほどの静寂と、撃破されて粉々になった敵機の残骸と、雲ひとつなく広がる青空。
ぷつりと途絶えたまま再び繋がることのないクロッシングだけが、一騎の身体に異常が起きたことを
唯一知らせるものだった。

「総士、聞こえるか?ザインは俺が格納庫まで運ぶ。救護体制は整ってるか?」

突然、マークアハトに乗った剣司から通信が入る。
呆然としていた総士は「ああ、大丈夫だ、頼む」と短く言うと通信を切った。
地面に伏したままのザインがアハトによって抱き起こされる。
未だ一騎の意識は戻る気配を見せない。一体あの時何が一騎に起きたのか。
考えても答えの出ない疑問ばかりが次々と浮かび、その度にそれを振り切るかのように総士は頭を振った。
そして目の前をおそるおそる見つめる。
データは相変わらず何の異常も知らせない。
ザインは自力で動くことができず、パイロットは気絶しクロッシングも絶たれたままだというのに。
それでも、目の前を埋め尽くすのは「正常」なデータの表示ばかり。
それがとても恐ろしいことのように思えて、小刻みに震える身体を総士は止めることができなかった。

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